2-7 魔法少女VS魔法少女

 魔法少女VS魔法少女。しかも自称どうし。

 とはいえ、相対するふたりには大きな隔たりがある。かたや精霊化してやや幼い容姿となったぼく、彼刀ゆゆきは、動物から精霊化したみんなとちがって人間なりのスケールのままだ。身体をアストラル変換し、風の力を借りて物理法則を超越しても、あくまで『魔法で強くなった人間』でしかない。

 対して、相手は天使とおぼしき強大な弓使い。力の差が縮まったわけじゃない。

「ばかげた挑戦だよね」

 自嘲ぎみにつぶやく。気絶したみみりを背負ってナツカが退避したのを確認すると、ぼくは杖を――魔法のステッキと呼ぶべきか――ふるった。

「む」

 弓使いが驚くいとまも与えたくない。倉庫内を暴風が荒れ狂い、割れたガラス片や釘、ケースを開けるのに使用する斧やバールが舞いあがると、風速によって鋭利な武器と化し、かのじょを襲う。コントロールしているのは、ぼくだ。

「ぷえっ」

 驚いたというより、単純に風で目を開けられなかったか、片腕で顔をかばう魔法少女さん。

「さすがに霊験あらたかな天使産の矢からつくった杖ってとこかな……魔法の効きもいいみたい」

 われながらおかしなことを言っていると思ったけど、もっと気にすべきことがあった。

 あの少女は、この攻撃でダメージを受けるのかどうか。

 ぼくのように精霊化しているわけでなければ、致命傷にはならないまでも、多少の手傷は負わせることができるはず。そして、傷つけられるということは、物理攻撃で殺傷が可能だということだ。

 風がやみ、舞っていた『飛び道具』たちがはでな音を立てて床に落ちていく。

「……やっぱりか」

 ぼくは笑うしかなかった。少女はまったくの無傷だ。

 こちらのように肉体を変換しているのではなく、羽でガードしたようだが、その防御力が異常に高い。身につけているボディスーツも無傷のまま、かのじょは気をとりなおしてふたたび弓をかまえる。

 つぎの矢が来るかと思ったら、その姿勢のまま後退していき、倉庫の外へ出た。閉鎖空間では風がじゃまになると判断したか、ほかの標的を優先したのか。

 ぼくもかのじょを追って、低空飛行で外へ出る。

 出た瞬間、上空から衝撃を受けた。

「あぐっ」

 死角になっていた倉庫の入り口で待ち伏せしていた少女が、フライングキックでぼくを一撃したのだ。

 痛い。あの子の攻撃はしっかりといまのぼくにも効く。

 たしかに痛かったが、同時に脳裏に疑問が浮かぶ。

(なんで、矢を使わない?)

 ぼくはじぶんの杖を見た。

(――まさか)

 試してみる価値はありそうだ。

 ぼくは全速力で上空へ飛ぶ。新たな矢をつがえるなり、いっそほうっておくなりすればいいものを、かのじょは翼をはためかせてこちらを追ってきた。

 接近戦をしたがっている。

「やっぱり、いちどに1本しか矢を生成できないのか!」

 勝機はあるかもしれない。

 ぼくは雲の上まで出ると、急制動をかけ、降下する。

「さっきのおかえしだっっ」

 雲から出てきた瞬間の少女にタックルをかける。

 ふところに飛びこめば、翼でガードすることはできない。

 かのじょの腕の動きをこちらの両腕で封じたまま、背中にまわしている手にしていた杖に、魔力を集中させる。あの規模の暴風を発生させた気流をかのじょの背という一点で発生させれば、どうなるか。

「おう。やらせない」

 少女はぼくをふりほどこうとする。

 負けはしない。ぼくの腕はアストラル化して姿も幼体化し、物理的干渉する力こそ弱まっているが、それでも半分はまだ人間だ。

 魔法発動の瞬間ぐらいまでは、もちこたえられる。

「……なかなか、やる」

 そのことばを合図にしたかのように、杖の先で凝集されていた風の塊が爆風となり、少女の翼のつけ根で炸裂した。

 ぼくたちはいっしょにきりもみ状態で落下していき――


 轟音とともに地面に激突した。


 真上で戦っていたので、落ちた先も、もとの倉庫街だった。

 銀髪の少女は倒れていた。翼も折れ曲がり、それなりの深傷を負っているように見える。コンクリートが球状にえぐれるほどの落下で、ガードも不可能な状態だったが、そのぐらいで死ぬような存在ではなかった。

 ぼくはといえば、ぎりぎりまでかのじょになにもさせないために落下の瞬間だけ身を離し、じぶんの身体に浮力と風の障壁を張って衝撃を軽減したが、それでもなんとか立つのがやっとだった。物理的なダメージとは無縁な半実体のこの身体でも、地形を透過できない都合上、これほどの激突で実体を維持するのは困難。人体の形状を保っていられただけでも幸運だ。

 よろめきながら、倒れていた少女へ杖を向ける。

「終わり……だ……」

 ぼくは、そう口にするのがやっとだった。

 とどめを刺す力など残っていなかった。杖をとり落とし、ひざからくずおれたぼくの変身が解け、ぼくは人間に戻る。からんと地面に落ちた杖も魔法の矢に戻った。

 視界のすみで、その矢におずおずと伸びるちいさな手があった。

 地面を這って、ぼろぼろの少女が、ようやく武器を奪還した。

(負けた、か)

 すがすがしさすらあった。やれるだけのことは、やったのだ。

 だが、その矢がこちらへ向けられることはなく、少女は這いずるようにして、ゆっくりとその場をあとにした。

 視界のなかを、少女の銀髪と白い背中が遠ざかっていく。その姿が消えるまえに倒れかかるが、現れたもっと大きな影に支えられた。

 その影がだれなのか、すぐにわかった。

 団員Aさん。負けず劣らず傷ついていたのに、なんというおひとよし。

 ふたりの姿が完全に消えるまで、ぼくはなんとか意識を保ってそれを見送った。気を失う瞬間、思ったことはひとつだった。

 ――どいつもこいつも、詰めが甘い。


 どのくらいの時間、倒れていたのか。

「……あーあ」

「ほんとう、あーあ、にゃよ」

 遠くに聴こえるサイレンの音で目を醒ましたぼくを、嫁きどりの猫娘の顔が至近で迎えてきた。

「あーあだよ、あなた」

 小さな手でぼくの髪をすくようにしながら、かのじょは言いなおした。

「ナツカ……」

「みんなあてが外れちゃった。団員さんたちはみんな戦えなくなって、散り散りに帰っちゃったし」

「みみりは……? 子どもたちは何人ぐらい生き残った……?」

 猫が無言で視線を送った先、すぐ近くに、小さなうさぎがのんきにうずくまっていた。そのさらに先の遠くでは、子どもたちが警官たちの質問を受けている。

 ぼくは暗い気分になった。異形種の子どもたちの未来は、警察に保護されたところでけっして明るいものでは――

「!?」

 思わず身を起こした。

 さっきあったはずの角が、うろこが、子どもたちから消えている。

 人数も助けたときの数、そろっているように見えた。

「あの子の矢が当たったあと、みんなしばらく苦しんでたけど、そのあと、ああなって」


 先天的に魔法の影響を受けて異形化した人間の肉体を、ふつうの人間に戻す、いや、変化させる。

 そんな魔法はない。そして――そんな力は、天使にだって、ない。

「かのじょは……いったい、なにものなんだ」

 魔法少女を名乗るあの子は、ほんとうに天使だったのか。

 もっととてつもない、なにかだったのか。


「知らないー。もう帰ろ」

 すでにあらゆることに興味を喪ったらしく、ナツカは和風ドレスをひらめかせ、しなやかに立ちあがった。

「めぐが、先に帰ってごはん用意して待ってるよ。元気出そう」

 いろいろ言いたいことは残っていたが、ぼくはただ、

「そうだね」

 と答えて、うさぎを拾いあげた。


 精霊はひどく儚い存在ではあるけれど、意識を反映する存在であるぼくがいるかぎり、いったん霧散してもいずれまた戻ってくる。

 さすがに5分刻みとはいかないだろう。でも、きっとすぐに会える。


 夜が明けていく。

 要領がいいだけの暴力団員は、天使以上のなにものか知れない魔法少女を助けた。まだまだ、戦いつづけなくてはならない。


「ぼくも強く、なるよ」

 彼刀ゆゆきは、精霊たちと強くなる。

 そうするしかなかった。

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