ひとりごはん

 躊躇いの産毛が少ない質だ。

 ひとり暮しをはじめた高校一年生、女子のひとりごはんが市民権を得るはるか昔から、わたしはひとりで外食に出かけていた。


 ひとり暮しの事情については、別の機会にゆずる。ともかく、わたしは仕送りを受けながら暮らすという地方大学生のような生活を高校生からはじめていたのだった。


 炊事の設備がないので、下宿の食事が出ない日曜日は外食か、買って食べることになる。

 幸い、かどうかはわからないが、興味のある店を調べ、実際に出かけて食べてみる、ということが、わたしの休日の飽くなき愉しみとなった。

 インターネットのない時代。情報源はおもに『Yellow Page』か、散策で見つけて気になっていただとか、あるいは口コミ情報だった。気に入った店には、何度も足を運んだので、店員さんに顔を覚えられることもすくなくなかった。


 ガテン系のおじさんお兄さんのひしめくラーメン屋に女子高生がひとりで入って汁まで完食していくさまは、当時は奇異なものだったろう、と今は思う。


 産毛の少ないわたしといえども、そういった店にひとりで入ることの抵抗や葛藤がないわけではなかった。

 しかし、空腹と探究心がいつも勝ってしまうのだ。

 そんなときは、当時流行っていた料理対決番組を思い浮かべ、その番組のコメンテーターになりきったつもりで入店していた。


(わたしは、料理記者歴40年、岸朝子!!)



 当時も、大人になってしばらくしても、わたしの周囲には「恥ずかしくてひとりで外食できない」という女性のほうが大勢を占めていたように思う。

 直接責められたわけではないのに、そのような言葉を聞くと、わたしは肩身が狭くなり俯いてしまっていた。

 それが女性の多数派だろう、女子の正しい産毛の生やし方なのだろう、と。


 ある友人から、モスバーガーも、喫茶店も一人で入れない、映画も一人で見れない、と聞いたときはさすがに驚いた。当時それがふつうだったかどうかはわからないけれども、自分は相当平均から外れていて、今考えると正規分布の端っこの民、絶滅危惧種なみの希少生物なのだろうという気持ちになったものだ。



 時は流れた。


 女性の消費活動がもたらす経済効果が無視できないどころか莫大であることがわかり、女性向けの市場が開拓され拡大され続けている。

 その延長にあると思うのだが、女性にも受け入れられる「ひとりごはん」の特集が雑誌で頻繁に組まれるようになった。

 スマートフォンの普及により、多くの人がSNSを使い、食べものの写真を撮り、感想を添えてアップするようになった。食べログやRettyといった、個人発信による食レポ文化は、もはや日常になった。


 ラーメン屋でも、女子ひとりで食べに来ているのを稀ならず見かけるようになった。

 頼もしい、同士だ。

 こころの岸朝子は、随分生きやすくなったのだ。


 Twitterとひとりごはんは、特に相性がいい。

 ごはんをアップしてつぶやいていると、フォロワーさんからレスポンスがあったり、更なる良い情報がもらえたりする。ひとりだけれども、フォロワーさんとリアルに話している気分にすらなる。スマートフォン片手にひとりごはんをしていれば、手持ち無沙汰にもならず、多くの人がそうしているせいか心なしか様にすらなっている。

 今の世の中は、おひとりさま歓迎、おひとりさま万歳だ。


 ほんとうの岸朝子さんは、亡くなってしまった。


 ふと思う。あのときの、女子高生だったわたしの、産毛を逆立てて、人目を蹴散らして、清水を飛び降りて暖簾をくぐったひとりごはん。あれは、いったいなんだったんだろう。わたしは、何と戦い、何に片意地をはり、何に肩身を狭くしていたのだろう。


 もし、わたしが死んだ後に天国の岸朝子さんと会話ができるなら、一緒に鉄人の料理をいただいたあと、こっそりきいてみたい、と思っている。



 高校生のときに何度も通ったお好み焼き屋さんに、十数年ぶりに顔を出した。

 見知った顔があった。

 わたしの顔を覚えてくれていたバイトのお姉さんだ。

 本店の店長になっていた。

 のみならず、驚くことに、わたしの顔を見るなり、ああー!!あのときの!と、覚えていてくれていたのだ。


 確かに、ひとりでお好み焼き屋に来るだけでなく、いつもぶた玉を2枚平らげていく女子高生は…

 あんまりいなかっただろうな。


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