魔王だけど勇者可愛いから人間につくわ。

茄子

第1話プロローグ



「ここが・・・・・・」


 私の名前は御代飛鳥。

 此方ではアスカ・ミシロと名乗っている。


 名乗り分けるって程じゃないけど、名前と苗字を逆にしているのには理由がある。


 二年前、学校の帰りに突如現れた光輝く魔方陣によって、異世界である此方に飛ばされてしまったのだ。


 光が消散し、瞼越しに暗くなったのを認識した私が瞳を開くと、見たことのない空間が広がっていた。

 石造りの風通しの悪そうな室内。明かりを灯すもの等付近には無いのにも関わらず明るく全体が見渡せた。


 そして、私の目前で待ち構えていたのは、髭もじゃのお爺さんとカラフルなローブを着た謎の五人。


 テンパっていた私が説明を求めるも、無視されてしまい髭もじゃに涙を流して縋り付かれてしまったのだ。


『どうか、どうか私共を! 私共を救ってくだされ勇者殿おおお!!』


 あの時の事は未だ鮮明に記憶している。

 死が直ぐ傍に佇んでいるかのような必死の形相で私の腰にしがみつき、潤んだ瞳で懇願された。


 余りの勢いに状況把握の出来ていなかった私は、思わず腰を抜かし泣いてしまい周りにいる人達を困らせてしまったっけ。


 それから泣き止んだ私は当時の世界情勢等の説明を受けることになった。



 天使や神の類の住まう神界、人間や獣人、エルフ等が住む人間界、魔族と言われる人間界から追放された亜人族が蔓延る魔界。


 この世界には三つ縦並びの空間が存在し、上から神界、人間界、魔界と其々が糸の上に乗った弥次郎兵衛の如く絶妙な均衡を保っていたらしい。

 自分たちの世界以外との深い関りは、何百年も昔の条約により固く禁じられていたのだと。


 しかし、約五十年前に魔界の王、アスベルがそれを破り、人間界の大国一つを滅ぼしてしまった。

 それを機に魔界との戦争が度重なり、人間界に住まう者たちは皆怯えてまともに生活することすらままならなくなったらしい。


 そこで別次元の世界から勇者に相応しい人物を呼び出し助けてもらおうとなり、現在に至ると。


 私は其れに同情してしまい、力になれるのならと承諾してしまったのだ。

 何も知らない土地に放り出されて、私自身頼る場所が其処しかなかったのもあり、仕方のない事だ、と今は納得している。



 と、まぁそんなことがあり此方に飛ばされ早二年。

 大魔王アスベルの討伐に向かったものの、様々なことがあった。

 仲間が死んで仲間が死に、更に仲間が死んで仲間に強姦されそうになり・・・・・・。


 勇者として召喚された人物には、代々人知を超えた能力や力が宿るそうで、私にもそれは例外なかった。そのおかげで最悪には至らなかったものの、幾度とない仲間入れ替わりを繰り返さなければいけない羽目になり。ようやく。


 よぉぉぉぉやく、魔王城最深部に辿り着いた。



 私はボックスという空間魔法でポーションを取り出し、それを一息に飲み干すと後ろに振り返る。


 幾多の困難を共にしたわけでもない、最寄りのバーで拾った名も知れぬ三名の仲間。

 役職しかわからないが、それでも最低限の連携は取れているから大丈夫、のはず。


 例え仲良くなったとしても、今迄の経験から恐怖してしまい距離を作ってしまう為申し訳ない。

 今ぐらいの距離感がベストだろう。


「この先に魔王アスベルが待ち構えて居る筈なの。今まで戦った奴らとはわけが違う。気を引き締めて行くよ!」


「あぁ、ここまで来たんだ。任せとけ」


「私たちを見くびらないで頂戴! 準備は万端よ!」


「しゃーねぇな。本気出しますかっ」


 其々気合が入ったかのように力強い視線を向けてくるが、ここまでで私たちが行った戦闘はたったの二回。それも最弱と言われているスライム相手。


 何故か、魔王城どころか魔界には人っ子一人おらず、結局無駄な警戒に精神を擦り減らすだけで終わってしまったのだ。


 だが、魔界に繋がる場所から最も近い町で名の通った三名なので腕は確かだろう。が、気が重い。


 しかし、その場の雰囲気に合わせ力強く肯いて見せる。


「よしっ」


 小さく息を吐き、前方に立ちふさがる趣味の悪い扉に触れる。

 ざっと見た感じ五メートルはあるが、私の怪力にかかれば一瞬だ。


 足から腰、腰から肩へと力を伝達していき、全力で扉を押し込む。


 バゴオオオオオオオン!!


 途轍もない音と共に勢いよく開かれる扉。その勢いで視界は砂煙で覆われ、前が良く見えない。


「私の出番かしら?」


 その声と共に背後から突風が吹き荒れる。風に棚引く髪を抑えつつ、後ろにいる女魔法使いにサムズアップし、鮮明になった前方へと目を凝らす。


「!!!」


 十数メートル離れた場所に人影を発見。すかさず戦闘態勢に入り、相手の出方を窺う。


 中央に鎮座した玉座に膝を立て座る黒髪の男。

 頭には小さく赤い角が生えており、恐らく二つあるであろう一つに小さな王冠を被せている。


 男は眠そうに目を擦り、閉じていたもう片方の瞼を開き私達を視界に居れる。

 その瞬間――


「っ!!」


 全身に緊張が走り、身体が硬直してしまう。

 脂汗が吹き出し、カタカタと顎が鳴ってしまうのを抑えることが出来ない。


 ――これは強者特有の殺気にも似たオーラ


 間違いがない、奴が最恐最悪にして生き物をゴミとしか見ていないと言われている大悪党、魔王アスベルだ。


 私は何とか固まった身体を動かそうと必死になるが、石になってしまったかのように動くことが出来ない。

 後方の三人に視線を向けるにしても位置的に無理だ。状況把握が出来ない。


 私は唇を噛むことすら出来ないこの状況に苛立ちを隠すことが出来ず、唯々、未だに眠そうに目を擦る魔王を睨みつける。


 魔王は其れを気にも留めていない様子で一つあくびをすると、のそのそとした動きで立ち上がり、ゆっくりと足を動かしだす。


 静寂に包まれた室内で魔王の足音は嫌に響き、まるで私達の死期をカウントしているかのようだ。

 そのポケッとした表情からは何を考えているのか分からない。それが更に私の恐怖を掻き立てる。


 余りの恐怖に視点は定まらず、小刻みに息が漏れてしまう。

 緊張は頂点に達し、心臓が今にも爆発しそうだ。


 巷で人類最強とまで言われるようになった私でも、魔王を目の前にしただけでこのありさまか。やはり上には上が居るのだな。


 周りに囃し立てられたことで少し調子づいていたのかもしれない。


 そんなことを頭に巡らせていると、足音が止んでいることに気が付く。

 ハッとし、何時の間にか下がっていた頭を勢いよく上げる。


「っ!!」

「じっとして」


 離れていた魔王が突如目前に出現し焦るが、そんな暇も無く私の頭の中は真っ白になった。

 魔王の指先が私の頬を優しく撫で、顎に添えられる。

 離れていた距離は少しずつ縮まっていき――



 不意に訪れた唇への衝撃、暗くなった視界、ほのかに香る甘い香り。


 唖然とする私を置き去りに、離れていく魔王。未だに理解の追いつかない私は見つめる事しか出来ない。



「俺はアスベル、お前が好きだ。この日をずっと待っていた」



 僅かに漏れる日の光に照らされた魔王城最深部、王の間。


 未だに舞う砂埃が煌めく中、私は命ではなくファーストキスを奪われてしまった。



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