第5話『賢者vs勇者』

 ――ペンは剣よりも強し。


 その場にいたほぼ全員が“それ絶対意味違うやろ”と心の中でつっこんだが、だれも口には出さなかった。


「では、その砂時計がすべて落ちるまでに、私にダメージを与えることができれば君の勝ち、ということでいいな?」


 ヤシロは別途用意してもらったおよそ5分の砂時計に視線を向けながら、そう告げた。


「上等じゃねぇか。俺の攻撃に耐えきったらおっさんの言うこたぁなんでもきいてやらぁっ!!」


 言い終えるが早いか、アルバートは剣を振りかぶって踏み込んだ。

 ヤシロは特に構えるでもなく、顔の前に万年筆を掲げて、ただ立っていた。

 一見して隙だらけではあったが、召喚された賢者という得体のしれなさから、アルバートは油断することなく初撃から全力で打ち込むことにした。

 もし攻撃を防ぎきれず、そのせいでヤシロが死ぬことになっても、それは武器を持った勇者を挑発した彼の責任である。

 ヤシロの命を奪った罪は、魔王討伐を成し遂げることで贖わせてもらう。

 そんな想いとともに、全力で振り下ろされたアルバートの剣は、ヤシロの万年筆によってあっさりと受け止められてしまった。


「な……?」

「ふむ、問題なさそうだな」


 全力の一撃をあっさりと防がれたことに驚きを禁じ得ないアルバートは、一度大きく飛び退いた。


「何しやがった……?」

「こいつで受け止めただけだ」


 ヤシロは軽くほほ笑み、これ見よがしに万年筆を軽く振った。


「言っただろう? ペンは剣よりも強い、と」

「ふざけやがってェッ!!」


 再び踏み込んだアルバートは、鉄製のロングソードを同じように振り下ろした。


「まだまだぁ!!」


 先ほどと同じように万年筆で防がれたが、アルバートはひるまず攻撃を続けた。

 なぎ払い、切り上げ、さらに振り下ろす。

 そうやって何度もヤシロに斬りかかったが、そのすべてを防がれてしまう。

 結局20合ほど打ち合ったところでアルバートはまた大きく飛び退いた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 肩で息をするアルバートの目にはわずかな怯えが芽生え始めていた。


「……なんで、音がしない?」


 それは勇者一行のひとり、守護戦士のブレンダが発した言葉だったが、それを耳にしたカチュアや、戦いを見守っていた近衛兵たちが、思わず息を呑んだ。

 そう、2人の戦いは、ほぼ無音で行われていたのだった。


「どういうこと……?」


 ブレンダの言った意味がわからず、神聖巫女のディアナが問い返す。


「だって、賢者のおっさんはさっきから何回もアルの剣をペンで受けてるだろ?」

「うん、すごいよね」

「あのペンが何で出来てるのか知らないけど、普通は硬い物同士があの勢いでぶつかったらコツンとかカキンとか、そういう音がするんじゃないか?」

「あ……」


 音もなく攻撃を受け止められてしまう。

 その異様さを誰よりも実感しているのは、当のアルバート本人だろう。

 どれだけ勢いをつけて剣を振ろうが、ペンに当たった瞬間ピタリと止められてしまうのだ。

 かわされるでもなく、弾かれるでもなく、だた止められる。

 衝撃も一切なく、まるで最初からその姿勢だったかのように、剣の勢いがなくなってしまうのだ。

 ならばと剣筋を複雑にし、ほんの少しでもかすらせようと何度も剣を振り回したのだが、まるで剣がペンに吸い寄せられるかのように受け止められるのである。


(くそっ……。だったらこいつはどうだ!)


 アルバートは右手で剣を構えたまま、左手をヤシロに向けてかざした。


「あ、アルくんが法術を使うよ!」


 アルバートの構えから彼の意図を察したディアナが、他のメンバー2人に小さな声で告げた。


「くらえ、《ライトジャベリン》!!」


 アルバートの手から光の槍が放たれる。

 それは目にも留まらぬ速さでヤシロを襲うが、彼が左手をかざすと音も衝撃もなく消え去った。


「な、に……?」


 アルバートの口から驚きの声が漏れる。


「ほう、それが魔術……いや、聖剣士が使えるのは法術だったな」


 感心したようなヤシロのつぶやきを耳にしてなんとか気を取り直したアルバートは、両手で剣を構え直した。


「だったらこれはどうだ! 《ライトブレイド》!!」


 離れた位置に立つアルバートが剣を薙ぐと同時に、光の刃がヤシロに向かって飛んだ。

 ……が、これもあっさりと消されてしまった。


「どうした? まだ少し時間はあるが、降参するか?」

「ぐぬぬ……」


 ヤシロの言葉に歯噛みしたアルバートだったが、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。


「いいぜ、とっておきを見せてやる」


 静かにそう告げたあと、アルバートはロングソードを鞘に収め、腰を落とした。


「レベル15になって覚えたばっかだから、加減ができなくても恨むなよ?」


 アルバートがヤシロに向かって両手をかざすと、その前に小さな光球が現れた。

 光球は徐々に大きさを増し、やがて表面にバチバチといかずちをまとい始める。

 それを見た筆頭魔導師クレアと、大神官フランセットは目を瞠り、互いを見合った。


「おいおい、ありゃちとヤバくないかのう……」


 そしてアルバートが生み出した光球の異様さに、グァンが思わず口を開いた。

 そうこうしている間にも、光球はどんどん大きくなっていく。


「そんな……魔力と法力の両方を……」

「あれは、まさか……」


 クレアとフランセットが信じられない物を見たような顔で呟く。

 やがて雷を纏った光球の直径は、両手を広げても抱えきれないほどの大きさとなった。


「くらえおっさん。勇者とっておきの魔法・・だ」


 まばゆく輝く光球の影に隠れてヤシロの姿は視認できないが、標的がどこにいるかは感覚でわかるようになっている。


「《ライトニングボルト》ォォォ!!」


 アルバートの掛け声とともに光球が飛び、ヤシロを襲う。

 しかしそれもまた、ヤシロのかざした手に触れるや否や、跡形もなく消え去ってしまった。


「うそ、だろ……?」


 とっておきの攻撃をたやすく防がれてしまったアルバートは愕然とし、力なく膝をついた。


「もう、終わりか?」

「うぅ……」


 跪いたアルバートはそのまま力なく床に手を着き、がっくりとうなだれた。

 ほどなく、砂時計の最後のひと粒が落ちた。


「私の勝ちだな。出発は明日早朝、今日は宿でゆっくり休め」


 そう言い残すと、ヤシロはつかつかとアルバートの脇を歩き、そのまま謁見の間を出ていった。


■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 

〈賢者の法衣〉

 何ものも賢者を害することはできない。

■ □ ■ □ ■ □ ■ □ 


 それはすべての攻撃を無効にする、賢者のスキルである。

 “防ぐ”でも“弾き返す”でもなく、無効にするが故に、アルバートの攻撃は音も衝撃もなく止められたのだった。

 ちなみに、わざわざ攻撃をペンで受けたり、法術や魔法を手に手をかざす必要はない。

 あれは言ってみれば、わかりやすいパフォーマンスである。

 ちなみにアルバートの剣筋を見極めるのには〈賢者の目〉と〈賢者の時間〉が役に立った。

 思考時間を引き伸ばし、スローモーションのような世界の中、〈賢者の目〉でアルバートが動こうとする際に生じる筋肉の微細な動きを解析し、ある程度先の動作を予測する。

 〈賢者の時間〉の中ではヤシロ自身も速く動けるわけではないが、ゆっくりとしか動けない状態であっても、ペンを剣に当てることくらいはなんとかできたのだった。


**********


「ねぇねぇアルくん! すっごい景色だよ?」


 |篭〈かご〉から身を乗り出し、フサフサの尻尾をパタパタと振りながら、巫女姿のディアナは少し大げさに訴えた。


「あぁ……」


 ブレンダとカチュアの間に挟まれて力なく座るアルバートがボソリと返した。


「んもうー! 空からの景色なんてそうそう見れないんだからさぁ!! いつまでもクヨクヨしないでよっ!!」


 現在、ヤシロたちは空を飛んでいた。


 王都からアバフラの村までは馬車を使って半月ほどかかる。

 常に馬を疾駆させ、休息を最低限にした上で頻繁に馬車を乗り換えたとしても5日以上はかかるだろう。

 一刻も早く魔王討伐を成し遂げたい勇者一行にも、人類連合の窮状を改善したいヤシロにとっても時間とは貴重なものだ。

 なので、できるだけ移動の時間を短縮するために『竜篭りゅうかご』という物を使うこととなった。

 竜篭とは調教テイムされたワイバーンに大型の篭を取り付け、空を移動するもので、これだと早朝に出れば半日ほどで目的地に到着できるのだった。

 篭と言っても広さは四畳半ほどあり、三層で構成されている。

 現在ヤシロたちがいる上層は別名展望席といい、天井のない吹き抜けなっていて、見上げればワイバーンの腹を見ることができるし、篭の縁から軽く身を乗り出して、外の景色を見ることも可能だ。

 中層は簡易寝台が設置されており、数名であれば眠ることは可能。

 下層には簡単な水回りが設置されている。


「ディアナ君の言うとおりだ。こんな上空で風を感じられるなど、得難い経験だぞ」

「ちっ……。お前が言うな」


 ディアナとは少し離れた位置にクレアと並んで外の景色を眺めるヤシロの言葉に、アルバートが不平漏らす。

 竜篭には錬金術によって環境を整える効果が付与されているため、冬を目の前にした季節に上空を飛んでいるにもかかわらず、寒さなどを感じることはなかった。


「ヤシロさまの故郷にも竜篭のように空を飛べるものがあったのですか?」

「ええ。しかし基本的には密閉空間ですがね」


 ちなみに勇者一行の様子だが、アルバートはヤシロに勝てなかったことはもちろんだが、それ以上に衆人環視の中で恥をかかされたことがこたえているようだった。

 ヤシロとしては王を始めとする国のトップを証人としたかっただけなのだが、アルバートの自尊心をここまで傷つけるとは思っておらず、少しだけ申しわけなく思っていた。

 だからといって彼に甘い態度をとるつもりはないが。

 守護戦士のブレンダは一応アルバートの隣りに座っているものの、いつまでも負けを引きずっていることに少し呆れているようで、先ほどアルバートがヤシロに言い返したときも、軽くため息をついていた。

 反対隣に座る天弓士のカチュアはアルバートの愚痴を聞いていやったり、なだめるように背中を擦ってやったりと、甲斐甲斐しく世話をしている。

 外の景色を楽しんでいる神聖巫女のディアナは、元々ヤシロに好意的――というよりは賢者という立場に対する尊敬の念があったせいか、アルバートが勝てなかったことに対してなんら思うところはないようだ。


「あ、村が見えてきたよ!」


 王都を出発して半日。

 賢者と勇者の一行は、アバフラの村に到着した。

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