第31話「勇者とゴルフ③」

 東京から高速で1時間半も飛ばしたところの栃木県宇都宮市のゴルフ場にて、コースデビュー兼、ゆらめきとの勝負が行われることになった。

 山岳コースで、左右がすぐOB(打ってはいけない場所、そこに言った場合は打数を1打プラスして、元の場所から打ち直さなければいけない)であり、まっすぐ打たなければ難しいコースだそうだ。

 警備の観点から、お客の少ないところが選ばれここになった。ちなみに今日のラウンドにも、キャディ代わりのSPが2人ついている。


 今一番ホールのティーグラウンドに立っている。幸いの快晴ではあるが、栃木県の気候ともう11月の終わりだったせいもあり、かなり肌寒い。ティーグラウンドからは思い切り斜面を下っていくようなコースになっており、400Y(360m)ほど先にグリーンがあるらしいが、あいにくティーグラウンドからは見えない。


「なんでこんな狭いコースなんだ」

 私は思わず不平をゆらめきにぶつける。

「大丈夫ですよ、ハイネケンさんの球は曲がりませんから。このホールはとにかくまっすぐ打てば大丈夫です」

 まあ確かに曲がりはしないのだが、練習場と本番は別といったのはゆらめきじゃないか、初心者の私に負けたくないからこんなコースを選んだとしか思えない。まあいい、目にもの見せてくれる。


「よし、じゃあさっそく打つぞ」

 私はティーグラウンドに上がり、ボールを、ティーの上に乗せた。(ティーとはボールを乗せるための釘のようなもの、地面にさして上の平らな部分にボールを乗せる)

 びゅんびゅんと2,3回素振りをしてから、ボールの前に構えた。練習場通りにやればいいだけだ。

 ゆっくりとクラブを後ろに振り上げて、足と腰の力で一気にそのクラブを振り下ろす。


 スパコーンッという音とともに、練習場とで振った時と同じ感触が手元に残った。

「ナイスショーット!!」 

 その声を聞いて私は自分の打ったボールがまっすぐ前方に飛んでいったことを確信する。見たことか、練習場でも本番でもやはり勇者には関係のないことなんだよ。

 その声を聞いてから私は前方を向いたが、ボールがどこに行ったかを目で追うことはできなかった。


「どこに飛んでいった?」

「まっすぐフェアウェイのど真ん中に向かいました。さすがハイネケン様です、練習場と同じようにきれいなストレートの球です。普通、コースデビューでドライバーをきちんと当てられる人いませんよ。正直空振りすると思っていました」

 失礼な……さすがに空振りするわけないだろう。ドライバーの先っぽは、ボールの5倍以上大きいのだ、外す方がどうかしている。まあ、しかしそこまで褒められたら悪い気はしないな。


「まあ当然だよ……さあ次はゆらめきの番だ。君の方こそ空振りしたりOBの方に向かわないといいな」

「ご心配なく」

 ゆらめきは自分のバッグからドライバーを抜き、ティーグラウンドに向かった。

 そして、練習場と同じきれいなスイングで、スパーンときれいな音を立てて、ボールをを前方に運んだ。私のボールとは違い、最高到達点から、少しだけ左に曲がりながら落下していく。これはドローボールといって、この方がストレートにボールを打つより飛距離が伸びるのだという。

 ゆらめきのボールもフェアウェイの真ん中に落ちた。


「ナイスショット!」

 私は拍手をしながらゆらめきに近づく。

「さて、どちらが飛んだでしょうか。」

 さっそくカートに乗って二人のボールが飛んでいった先へと向かった。



 結果私の白いボールは、ゆらめきのオレンジ色のボールの30ヤードほど先に飛んでいた。

「ふふ、どうだ? 飛距離は俺の勝ちだなゆらめき。しかも残り100yもないじゃないか。くだり傾斜を使ったとはいえ、300ヤード近く飛んだな」

 俺は自信満々の表情でゆらめきを見る。ゆらめきには特に焦りの表情は見えず非常に落ち着いている。まるでこうなることを予見してたようだ。


「すごいです、ハイネケン様。まさか本当に距離で負けるとは思いませんでした……。でもゴルフはここからです。ここからきっちり決めるのが大切なんです、私の方が後ろなので先にうちますね」

 ゆらめきはアイアンというクラブを取り出した。

 ゴルフでは2打目からは地面から直接ショットしなければならず、通常アイアンという鉄でできたクラブを用いる。

 ゆらめきはいつも通りのゆったりとしたスイングをした。スパっと音を立ててボールはグリーンの方へ飛んでいく、落下地点は見えなかったがおそらくグリーンの上に乗ったであろう。

 「ナイスショット!」

 私は形式通りの賛辞を贈る。


 さて次は私の番だ。

 アイアンショットは私の最も得意とするショットであり、ほぼ狙ったところに飛ばすことができる。そのことは練習場でゆらめきも驚いていた。ピタッとグリーンに止めて見せようじゃないか。


「打つぞ」

 私はアプローチウェッジ(近距離を狙うための短めのアイアン、ふわっと上に上がる球を打つことができる)を取り出して、練習場と同じように振った。しかし……。


 だふっ!


「なに!?」

 いつものパシュッていう音はしなかった、鈍い音が起きて、ウェッジはボールの手前の地面に突き刺さっていた。ボールは10mほどしか前に行っていない。

 なぜこんなことが……。

 勇者の私がこんなミスをするとは!ゴルフ恐るべし。


「練習場とコースじゃ別物と言ったじゃないですか。コースでは平らな部分なんてほとんどないですから、ハイネケンさんの場所は左足上がりといって、傾斜で打ちづらい場所なんです。次は気をつけましょう」

 後ろから見つめていたゆらめきはこうなると予想してたと言わんばかりの顔つきであった。分かっているなら一言あってもよさそうなものなのにな。あくまで真剣勝負をするつもりなのか? こっちは初心者なんだぞ。

 

 そうして10m先のボールを今度は地面をたたかないように打つと、今度はウェッジの先の刃の部分にあててしまい、ボールは今度はグリーンをはるかにオーバーしたところまで勢いよく転がっていってしまった。

 

 そして今度はそれをパターで転がしてグリーンに乗せたものの、すでにこの時点で4打。ゆらめきは、2打でグリーンに乗せて、それをしっかり2回のパッティングで穴に沈めたためにパーとなった。

 この時点で、私に勝ち目はないのでこのホールはゆらめきの勝利となる。


「ハイネケンさん、まずは一ついただきです。すいません飛距離で負けたのが少し悔しくて思わず手堅く勝ちに行ってしまいました」

 謝られたのがなおのこと腹ただしかった、まだ一つビハインドしてるだけだ。ここから目にもの見せてくれる。


「ゆらめきよ、その余裕がいつまで続くかな?」

 私は不敵な笑みを浮かべながら、ゆらめきにそういった。

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