第13話「勇者、契約する」

 ハイキングに出た影響はすごかったらしい。

 私が炎を使った瞬間から電話は鳴りやまず、ハチテレビの回線はすぐにつながらなくなったらしい。カスミのユーチューブとラインライブのフォロワーもすぐに見たことないような数に膨れ上がったという。

 ハイキング終了後すぐに、ハチテレビの上層部と話し合いがもたれ、その日のうちに夜のニュース番組にも出演することが決まった。

 しばらくは部屋に戻ることもできないだろうという配慮で、ハチテレビの方でホテルのスィートをずっとおさえてくれるらしい。ありがたいとは思わなかった。この世界に来てまだわずかではあるが、ハチテレビが私という視聴率が取れるコンテンツを独占したいのだということはまる分かりだったからだ。


 しかし、カスミはもう舞い上がってしまってすべてのことを二つ返事でOKしていた。所詮は20前後の小娘だからな仕方ないといえば仕方ない。もっとも自称プロデューサーのカスミがそういうのなら私は構わないのだがな。


 夜のニュースの反応もすごかった。ハイキングの時とは違い、魔法をゆっくり一つ一つ、といっても炎と水、そして促進魔法を見せただけなのだが、紹介した。コメンテーターがみな最初は否定するのに、最終的には黙るしかなくなるのはなかなか面白い。

 ここで説明しておくと、私が使っているのは回復魔法などではなく、促進魔法である。本来人間の体には治癒能力というのが備わっている、その治癒能力を魔法の力で促進させるだけなのである。先ほど髪の毛を伸ばした際も、死んだ細胞は蘇らないので、生きている髪の細胞の細胞分裂を促進させたに過ぎないのだ。

 ゆえに、今回の放送でずいぶんハゲの人からの問い合わせが多かったそうだが、残念ながら死んだ毛根は二度と蘇らないといっておく。


 さて夜の放送が終わると、芸能事務所の人間が何人か会いに来た。その中の一つファイヤープロダクションというのが最大手らしいので話を聞くことにした。


「はじめましてファイヤープロダクションの久能くのうと申します。まさか本物の魔法使いがいるとは思いませんでした。」

 そうやって名刺を差し出した、名刺にはファイヤープロダクション代表と書いてあった。

 なんだと、代表自ら話をしに来たのか。

「あ、はい、シャ、社長さんなんですか、あのファイヤーさんといえばだってあのすごい芸能人たくさん抱えてるところですよね、そ、その社長さんが自らですか。」

 カスミは思いっきり動揺してた、先ほどまでテレビでは堂々としていたのにその姿を微塵も感じられなかった。


「あなたもなかなか堂々としておられて素敵でした。どうでしょう、二人とも私どもの方で今後のマネージメントをさせていただきたいのですが。」

 さっそくとばかりにこの社長は本題を切り出してきた。さすが、やり手っぽいな。こちらがよくわかってないのをいいことに、話をを早急にまとめようとしてる。普通社長自ら出てくるなんて言うことはないんだろうが、金になる木を黙ってみる気はないということか。


「それはもう喜ん……。」

 と言おうとしたカスミの口を私はふさいだ。

 私はもちろんこの世界の芸能人のことなどわからない。

 しかし私は勇者ハイネケン相手の考えてることなど、お見通しである。目の前の男は、今我々を支配しようとしている。こちらが何も知らない子供だと思ってはっきり言ってなめている。このまま、カスミにしゃべらせておくことはマイナスにしかならない。


「社長さん、基本的に条件はこちらから出す。それで不満ならあなたの話を聞く気はない。」

「ちょっと、ハイネケン失礼だよ。」

 カスミは勘違いしている、目の前の男は損得勘定でしか動かない。失礼だとかそういうことはどうでもいい話なのだ。


「おや、勇者様はちゃんと話せるんですね。」

 ふふふとかすかに久能社長は笑った。

「もちろんだ、テレビは演出用だ。ここからはカスミではなく私がとして対応したい。」

「分かっております。こちらとしてはあなた方の意思を最大限に尊重します。お願いする立場ですから。」

 そうは言いながらも顔には、やや焦りのような表情が見て取れる、思った以上に厄介そうな相手だと。


「まず、もしそちらが芸能活動を管理するような場合、私とカスミ、さーちゃんは別として扱っていただきたい。セットということではなく、カスミを一人の女優として

育ててもらうことを希望する。」

 ここが一番大切だ。社長がほしいのは、魔法を使える私だけである、正直言えばカスミはいらないはずなのである。そういうわけにはいかない。


「なるほど、それは喜んでそうしますよ。先ほども言った通り私はカスミさんを魅力的な女性だと評価してるのですよ。」

 なかなかのうそつきだな、さすがに社長まで上り詰める男は違う。もしカスミ単独なら、主導権はそちらだっただろうが、勇者の交渉力をなめてもらっては困る。

「ねぇちょっとハイネケン、私、別に女優になんて……。」

 再び、わたしはカスミの発言を左手を振りかざすことで制した。

 カスミはそういうが、今までの行動を見る限り明らかに芸能人デビューしたがってる。完全に私を利用してのし上がりたいのは見え見えだ。こちらとしても、さっさと芸能界でのし上がってもらって、私から離れてくれたほうがいい。カスミの顔は結構いい方だ、チャンスを与えられればそこそこ何とかするだろう。


「それはありがたい。その上で、私の仕事は私が選ぶ。大学生なものなのでね、学業は優先したい。そして、カスミ単独の仕事はきちんと入れてほしい。」

 どうだ、この条件を飲めるか。あくまでカスミのマネージメントを優先しろということだ。

 すると久能社長は少し考えて、発言まで間を開ける。


「……いいでしょう、ただカスミさんの国民の認知度が上がるまではコンビで出ていただきたい。3か月といったところですかな。年末の紅白のゲストで2人を突っ込みたい、おそらく今年の目玉になるでしょう。おそらく、カスミさんは便乗してるだけだと相当SNSとかで叩かれますが、覚悟はありますかな。」

 なるほど、カスミの方を折れさせる魂胆か。確かに一介の素人が、急に大舞台に立つなんてしり込みするだろうが、はてカスミはどうだろうか。


「……もし、ファイヤーさんの方でマネージしてもらえるなら、どんな覚悟でもあります、もともとアナウンサー志望ですし。就職の内定も決まってますけど、それもやめてファイヤープロダクションさんのお世話になりたいです。」

 そう、カスミはきっちりアナウンサー学校まで通って、テレビ局に就職したかったのだが残念ながら採用されず、銀行に就職が決まったといっていた。そんな女がこんな絶好のチャンスを逃すはずがない。そもそも、私にテレビ局に出ないかと打診した時点でここまで想定してたに違いない、なかなかしたたかだよ全く。


「いいですね、きっとあなたはいい女優になる。本当に勇者様は別にして、あなた個人も買っていたんですよ。さっきのハイキングでの対応は素晴らしかった。他には何かありますか、勇者さま?」

 

「……あなたはこの国との交渉ができる人か。」

「どういう意味ですか。」

「一番大きいプロダクションにしたのは意味がある。おそらくこの国の軍、自衛隊といったけ、あるいは他国の軍が私に接触しに来るだろう、私は自由がいい、私たちを守れるか。」

 この世界の騒ぎを見て、ほんとうにこの世界で魔法を使えるものがいないのだとわかった。ならば、軍は必ず動くだろうと私は考えている、協力してやってもいいが、こちらに力がないと、何をされるかわかったもんじゃない。

「……ハイネケン様はいろいろ考えますな。それに関してはもとよりこちらも考えてます。そういう交渉もこちらに任せてください、あなた方の住居も東京にセキュリティのしっかりした場所を用意しますし、移動の車、マネージャー、それに警護も十分つける予定です。」

 なるほど、できるなこの社長。それならば、待遇の不満はない。だが、勇者の交渉はこれで終わりではない。

「そのうえで、私はプロダクションに入る気はない。かといって他のプロダクションの仕事もうける気なわけではないがね。出演料とかもそちらの会社との折半で十分だ。そのうえで先ほどの条件を飲めるかね。」

 そう、カスミだけはプロダクションに入れるが、私は一切そういうものに縛られたくはない、何せ私は勇者だからな。


「……いいでしょう、その条件でお受けします。ハイネケン様と私の契約は男の約束ということにさせていただきます。…すまないがタバコを一本吸っていいですかな。」

 何を突然と思ったが、私はこくりとうなずいた。

 そして、何やらライターを持ってなさそうなそぶりを見せたので、なるほどそういうことかと、私は魔法を使って彼のたばこに火をつけてあげた。


「本当に本物なのですね、勇者ハイネケンは。」

 そういって、社長はタバコを持っていない方の手を差し出してきた。

「……もちろんだ、これからよろしく頼む。」

 私と久能社長はがっちりと握手をした。

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