素晴らしきこの世界で、少女たちは。

あまみん

1.ぜんぶガソリンスタンドのない国のせい

野原に続く一本道に、1台の軽トラが走っていた。


そう、走っていた。


今は道からはずれて大きな木の下、汗だくのふたりの少女がその近くに座り込んでいる。


このふたりの少女は旅人だ。


今、まさに旅に出てから最初の国を抜けたところだが、乗っていた軽トラがガス欠を起こし、ここで立ち往生している、という所である。


このふたり、実は割と最近旅を始めた、言うなれば新米旅人なのだ。

旅の計画を立てたのは、17歳の少女、リランとひとつ年上のアリアのふたり。


雪が降る真冬に、ふたりは旅の計画を立て始めた。

とはいっても外の世界の地図などないので、とりあえず「国から出る」というざっくりとした計画だったが。


アリア自慢のヴエルデ(軽トラ)にそこそこの食料と着替え、キャンプ用品などを積み込むと、計画したその夜に外の世界へと出発した。


そこからは本当に気ままな旅で、心配していた肉食の野獣にも襲われる事はなく、最初に訪れた国は故郷よりも田舎だったが、ご飯も美味しかったし人柄もよかった。



でもガソリンスタンドが無かった。

ガソリンスタンドがなかったのだ! ヴエルデで移動している彼女たちにとって、ガソリンスタンドがないというのは大きなダメージだった。


仕方なくその国から出発し、次の国までどうにか持ちこたえてほしいと願いながら野原を進んだがダメだった、甘かった。


とりあえず、道に置いておくのはほかの旅人のジャマになるだろうと、近くの木の下まで頑張って押していったところである。


荷物を先に下ろせばよかったのだが、彼女たちにそんな発想は無く、半ばパニック状態での行動だったため、冷や汗と、ヴエルデを押したときの汗でベトベト。疲れはてて息をあげながらふたりは話し始めた。


「リア、これからどう、するの、私たち、助けを呼ぶような友達、他に、いないじゃない。」

「何言ってんの、リラン。友達いたとしても、家出みたいなもんだから、連絡できる、わけないっしょ。はぁ。」


ふたりにほかの移動手段はない。おまけに次のいちばん近い国まではかなりの距離で、前に訪れた国ももう遠く離れてしまっていた。


「はーっ、あの国、ご飯はめちゃめちゃ美味しかったのに田舎すぎんのよ、ガソスタないってどゆこと?!」


アリアがついに前の国のことを愚痴り始める。

それに続いてリランも思い出したかのようにつぶやき始めた。


「肉も魚も野菜もぜーんぶ美味しかったねー、はぁ、でもみんな馬とか牛で移動してるって...。」


「「いつの時代だよ!!」」


口を揃えて前の国に愚痴る。ネットがあれば彼女たちは容赦なくあの国に評価☆3.5くらいを付けるだろう。しかし文句を言っているだけではヴエルデは動きやしない。


「あー。暑い。せめてこの暑さどうにかして欲しいわ。」

「まだ昼間だもんねぇ…夜になれば少しは涼しいだろうけど。」


アリアがイライラしていく中、リランはふらふらと立ち上がった。

そんな彼女にアリアが声をかける。


「どこいくの。」

「ちょっとそこら辺うろついてみる。休憩してていいよ。」

「...はぁ、あたしもいく。あんた一人だとすぐどっか行くし。」


ふたりはそう会話を交わすと、ヴエルデを見失わないように、赤く色をつけた石を地面に起きながら、あてもなく草原を歩き始めた。


1時間ほど歩いたころだろうか。草がほぼ生えていない荒地に出た。そこには屋根のない古びた小屋があり、その近くに使えそうにないボロボロの軽自動車と、割ときれいな状態のポリタンクが転がっていた。


「あのポリタンク、中になにか入ってるっぽい...壊れてる車っぽいのも近くにあるし、ガソリンじゃね?! キタコレ、希望見えてきたじゃん!あ、でも...。」

「野獣が結構いるね、しかも...たぶん、いや確実にあれは肉食のやつ...。」


そこには、体は小さいものの確かに凶暴な肉食の野獣が数匹群れをなしていた。


今は物陰に隠れているものの、ポリタンクを回収するとなると野獣に襲われかねない。しかし、もはやあのポリタンク以外に希望はない。ふたりは1度、赤い石ころをたどってヴエルデの所へ戻り、作戦を練り始めた。


ひととおり作戦を考え終わると、道具を揃えてバックパックに詰め込み、また赤い石ころをたどっていった。


「よーし、作戦開始! リア!」

「オーケー!よっ、と!」


リランの合図で、先端に石を括り付けたロープを遠くに投げつけるアリア。


すかさず、非常食のツナの缶詰めを押し固めたものを、野獣の目に止まるようにリランが的確に転がす。


強い匂いで野獣がツナに向かって走り出した。

「今だよ、リア!」

「わかってるって!」

アリアは一目散にポリタンクを回収しに走る。ポリタンクへたどり着くまでは、野獣はツナに夢中だったのだが、リランのもとへ戻ろうとしたそのとき、野獣が彼女の存在に気づいた。


「ヤッバ...!」


うかつに動いてはすぐにツナと同じ目にあってしまう。それだけは避けたい。

姿勢を低くして、音を立てないように、野獣と目を合わせないようにゆっくりとその場から立ち去ろうとするアリア。

パキッ...

しかし小枝を踏んでしまった!!


「んぎゃああああああああ!!」


驚いて叫び出すアリア。

その声と表情は野獣が引くレベルだ。

しかしこの“エドヴァルド・ムンク「叫び」”のような絶叫で大きなチャンスが生まれた。野獣が驚き、目を丸くしたまま棒立ちになっていたのである。



「えっ...え?」



我に帰ったアリアは、手招きするリランのもとへと、ポカーンとした、野獣とほぼ同じような表情でポリタンクを持ち上げて走っていった。


「リア...ぷっ、さっきの、顔...くふっ。」

「.........え?! あ、ぇと、いやそんなことはどうでもいいっ! 早く火つけて! 野獣こっち来てる!!」

「くすっ、了解...ふっ......。」


笑いを抑えながら、石を括り付けたロープに、ライターで火をつける。ロープには着火剤を染み込ませてあるので、ロープを伝って小さな火の道ができる。これでしばらくは野獣が近づいて来ない。こんな小さな火でさえ怖がるくらいに、奴らは火が苦手なのだ。


しかしいつまでもロープが燃え続けるわけではない。ポリタンクをふたりで持つと、すぐに赤い石ころをたどってヴエルデの所へと戻った。


「あー、あの顔! 写真撮っとけば良かったなぁ...ふふ。」

「ああもう、いつまでもそんなこと言ってないで、ほら!」


恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、アリアはポリタンクの蓋を開けた。


「おお、まだ大丈夫そうだね!」


先に中をのぞきこんだリランが嬉しそうに言う。

続いてアリアも中をのぞきこんだ。


「マジ?! あたしのアテは外れてなかったってことね!」

「中身がガソリンかどうかはまだわかんないけど。匂いはそれっぽいけど、ガソリンじゃなかったらヴエルデとはサヨナラだね。」

「はぁ、でもここで試さない限りは旅は続けられないっしょ?」


そう言うとアリアはポリタンクを持ち上げ、リランが給油口に差し込んでいる“じょうご”に少しづつ中身を流し込んだ。


「これでよし...っと。リラン、エンジンかけてみ?」

「はーい。よいしょ、と。」


運転席に乗りこむリラン。「かけてみまーす。」と一言いうと、キーをぐいっと回した。


カシュシュ...! ブゥン、ブロロロロロロロ......


何気ないエンジン音だが、今の二人には希望と勝利のファンファーレのような音だった。


「やった!!」

「よっっっし、これでやっと進めるーっ!」


あたりはもう暗くなっていたが、ふたりの歓声は、太陽のように明るく、喜びに満ちた声だ。


「さて、暗いし、晩ご飯食べて、今日はここでキャンプかな。」


ヴエルデの荷台に積んであるキャンプ用品を取り出しながらアリアがそう言う。


「そだねー、私も疲れちゃった。」

「あんたはツナぶん投げて笑ってただけじゃない!」

「あの顔は傑作だったよ...ふふっ、一生あの顔思い出して笑える。」

リランの発言に、アリアは若干恥ずかしそうに唇を噛んだ。


「くっ...でも、あれのおかげでガソリン手に入れられたから褒めて欲しいわ。」

「あっ、晩ご飯なにー?」

「うわこいつ聞いてねぇし。」


ふたりはその後、野獣が寄ってこないように焚き火をして、サバの味噌煮の缶詰めを、焚き火に三脚を置いてその上で温め、黒パンと、少しの燻製チーズをそれぞれ食べた。


「もぐ......なんか、あの国のご飯が美味しすぎてすっごいまずく感じる...。」

リランが舌を出しながらそう言う。


「んぐ......わかるわ...。」

決してまずくはないのだが、ガソリンスタンドがない国のご飯を一週間近く食べ続けた彼女らにとって、今夜のご飯はふたりにとってはおがくずを食べているようなものだった。


「寝るときってさ、野獣が出てきたらどうするの?」

「あ、そうそう。今回新しい国に向かわずにここでキャンプ、もとい野宿をしようとした理由はね...」


そう言うとアリアは前の国で購入した、トゲ付きのマットをヴエルデの周りに敷きはじめた。


「これを試してみたかったからなのよねっ!」


「ほう、棘付きマットですか......たいしたものですね。棘付きマットは前の国で害獣避けとして使われていて、愛用する農家さんもいるくらいです...。しかも四隅に重りもあって重量バランスもいい。」


メガネをあげるような仕草(実際にメガネはかけていないが。)をしながら、いきなりリランが語り出す。


「ぷっ、何よ、 いきなり研究者みたいに...。」

「実は私も良くわかんない! 前の国の人が同じようなこと言ってたから真似してみただけ〜。」


そう言いながらはにかむリラン。彼女は物覚えはいいのだが余計なことばかり覚えるのだ。...さっきのアリアの顔とか。


「よくそんなに長いセリフ覚えてたわね......まぁいいわ、コーヒーのむ?」

「ぁん。ふぁぁ、ミルク多めで。」


眠そうな声で返事をするリラン。夜に強いアリアと違って彼女は夕食を食べるとすぐ眠くなってしまう。


気づけば当たりはもう真っ暗になっていた。昼間の疲れからか、アリアに渡されたコーヒー......カフェオレをすすっているうちに、彼女はキャンピングチェアーに腰掛けたまま眠ってしまった。


ビスケットを持ってきたアリアは、何かを察したような、また呆れたような顔で「ああ...もう世話が焼ける――。」とヴエルデのシートを寝かせると、リランを抱きあげ、そこにゆっくりと下ろした。



「おやすみ、リラン。」



アリアはすやすやと眠るリランの頬を指先でそっと撫でると、さっきまでリランが座っていたキャンピングチェアーに腰を下ろした。



夜の草原には、アリアのコーヒーをすする音と、ビスケットをかじる音だけが残っていた。

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