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@mumyou

第1話 常夏の島に降り立つ「ghost」

1・新世代歴となった世界


 西暦で言えば2400年1月1日にあたるその日、世界は新たな暦を取り入れる。新たな世界の発展を願って付けられた暦は新世代(The new generation)歴、通称ng歴と称された。しかし世界にはいまだワープ装置もなければタイム・マシンも開発されておらず、基礎科学こそ発展したが「新世代」と言い切れるほどの技術革新は起きていなかった。そして何より、人そのものが新世代には程遠く、連綿と同じような日々を積み重ねていた。そう、あの事件が起きるまでは。


 ng歴112年、世界のエネルギーは化石燃料に代わり、高効率化された太陽光発電や各種の高性能電池による電力供給が主流となっていた。静止軌道上に設置された発電施設のマイクロウェーブ発電などにより電力供給が安定化すると、それまで発展途上にあった国々も大規模な開発に乗り出すことが可能になる。その当時のスローガンは「もはや世界に先進国はなく、後進国もなし」というものであったから、すでに発展しつくした感のあるいわゆる先進国は、後進国が日の出の勢いで開発を進めるのを座視するより他ない……と思われた。


「地球環境を考えずに乱開発を続ければ、人はいずれその負債を払わねばならなくなる。世界は今一度、そのことを慎重に考えて行動すべきである」


 かつての先進国は、自分たちの失敗談も踏まえ世界にそう警告する。しかしそのまっとうな意見も、当時の世界にはただの僻みとしか受け取られなかった。先進国の地位を失い、自分たちと並ばれるのが悔しいからそのようなことを言うのだ、と。だが、先進国は本気で忠告していた。そしてそれを無視された時、彼らの中である方針が決定される。


 ng歴187年、世界は危機に直面する憂き目に遭った。かつての農業国すらも近代化に勤しみ開発を続けた結果、世界は深刻な水資源や食料の不足に悩まされることとなってしまう。それまでは金を出して買えばいいだろう、で済んでいたものも売り物自体なくなればどうしようもない。そのような中、かつての先進国は環境保全技術や食物プラントの開発にその力を結集しており、それらの悩みとは無縁であった。世界はかつての先進国に、人道的観点からの技術や資源提供を求めたが、その反応は極めて冷淡なものであったのだ。


「諸君らは我らの忠告を無視し、我が道を行ったのだろう。その結果から生じた事象による責任は、自らで取るのが道理というもの。それに世界はすでに先進国が存在しないのだから、同列たる我らが諸君らに率先して手を貸す理由もないはずだ。心配せずとも、我らが残れば人類という種は保たれる。かつて絶滅した生物たちの後を追うがよろしかろう。もっとも諸君らは、自らの業で滅ぶのだがな」


 自分たちの忠告を聞き入れなかった世界に対し、かつての先進国は決別を宣言する。国際会議による調停も、大半が「人道的観点から救済すべき」という結論に至るものの、先進国側は「救っても地球に害を成すのみ」とまったく取り合わない。かくして、新たな世代になっても人は争うこととなる。



2・連合国家の誕生


 かつての先進国が世界との決別を宣言して以降、世界は大混乱に陥った。ある国は武力を背景に恫喝し技術を得ようとし、別の国は経済力にものを言わせ技術を買収しようとする。しかしそのいずれも失敗に終わった。放置すれば勝手に滅ぶ相手なのだから、取引をしなくてもいずれ「抜け殻」から必要なものを集めればよく、戦争になり大量破壊兵器を使おうものなら欲している技術や高機能食物生産プラントも失われるため、攻めるに攻められないからである。そのような膠着状態が続く中、一部の国が生き残りをかけて大きな賭けに出る。静止軌道上にある各国の発電施設を奪い、それを交換条件に欲するものを手にしようというものであった。


「見たか、あの暴挙を!自分たちで努力もせず、困ったら当然のように助けてもらえると考え、それが叶わなければ他者の財産を奪ってでも生き残ろうとする。このような輩を生き延びさせて、この星や人類、その他の生物のためになると世界は本気で考えているのか。街や技術が発展したところで、それを扱う人間の精神構造が中世のままではどうにかなるものか!」


 先進国の代表たちはそう憤慨し、その意見は他の後進国も痛感することとなった。発電施設奪取の計画は、これあるを想定していた先進国連合軍部隊によって阻止されたものの、一部の施設は破壊され使用不能となってしまったのである。破壊された施設のことごとくが後進国のものだったことを疑問視する声はあったが、いずれにせよこの一件を機に宇宙利用は厳しく制限されることになる。先進国も含めたすべての国は宇宙に向けて飛翔体を発射することを自粛するとし、宇宙に向けて発射された物体はすべての国が撃墜する権利を持つ……という取り決めが為されたのだ。その結果、新たな発電施設を静止軌道上に建設することも叶わなくなり、新世代歴の象徴たる「無尽蔵の電力」も翳りを見せることとなる。


 ng歴204年、すでに有名無実化していた国際会議は歴史的役割を終えたと解散される。代わって世界に広まったのは、各国が地域で共同体を作る連合国家である。その代表が北米大陸のアメリカ・カナダが連合国家となった北米連合(North American union)通称N.A.Uである。続いてイギリスとその衛星国、そしてグリーンランド等の島々で構成される大英帝国+(Great Britain plus)ことG.B.Pが誕生し、その流れを受けかつてのEUも正式に一つの連合国家(New European Union)通称N.E.Uとしての名乗りを挙げた。このように世界の趨勢が連合国家樹立に向かう中、思想や信条、宗教的な面で各国の対立が激しいアジア・アフリカ地域はなかなかその流れに乗り切れないでいた。



「わが国は、連合国家に対して否定はしないが肯定もしない。わが国は今後も独自の路線を歩むだけの力があり、そして近隣国とも異なる独自の文化がある。連合国家の結成は、わが国にとっては決して良い話とはならないだろう」


 時の日本国総理・花形新兵衛は所信表明演説でそう述べ、連合国家結成の動きをけん制した。ng歴200年当時の日本は「周辺国と連合を組み技術供与を行うべし」といった売国奴が平気な顔でそこらを闊歩していたが、それに対して断固たる拒否を示したのである。その一方で、彼の頭の中には「地域の技術大国として、いずれ何らかの責務を果たさねばならない」という想いもあった。それは、環境破壊によって海水面が上昇しつつあり、日本はともかく太平洋上の島国は遠くない未来に水没する可能性が非常に高く、似た境遇にある日本にとっても「他人事」で済ますにはリアリティが強すぎたのだ。


「このままでは、いずれわが国も海水面の上昇で窮地に立たされることになるかもしれない。言葉は悪いが、現在進行形でその悩みに接している者たちを助けながら、実地でより良い打開策の実験をしよう。結果的にはお互いがwin:winとなるのだ。問題はあるまい?」


 花形の決断は西太平洋の島嶼国から大歓迎された。一方で、最も反対したのが周辺国と、そのシンパである国内の自称リベラル派であった。


「すぐ近くの友人たる近隣国を助けず、遠方の島嶼国を助けるなど言語道断!」

「西暦1900年代の過去と同じ過ちを犯そうとしている。大事なのは近隣国!」


 ……など、およそ平和や平等とかけ離れた発言を行う連中は無視し、国民投票にかけられた連合結成案は承認され、アジア初の連合国家が誕生することとなる。日本とフィリピンやパラオ、それにN.A.Uから漏れたサイパングアムなどのマリアナ諸島など西太平洋の島々や島嶼国を含んだそれは、西太平洋島嶼国連合((West Pacific ocean Islands union)通称W.P.I.Uと名付けられる。ハワイ諸島までを領土としたN.A.Uとは太平洋を分かち合う形となるが、母体となった日米両国の関係が紆余曲折あれど、ここ500年ほど良好だったこともあり、W.P.I.Uは東側に関して言えば平和な船出となった。


 しかし西側に関して、W.P.I.Uは悩みを抱えることとなる。日本の技術や施設の取り込みを画策していた大陸国はこぞって反対するも、花形は耳を貸さなかった。その結果、相次ぐ領空・領海侵犯が起こり情勢は一気にきな臭くなってきたのである。


「これまで、わが国は日本の領土領海を守るだけでよかった。しかしW.P.I.Uの軸となる連合軍は、元の規模から当然わが国の自衛軍が主軸を担うこととなる。これまで以上に身軽で、汎用性に富み、それでいて大陸国の兵器とも渡り合える装備が必要である。連合軍長官には早急に、具体案の提出を求める」


 W.P.I.Uの初代首相となった花形新兵衛は、すぐに防衛計画の策定をW.P.I.U連合軍長官に指示する。戦闘用航空機の多くはすでに無人化されて久しく、それはパイロットに死者が出ないと同時に、もし撃墜しても大きな問題には繋がらなくなっているという事でもある。そして、無人兵器をいくら飛ばしたところで目標地点の確保や制圧は行えない以上、他国の技術やプラントの奪取が主目的のこの時代に於いても決戦兵器は陸上部隊であった。


「W.P.I.U発足の前年、日本の防衛省として計画・立案しました防衛装備案に、新世代型機動兵器の開発プランがありました。これはもともと宇宙における船外活動……つまり発電施設や宇宙ステーション建設のために開発された船外作業服なのですが、これを兵器として流用してはどうかというものです。重力下用に動力部や推進機構の見直しは必須となりますが、これはN.A.Uなどで多用されている歩行型戦車の技術を応用すれば、わが連合の技術力であれば同等以上のものが完成すると見込まれております。それと、計画通りであれば陸上に留まらず、水上水中で活動できる型も開発可能なはずです。元が宙間用ですし」


 説明を聞いたW.P.I.U軍長官・葉山誠一大将は、その実現性はともかくとして「廃棄品の再利用」「人型ゆえ平時は作業工具を持たせて災害対応も可能」といったコストパフォーマンスに惹かれた。この辺りは典型的な日本人的要素ともいえるが、それを抜きにしても「人型ロボット」には並々ならぬ執着を持つお国柄である。新世代型機動兵器計画は、提案者も驚くほどあっさり了承された。



3・コマンド・ウォーカーの誕生


 ng歴218年、W.P.I.U発足後10周年に当たるこの年に、新世代型機動兵器の完成披露が行われた。二足歩行の人型ロボット兵器、という事前情報を鵜呑みにしていた連合高官たちは、実際に披露された機体を目にして言葉を失う。彼らの前に立つそれは人というよりはゴリラに近い造形であり、腕部が長く巨大で、脚部は短かった。やろうと思えば短時間の二足歩行は可能だが、前傾姿勢で腕もつけての移動がこの機体の基本であるという。話が違うだろう、と詰め寄る高官たちに開発主任の根岸・A・マーシャル技師は臆面もなくこう言い放った。


「大口径砲などの兵器も搭載するとなると、射撃時の安定性が極めて重要となります。それに全高は低いほど被弾率は下がり、曲面装甲が厚い腕部を前面に立てて歩く姿勢は防御面でも有効です。多くの要素を勘案し、兵器としての完成度も考慮した結果がこのフォルムなのですよ」


 それは正論で、高官たちも引き下がるほかなかったが、実際この機体の完成度は最初期型としては十分に高かった。全高は8メートルほどに抑えられ、腹部にあるコクピット部分は前傾姿勢ということもあり被弾しやすい前面から遠く、側面からの攻撃もまずは腕に当たる可能性が高い。背部には戦車砲や機関砲を流用した装備が装着可能で、剛腕を利用し土木作業くらいなら十分に可能でもある。求められた条件は、ほぼクリアできていたのである。唯一、外見を除いて。


「まあ、最初と思えばこれで十分な成果と言えるか。これを土台に、人型へ近づければいいのであろうしな。ところでこの機体の名前はどうなっているのだ?」


 その質問に、根岸は「歩み寄り、攻撃を掛けるものという意味でコマンド・ウォーカーという名称を与えはしましたが、現状では形式番号WCW‐00としか決まっておりません。もちろん、この機体の固有名称なども存在していない状態です」と答える。そこで高官たちが話し合い「新たな兵器の時代を創りしものという意味を込め「ジェネシス」はどうか?」と決めかけたところに、悪天候で搭乗機に遅れが出ていた機動部隊指揮官の崎島中佐が到着し、コマンド・ウォーカー:ジェネシス(仮)を目にしその威容に思わず唸る。


「うおっ!?」


 これを聞いた作業員たちは、笑いをこらえるのに難儀した。崎島中佐がWCW‐00の姿を見て、ゴリラの吠え真似、つまりは「ウホッ!」と発声したと思ったからだ。これ以降、WCW‐00は作業員たちに「ウッホ」との渾名を付けられ、正式名もジェネシスという気取った名前から「メタル・コング」という体を表すものにされつつも、人類初の大型二足歩行(?)型機動兵器、コマンド・ウォーカーWCW‐00メタル・コングは世にその姿を見せる。N.A.UでもN.E.Uでも不整地戦に向けた歩行型戦車の開発は行われていたが、それは従来の戦車の無限軌道部分を多足型歩行ユニットに置き換えたものであり、言わば歩く砲塔であった。メタル・コングはそれらに比べればやや大型だが、姿形は人型ロボットに近く、各連合に与えた衝撃は実戦闘力以上のものがあったという。


「あの鉄ゴリラを越えるものを、我らも開発して見せる!」


 メタル・コングのリリース以降、各連合や共同体は新世代型機動兵器の開発に乗り出す。その理由の一つはW.P.I.Uのような防衛力強化のためであり、もう一つは侵攻兵器として……である。先進国の環境保全技術が行き届いていない地は荒れ果て、乱開発された都市の多くは廃墟と化し、頻繁に磁気を纏った砂嵐も起きるような地形では戦車を始めとする無人型戦闘車輛の使い勝手はよろしくなく、手足や道具を使って障害を越えられる有人のコマンド・ウォーカーに、新たな陸戦兵器の可能性を見出す軍関係者が多かったのだ。



 そして時はng歴250年。メタル・コングが世に出て30年余りが経過したこの年になり、かつてW.P.I.Uの高官たちが夢にまで見た「完全人型」のコマンド・ウォーカーがようやく完成するに至る。WCW‐55Fresh breeze、開発が難航していた完全人型兵器分野に一陣の風を巻き起こすべしと名付けられたその機体は、日本語名で疾風とよばれることとなる。


 しかしこの疾風、登場時こそ確かにコマンド・ウォーカー開発史に風を呼び込んだものの、兵器としての完成度に特筆すべき点はなかった。全体的にスマートなフォルムに仕上がり見た目こそ申し分ないが、それだけに耐久性は犠牲になってしまう。華奢な機体に重武装は不可能で、砲撃戦能力は30年前にロールアウトしたメタル・コングにも及ばない。そのため、疾風型の主な活躍の場は警察や警備会社、空港や港湾での軽作業という非軍事分野に限られてしまったのだ。あまりの扱いに憤慨した老齢の根岸(出世して博士になった)元技師は血圧が上がり過ぎて倒れ、無念のうちに世を去ってしまう。


 根岸の教え子たちは師の無念を晴らすべく、疾風に様々な改良を加えた。素材を研究してフレームの剛性を上げ、電力伝達技術の改良で出力を強化し、難しいと言われた操作を半自動にするべく、人工知能搭載型の補助CPUを装備しパイロット個人個人のクセなどを補うようにしたのである。これらの努力が実り、疾風型はng歴262年ついにW.P.I.U軍の正式採用機となり、ここに54年にも渡る人型機動兵器の開発はひとまずの終了を迎えるのだった。


 その後もW.P.I.Uでは疾風型が更新される形で装備が近代化される。始めのうちはそれでも良かったが、30年も経てば更新だけでは手が回らなくもなる。現にN.A.Uでは四脚型歩行戦車を源流とする四脚型コマンド・ウォーカー、四つの脚部に仕込まれた高反発スプリングを利用したジャンピングユニット装備のACW-グラスホッパー型がリリースされた。この機体は一度ジャンプすると着地衝撃を次のジャンプ力に変えることで、消費を抑えつつ高機動を維持するという野心作である。N.E.Uでは同じく多脚型のECWスレイプニル型が誕生し、高速移動時の射撃安定性に極めて良好な数値を叩き出す。そのような状況下にあって尚、コマンド・ウォーカーの先駆者たるW.P.I.Uは完全人型にこだわり続けた。そのあまりに執念深すぎる完全人型への固執ぶりを、W.P.I.Uの兵士たちはこう皮肉交じりに言って嘆いたという。


「待望の赤子が生まれ、健康的に成長し、そして成人してからは立派に働いた。そこまでは順調だ。しかしその後も働き続け、壮年期を過ぎ老齢になってもまだまだ働き続け、死にそうになってようやく休むかと思ってもサイボーグ手術を受けて強引に働かされ、ついに死んだと思ったらゾンビになって蘇りやがった……」


 ng歴300年が近づき、W.P.I.Uの軍備計画が発表された際に書かれていた「疾風33型への更新」との一文を見て、ある士官がため息混じりに漏らしたというその話は瞬く間にW.P.I.U中に広まった。もちろん疾風型を使い続ける利点はあり、第一に同一フレームの大量生産によりコスト削減を見込める。また、疾風型というベースを基に陸戦型や海上型、水中活動型などのバリエーションを増やすことで、機種転換訓練を最小限にして配置転換も可能となる。使う側にとっては、非常に魅力的な機体ではあったのだ。しかし兵たちの評判がそこまで落ちているとなれば、軍上層部も考えを改めるしかなかった。


「疾風型を強化するための、新たな技術開発プランを策定せよ。技術試験用の新型コマンド・ウォーカーを開発し、そこで得られたデータから疾風型の新装備と更新プログラムを完成させるのだ」


 それがW.P.I.U研究開発部に下された極秘指令である。その指令を聞いた時、研究員たちは一様に「ゾンビが燃え尽きて骨だけになっても、スケルトンにしてまだ使うつもりなのかよ……」というような思いに駆られたが、疾風型とは別の試験機の開発が許可されたことの喜びは大きかった。


 開発指令が下ってから約3年後のng歴302年、W.P.I.U研究開発部は2機の技術試験用コマンド・ウォーカーの開発を完了させる。基本機動性能および機動力向上新機構試験評価用のWCW‐X00Garudaと、高出力ジェネレーター安定性および新型複合防衛システム試験評価用のWCW‐X01Kubēraである。神鳥ガルーダと財宝守護神クベーラの名が冠されたのは、この機体の開発にインド系がルーツの技師がいたからとも言われているが、試験機でもあるため名前に特別なこだわりを持つ者が少なかった……というのが実情であったという。


 そしてng歴302年7月、ガルーダとクベーラはW.P.I.Uサイパン基地に向け日本を発つ。研究開発部所有の高速輸送機・C032albatrusに搭載された2機と開発部門の人員、そしてインストラクターと称される行動プログラム作成およびテストパイロット兼任の専属技官が同乗していた。



4・ghostと呼ばれた男


【こちらW.P.I.Uサイパン基地コントロール。当基地の西方1126、北方887を飛行中の機影に告ぐ。所属と飛行目的を明らかにせよ】


「こちらW.P.I.U研究開発部所属輸送機、C032albatrusだ。識別コード1192296、目的はW.P.I.Uサイパン基地へのお届け物となっている。確認を取ってくれ」


 そのやり取りを横目に見ながら、W.P.I.U特務士官の花形=ルーファス=弥兵衛はふと思う。アルバトロスとはなかなかにいい響きの名前だが、日本語ではアホウドリとなる。信天翁と呼べばまだ格好はつくが多数派はやはり阿呆鳥だろう。簡単に捕まるからその名が付けられたこの鳥の名を、よりにもよって重要機密を運ぶ輸送機につけるというのはいささか配慮が足りないように思えるが……そんなことを考えているうちに、輸送機アルバトロスはサイパン基地への進入が許可された。


【こちらサイパン基地コントロール。識別コードの確認が完了した。ようこそサイパンへ、諸君らを歓迎する。着陸は誘導に従い、手順通りにお願いする】


 管制官との応答に忙しい機長の背をぼーっと眺めながら、弥兵衛は「自分ならコウノトリあたりにしたかな。あれは確かOriental storkだから、つまりは輸送機ストークか。まぁ悪かない。赤ん坊ほどじゃないにしても、重要なものを運ぶという役目にも合致している」との結論に至るが、その頃にはすでに着陸が完了し滑走路上を移動し駐機場に向かっていた。


「長いフライトでお疲れになったでしょう、花形中佐。御覧の通り当機は無事サイパン基地に到着いたしました。これからゆっくりバカンスに……とはいかないでしょうが、任務のほう頑張ってください」


 自分よりもずいぶん年上の機長に丁寧な挨拶を受け、他の乗組員にも同様の扱いを受ける。軍組織である以上、階級は絶対的なものでもあるが、それ以上に花形=ルーファス=弥兵衛という名が持つ効果が大きかった。彼の祖父はW.P.I.U初代首相の花形新兵衛、父もいずれ首相になると目される花形=ジョージ=半兵衛とそうそうたる顔ぶれが並んでおり、彼自身もいまだ26で中佐の階級にある身であった。その出世を「先祖の十四光」と蔑む者もいたが、それは正しい認識とは言えない。彼自身も数年前から繰り広げられている大中華連合と東南アジア有志連合の戦いに同盟軍として参加しており、数々の武功を挙げている有能な軍人であったのだ。


「ありがとう。一応W.P.I.U軍の未来も懸かっている話だからね。やれるだけのことはしますよ。ところで皆さんも、私がこの機に同乗したことはすぐに忘れていただきますよう。それが決まりなので」


 今回のフライトで、輸送機アルバトロスの搭乗員名簿に花形=ルーファス=弥兵衛の名はない。積荷も軍施設へのお中元、つまり特別褒章品という体裁が取られていた。どこから情報が洩れるか分からない以上、馬鹿正直に「サイパン基地へ新型機2機と関係者を輸送」などという飛行計画書を出すわけにもいかない。機密を守るためには、まず味方から騙さなければならないのは古来から不変の理である。


「私は……そう、居るはずだけどやっぱり居ない、見えないのに居る気がするお化けみたいなもんです。もし追及されて言い訳に困ったらghostがいた、とでも言っておいてください。病院行きを勧められるかもしれませんが、追求は避けられるんじゃないかと思います」


 本気なのか、それとも冗談のつもりだったのか。どうにも理解に苦しむ言葉を残し、弥兵衛は顔を覆うヘルメットを被りながら輸送機を後にした。サイパン島は海面上昇の影響で面積が狭まり、民間人はすべて護岸工事が整ったグアム島かW.P.I.U加盟国の各地に移住しており、基地関係者しかいない。それでも顔を隠さなければならないあたり、この計画の重要性が窺い知れるというものだ。


「真っ昼間から、炎天下の中を暑苦しい格好して歩くghostか。何から何までghostとは対極にある気がするけど、だからこそ気に入った。これから私のコードネームはghostにしよう。うん、悪くない」


 口癖でもある「悪くない」との言葉を残し、弥兵衛は基地内に入っていく。この日ng歴302年7月17日正午に輸送機アルバトロスがサイパン基地に到着したことで、コマンド・ウォーカー開発史とアジア地域における戦力バランスに多大な影響を与えることになるが、それはもう少し先の話である。

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