新世界の理 ~地球最強の男~

バルバロ

オープニング

挑戦の始まり

 大きなうねり、広く巨大なそれの只中に理はいた。

 藻掻いても藻掻いても進む気配のない、進んだかも判らぬほど巨大。

 水ではない、風でもない。これは夢、今俺は夢を見ている。けれどそれは泡沫の幻ではない、誰かが俺に見せている景色。きっとそれは俺を呼んでいた誰か。それが見る夢。

 多くの命がこの流れに身を委ねている、俺はそれに逆らうように泳ぐ。きっとこの流れの先には『終わり』が待っているから。

 あれもきっとそれを望んでいる、あれもまたこの流れの中にいるから、その流れに抗いたいから。

 そしてこの流れを、力の奔流を生み出しているのは誰だろう。目にすることは敵わない、けれど感じる。この波の中でなら、夢の中でなら。だってそれは見えないけれど存在する、そうそれは――。






 頬に熱を感じる、肌に当たるものがある。不愉快な熱気、どうやら眠っていたらしい。

 あれから、意識が途絶えてから時間はどれだけ経っただろうか。

 横たわった顔が見る景色は、今までいた宮殿とは明らかに違う。けれど全く見たことがない景色でもない。

 赤土の地面、遠目には蜃気楼。こんな風景、見たことがある。

 ならばここはどこなのか、先ずは確かめなくては。結局地球にいるのかも知れない。期待に胸は膨らむが、敢えて平静に。

 五体は無事らしい、感触がある。体を貫く痛みは幻痛だったらしい。立ち上がろうとした時に漸くそれに気がついた。


「お、起きた」

「誰だ」


 顔を上げると少女がいた。まだ幼い、いって十代中頃が精々だろう。

 あどけない顔、元が褐色な上で更によく焼けた焦げ茶の肌。ボーイッシュとは言えないまでも短めの髪は明るく赤い、しかし染めたようにも見えない。発展途上ながら整った顔立ち、しかし気になるのは衣装。

 肌の露出の多い際どい服、短いホットパンツにタンクトップ。しかし手や肩の一部に小さい鎧。コスプレか?


「自己紹介?アタシは、ミント。グレア・ミント。そっちは」


 伸ばされた手、それを取り立ち上がる。砂埃を払いながら向き直る。


「理、それだけだ。ここは何処か、聞いてもいいか」

「ありゃ、やっぱりそうか。だろうとは思ったけど。……ミドの野郎、押し付けやがったな」


「おい、勝手に話しているなよ」

「ああ、ごめんごめん。それでここが何処かってことだけど、心当たりはないの」


 端的に説明をした、ミントという少女は驚くでもなく聞いている。それには疑問を抱かざるを得ない。


「なあお前――」

「君さ、不思議じゃない?」


 考えているのか、間が空いたので疑問を晴らすために話を切り出そうとした時に、彼女も話しだした。


「そんなことがあって、知らない場所にいて。知らない女の子に会って」

「なんだよ」


『なんで当たり前みたいに言葉が通じていると思う?』


 答える間もなく後ろに吹き飛ばされた。何故、誰。それは当然目の前の女。

 手をつきアクロバットのようにバク転して体制を整える。


「凄い身のこなし!驚いたね」

「その割に顔はそうでもないが?」


 そう、彼女の顔は至って変化なし。瞠目に値することは無いようだ。俺を吹き飛ばせるのは、反応もさせない攻撃速度というのは最近とんと無くなったことなのだが。


「まあ、ね。『ここ』にいるんだもん、それぐらい無いと歩くのも儘ならないよ」

「へえ」


 それは良いことを聞いた。この女も気になるがその発言、ここは『そういう場所』なのだ。


「要するに、そーいうこと。アタシも、君も。意味があってここにいる。出会ったのは偶然だけどね」

「運命かね」


「そうとも言うね、君はラッキーだよ?最初に出会ったのがこのアタシなんだから」

「と、言うと?」


 ミントは朗らかに笑った上で襲いかかってきた、飛び蹴り。腕で防いだが、まるで丸太で叩かれたような衝撃。


「親切心と、ちょっぴりの興味本位。だから教えてあげる、そして『案内』してあげる。この世界を君に」


 大嘘、この女の顔は違う。完全に面白がっている、新しいおもちゃを見つけた顔。どうやら見た目と違って、かなり“いい性格”をしているようだ。


 そうしてミントの連撃、華奢な体のどこからそれ程の力。俺が押されるほどの速さと強さ。

 しかしこれならば困ることもない、往なし、払い。開いた隙間に拳をねじ込む。

 見た目など関係ない幼い女だろうと敵は敵、少女の腹に重い一撃が刺さる、筈だった。


「これがお前の技か」

「そうだね、こういうことも出来るけどね」


 横から迫るもの、腕を引き後方にステップ。

 今いた場所を通り抜ける物体、ロケットが突き抜けたような衝撃にたたらを踏む。

 それは『土』。拳を止めたのは地面が迫り上がった土の壁、今しがた通り抜けたものは土で出来た人形。


「ごめんね、なにせ急なことだったからさ。こんな物しか用意できなかったよ」


 こんな物とはその土人形。確かに造形は荒い、子供が作ったような不出来な物。ずんぐりとした巨体にコミカルな短い手足。だが大きい、三メートルはある。

 それは間髪入れず襲い掛かってくる、役に立たなさそうな手足は使わず、体は浮遊しており攻撃は突進。

 恐ろしく速く、躱すのが精一杯。だが二度目の突進ではタイミングを合わせカウンターに躱しざまで殴りつけた。


「おがっ!」

「ああ!気をつけて、腕が吹き飛ぶよ」


 忠告とも嘲りとも取れる言葉が飛んでくる、既に腕は消し飛んでいるのだから後者か。


「これぐらいなら問題ないさ」

「うわ、生えた。気持ち悪……」


 小さく呟いているが聞こえているぞ。


 今度はこちらから殴り掛かるが相手の数が増えた。左右に二体増えて計三体。そしてその二つは出来が良い。スタイルが良くなっている、手足が長すぎな嫌いもあるが。


「待っててね、今最初のやつも良くするからー」


 三体同時に相手しているため返す余裕がない、体格の違う三つが巧みな連携。隙を生まぬ攻撃を続けている。手足が長いやつのタイミングを取りにくい攻撃が鬱陶しい。そんな間に最初の寸胴がブラッシュアップされ、随分とマッシブな体格になっている。

 攻撃も迫力が増した、まともに喰らっては痛いので躱すがそれだけでは状況は改善しない。

 諦めてダメージ覚悟で一体に集中攻撃、三回殴りつけると手足が長い個体の上半分を吹き飛ばした。

 お陰でこちらの背骨が砕かれ地を這う羽目になったが、なんとかやり過ごし立ち上がれた。

 それから少々辛い痛みと引き換えに二体目を倒した所でミントが居なくなっていることに気がつく。

 遠くに姿が見えたので人形を放置して追いかける。


「おい」

「うわ!びっくりした。あれ、もう倒したの?結構早いね」


「それでお前は何処へ、飛び降り自殺でも?」


 彼女がいたのは飛び出た岬の崖、下が見えないほどの高所に俺たちはいたらしい。


「違うよ、飛び降りるのは合ってるけど」

「はあ、――ああ?」


 ミントが落ちていった、追いかけようと思ったが叶わない。

 目の前の崖が、岬が迫り上がってきた。

 それどころじゃない、地面が傾き出した。ミントの仕業か、そこで初めて俺は『空』を見た。

 あったのは顔、大きな顔。それも見覚えのある感じ。子供が練ったような不細工な――。


「つまりこれは『手』か!?」


 よく見れば遠くに指の節のようなものが見えた、じゃああの先は手首で……。


「ってことは今俺、握られているのか!」


 そんな話を聞いたことがある。俺はあの女の、大きな掌の上で弄ばれていたらしい。

 逃げようと思うがもう遅い、空が暗くなってきた。覆い尽くされている。


「じゃあねー」


 上を見る、指の間に見えるのはミント。巨大人形の肩にいる、落ちたのではなかったのか。


「生きていたらまた会おうね」


 思わず笑ってしまう、実際に嬉しいのだが。だからこう返す。


「おう、待ってろ!絶対仕返ししてやるからなぁ!」


 ミントもまた笑って返す、最高だ。こういうのを望んでいたんだ。

 真っ暗になった、完全に握りしめられたらしい。地面が揺れ動く、転がらないように地面に掴まる。

 そして異常な浮遊感、遠心力。無理やり地面から引き剥がされる、宙に浮く。手の中で地面に上に下にと打ち付けられる、この時点で相当のダメージなのだが。

 やがて空が開ける、光が目に入り先に見える景色。


「おお、おおお!」


 そこには理の夢があった。火を吹く大地、巨大な生物、色鮮やかな木々。そのどれもが恐ろしく、且つ雄大で、強靭そうに見えた。

 だから挑む甲斐がある、乗り越えたくなる。

 推定30メートルの巨人の手から投げ放たれた理、だが彼の眼はキラキラと輝き、喜びに溢れていた。

 そして放たれた衝撃と、ここまでのダメージの蓄積により理は暫し気を失った。

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