&22 生贄役は分かち合いましょう

 グツグツと音を立てる鍋が厨房から運ばれてくる。湯気が元気よく立ち上っているところが美味しさを期待する気持ちを倍増しさせる。

 7人で座るためには8人掛けの机が準備され、鍋が2つ置かれる。それぞれが違う内容となっていて、タクと僕、リーネの前には赤々しいものがやってくる。

 グツグツグツ―――。

 入っている具材は見える限りでは野菜がてんこ盛りにされている。そして、その間間にスープの色が隠れている。これって、カプサイシンの量がヤバいんじゃ……。

 注文した張本人であるリーネは今にも食べ始めたいというように目を輝かせている。僕の机を挟んで反対側に座るタクやそれ以外の皆さんも顔を引きつらせている。もう一つ、ケティ―の前に置かれている鍋を見る感じ、豆乳鍋のような色をしていた。たぶん、いや絶対的に向こうの方が楽しく鍋をつつくことが出来そうな。

 2つの鍋は、あくまで全員で仲良く食べ合うということになっているが、僕と左に座っている護衛の男性は近さ遠さ的に白色の鍋にはリーネかタクを通さなければ器に盛ることができない。


「さて、いただきましょうか!」


 木製の大きなスプーンと自分の器を持ったリーネは食べるために目の前の鍋から取っていく。そして、僕と隣の護衛さんの分も取っていく。ここまでは理解していたこと。うん、決心はしていなくても、事前に予想していることは重要だ。

 しかし、ここで考えていなかった人も生贄いけにえに選ばれることになる。


「ウミーリル? まだよそっていなさそうですね。こちらの方を取ってあげるので、器を貸してください」

「っん! あ、ありがとうございます」


 自分は前に置かれている白色にありつけると考えていたのだろう。驚き、躊躇ためらい感がヒシヒシと伝わってきていたが、リーネの笑顔に器を差し出ざるおえなかった。

 白色の鍋から取る係をしていたケティ―がその様子を見てニヤッとする。まさか。

 彼女の手には、左に座るもう一人の護衛の女性の器があり、ゆっくりとよそっていた。その様子を見ていた僕は、被害者のウミーリルの方をもう一度見る。リーネが楽しく山盛りに持っている様子を今にも泣き出しそうな顔で、しかし笑顔をどうにか保って見ていた。

 ここで、[辛いものが苦手なのかな?]と思うことはもうあるまい。[一緒に味わう仲間じゃないですか]とウェルカム体制となる。

 こうして、全員の器に盛られたことで、食べ始める。


「「いただきます」」


 僕とタクはいつも通りに指の間に箸のようなものを挟んで挨拶をする。そんな様子を見て、他の全員がポカンとする。


「どうしたのですか、タク、ハル?」

「ん? 食べる時の挨拶をしているだけだが」

「僕たちの住ンでいた国では、こうやって食事の前には『いただきます』。終わりには『ご馳走様』って言うんだよ」


 僕が簡単にそうやって説明すると、いつから持っていたのか、小さなメモ帳に頷きながら勢いよく書いていた。

 表紙には『研究ノート』と書いてある。どんな研究なんだと突っ込みを入れそうになるが、一通り説明したので気にしないことにする。メモを終えると、リーネはマネをしようと同じようにやって見せる。


「こんな風で大丈夫でしょうか?」

「うン、そンな感じ。僕たちの国でもやっている人、無い人がいるから、僕たちに合わせてやる必要はないよ?」

「いえ、異文化に触れてみる。こんなに面白いことを体験しないなんて損ですよ」

「まぁまぁ。早く食べ始めようじゃないか」


 ケティ―が促すことで、みんなが食べ始める。赤いものが盛られた僕たちは恐る恐る食べ始めることになったが、一口入れてみると……そんなに迫力がなかった。カレーに例えてみると辛口くらいだろうか。このくらいの辛さだったら全然、許容範囲だ。


「これ、おいしいね!」

「そうですよね! 私の一番お気に入りメニューなんですよ。ワルザーという肉食動物の骨から出しをとって、それをベースにマイルドなスープとなるんですよ。そして、このちょっとした辛さがアクセントとなって―――」


 カランッ。


 何の音なんだ?

 机の1人を除いた全員が音の鳴った方を見る。それは、リーネの右横に座る女性から。スプーンを机の上に落とし、水をがぶ飲みしていた。


「ウミーリル、大丈夫ですか?」

「は、はい。お、おいしいですね、このな、鍋」

「あなたもそう思いますか! いいですよねー。よそいますから、どんどん食べてくださいね」


 明るい笑顔が彼女に突き刺さる。これは、死亡フラグを立ててしまったのだろう。顔は絶望をにじみ出していた。ちなみに、僕の左に座る護衛さんは意外といけたらしく、おいしそうに食べていた。

 こうして、1件の殺人事件を除いてどうにか食べ始めた僕たちは、軒先にて話していた内容へ戻ることにした。


「そういえば、外で話していた答えって何なんだ?」

「あ、そうでしたね。どうやって利益を出しているかというお話ですね。ではでは、発表させていただきます」


 リーネは新たに鍋からよそって、それを口に運んでいく。よくこんなにおいしそうに食べられるなぁ。

「えっとですね。与えた家の秘密なんですが、あれは……あると逆に困る家だったんです」

「「……はい?」」


 あると困る?

 その言葉から連想されるのは、悪いことしかない。


「それって、呪いがあるとか―――」

「この国にヤバい事が隠されているとか―――」

「そ……そんなことは一切ありません! 普通の家ですよ!!!」

「んじゃ、何が困ることなんだ?」

「管理費ですよ!!!」


 現在食事をしているのは店のテラスに当たるところで、先ほどよりも大きな声が店のドア越しでも聞こえたのか。店内にいるいくらかのお客さんがこちらの方を見つめていた。それに対して、僕たちは皆でお辞儀をする。


「実はこの町にはいくつもの空き家がありまして、管理する者がいない場合は国の持ち物となるんですよ。なので、それを使って案内所、もしくは詰所つめしょをつくったり。または取り潰したりと。しかし、そのような対応をしていても、処理が追いついていかなくなっていて、その間の維持費と来たら……ハハッ」


 食べようと動かしていた箸は動きがどんどん鈍くなり、空笑いが起きた時には箸諸共、沈み顔だった。器に入った野菜群がホクホクとしているのを見ると、持ち主と対照的に思える。


「……実際に、おいくらほどで?」

「そうですね。大っぴらに言う訳にはいきませんので。ちょっと耳を」


 リーネに促されるように、耳を近くに持っていく。

 ごにょごにょごにょ。

 ……。

 言い終わって互いにちょっと距離を開ける。顔は互いに向き合ったままだ。


「驚愕しませんか!?」

「…………」

「おいタク、どうした?」


 いやぁ、ね。現在の雰囲気から、特に隣に座るリーネからの眼差しから、本来取るべきの反応は決まっていた。でも、嘘をついて演技するには自分の実力不足が。

 まぁ、結局は本当のことを言うけど。


「えっと。こっちの通貨の価値とか物価が分からないから、反応のしようがないンダけど」

「あ、そうでしたね」


 いやいや。今までの流れをやっていて、そこに着地するって無いでしょ!

 ほかの全員を見ても、非難の表情やオーラを出しているよ。

 それを無視してなのか、気づいていないだけなのか。リーネはそのまま話し続ける。


「例えるとしたら、王城近くに爵位しゃくい持ちの家が6、7軒建てられるくらいですよ」


 それを聞いた瞬間、僕とタク以外が箸を止めた。先程まで愉快ゆかいに食べていたケティ―でさえもだ。


「1軒当たりの広さって、どのくらいなの?」

「そうですね……それで言っても判りづらそうなので―――」


 どう他に例えたものかと悩むリーネ。それを見たケティ―が代わりに答えて見せた。


「簡単に言うと、ウミーリルが470年ほど働き続けたら位だよ。意外と給料が良いんだけどね」

「ちょ、姉さん! なに人の大事なことを言ってくれてるんですか」

「いいだろ? 減るもんじゃないし」


 その後も姉妹でじゃれ合う。仲がとても良いんだろうなぁと思えるような光景だが、それと共に、このような姉は持ちたくないとも思ってしまう。


「ううぅン。判ったような判らないような」

「まだこっちに来て1日半くらいだもんな」

「そうですよね。家の値段やウミーリルの給料を聞いても理解に難しいですよね」

「……すみません、リーネ様。私の勘違いだと思うですが、遠回しに私のことを貶されたような―――」

「では、この世界の説明は城に戻ってからで。図書館があるので、資料を使った方が良いでしょうし」


(((((な、流されている)))))


 ケティ―だけだ口に手を当てて含み笑いをしている。あの人は、本当に楽しいこと好きだな。ただ、こちらで暮らしていくには、必要な情報には変わりないのでありがたく教えてもらおう。

 こうして、もう一度楽しい食事会を始める。あれ、何かもう一つ聞くことがあったような。

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