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 会議室にすでに十係の全員が集まっていた。三谷に顔を見られた真壁と吉岡を除いて、即席のクジ引きが行われた。その結果、杉村と清宮が三谷を尾行することになった。

 尾行は思ったより時間がかかった。

 三谷は釈放後、下馬の都営団地へ帰った。夕刻になってアパートを出て地下鉄で渋谷に向かった。渋谷では、駅構内のトイレで一人の男と数秒の接触をした。薬の授受は確認できなかった。三谷は駅を出てその足で代々木公園へ行き、半時間ほどぶらぶらした後、公衆トイレの端で、男3人と30秒の接触。三谷は片手で紙幣数枚を3人に渡し、別の手で代わりに何かを受け取ったのがたしかに確認された。

 その後、三谷は原宿からJR山手線に乗り、池袋で下車。西口で顔見知りらしい女と一緒に歩き出す。2人は自転車駐車場の脇の地下道をくぐり、保健所に隣接する広場へ向かう。

 パーキングを北に向かい、三谷と女は細い路地に建つ雑居ビルに入った。3階建ての雑居ビルは、1階と2階が個室ビデオ屋。3階は貸事務所になっていた。

 三谷と連れの女は6時間ほどビルの中にいた。午前3時に出てくると、東口まで歩いてタクシーを拾った。その間に男3人、女2人がビルに出入りした。いずれも入ったのはビデオ屋ではなく、階段を上がり降りして、3階の貸事務所に入ったようだった。建物の3階は《デザイン工房ニューワールド企画》という名義で借りられている。

 翌朝の捜査会議の後、会議室の片隅で十係だけのひそひそ話になった。杉村と清宮の尾行の成果を十係で独占するためだった。三谷と女が入ったビルの話になり、「《ニューワールド企画》?」と馬場が大きな声を出した。

 周りが慌てて「よせ、主任」と遮ったが、めずらしく今朝は会議に現れた管理官の秦野警視が幹部席から「そこ、何やってる!」と怒鳴りつけた。

 つい最近まで池袋南署の組織犯罪対策課にいた馬場が続けて言った。

「あそこのビルのオーナー、誠龍会じゃなかったか」

 西日本一の勢力を持つ誠龍会が関東進出を狙い、密かに東京でコカイン・ルートを開拓しているということか。

 いつの間にかそばに来ていた秦野が近くの机に拳を落とす。

「だったらなんだ、それが本件とどう関係してるっていうんだ!」

「いや、ですから・・・」開渡がとりなおそうとする。

「下手な鉄砲は外で撃ってこい!本ボシを探せ、本ボシ!」

 その日のうちに、《ニューワールド企画》は組織犯罪対策部の手に移った。本庁から薬物摘発を担当する薬物捜査第三係がやって来て、池袋南署の講堂を拠点にした。

 麻薬摘発のプロたちは《ニューワールド企画》が入っている雑居ビルの斜向かいに建つビルの屋上を陣地にした。どちらも3階建てだ。屋上には広告の看板が立っていて、その下に赤外線カメラを置き、24時間態勢で出入りの人間を見張る。

 真壁は講堂に顔を出して、第三係長の猪俣警部に頭を下げた。互いに邪魔しないことを条件に、組対の張り込みの尻尾にくっつく許可を得た。

「スプーン?そんなものを使うのは知らんな」

 猪俣はそう言ったが、三谷ひとりがスプーンを使っていたら、他の仲間も使っている可能性は高い。もし《ニューワールド企画》にコカインをスプーンで吸う連中が集まっているなら、その中に事件当夜、現場近くにいた者がいる可能性はゼロではない。

 そういう漠然とした可能性の他に、真壁の脳裏には、ぼんやりした事件の姿が浮かんでいた。

 見知らぬ被害者を行きずりに殴った犯人は罪悪感どころか、自分が殴ったことすら分かっていないのではないか。それは、ナイフを突き出した三谷が自らナイフを振りかざしたことを全く覚えていない様子だったことから、ふと考えたことだった。

 三谷のように『七色のミミズが躍り出して楽しくなっているところを、頭が爆発して気持ち悪く』なり、発作的に眼の前にいた誰かを爪でかきむしり、殴りつけ、顔の肉を喰った後でまたふらふらとどこかへ行ってしまった奴らがいるのだろう。そうでも考えなければ、地方から出てきたしがない中年サラリーマンが金目当て以外で、なぜ標的になることがあるのか。

 真壁と津田は夜の捜査会議が終わった後で、組対の見張りに加わった。寒風が吹きすさぶ屋上で、組対の捜査員に「今日は午前2時まで」とことわって黙々と座り込む。

 ときどき杉村や馬場、吉岡が様子を見に来た。同じ人間が同じ眼で見続けなければ意味がないので、交替は出来なかった。熱い缶コーヒーを差入れに届けに来た開渡係長は「独り者の特権だな」と言った。

 真壁は津田に声をかけた。

「彼女とか、いないのか?」

「いるわけないでしょう・・・」津田がもごもご言う。「こんなことやってましたら」

「それも、そうだな」

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