彼女と契約して魔王代理になった結果

「あ、あの大丈夫ですか…?」

「オーケーオーケー。冷静になれ。うん、大丈夫」


 心配そうに一葉を見上げるテナに一葉はそう返す。

 テナはそんな一葉にニコッと笑いかけると、どこから出したのか大きなプレートを取り出した。


「それでは、魔王とは何なのかという説明をさせていただきます!」


 テナはまたどこから取り出したのかわからないメガネをかけて先生気分に浸っているようだった。

 しかし、一葉はそれより聞きたいことがあった。


「ねえ、悪いんだけどさ。先に師匠のスキルを奪ったやつについて教えてくれないかな?」

「むっ、ダメですよ!イチヨウ君、授業中はお静かに!」


 めっ、と言いながらテナは一葉を指差す。完全に先生になりきっていた。


「…わかったよ。それじゃ、授業をよろしく、テナ先生」

「せ、先生!…へへへっ、先生かあ〜。うふふっ」


 先生と呼ばれたテナは、とても嬉しそうだった。

 一葉は、そんなテナを微笑ましいものを見るような目で見ていた。

 はっ、と我に返ったテナは照れ隠しに咳払いをすると、プレートを指差す。


「そ、それじゃ!魔王について説明します!魔王とは読んで字のごとく魔の王です。ここでよく勘違いされるのですが、魔物の王、と言う意味合いではありません」

「えっ、そうなんだ。でも、確かに魔王を倒せとは言われたけど魔王がなんなのかは、教えてもらってなかったからなー。すごい意外」

「じゃあ魔王はなんなのか、と言いますと、我々は分類的には精霊なのです。魔力を司る王、それが魔王です」


 そう言って胸を張るテナ。

 そこで、一葉はある疑問を覚えた。


「ん?でも、僕に向かって魔王代理、って言ってたよね。それってどういう事?」

「いい質問です!我々魔王はとあるお方によって統率されています。それこそが、魔の神。俗に言う魔神様です」

「ふむふむ、それで、その魔神様がどうしたの?」

「はい、それは100年前。魔神様のある一言が始まりでした」


 そう言ってテナは目を瞑る。


「『朕、そろそろ魔神辞めてバカンスに行きたい』」

「…テナよ。聴くが、それは魔神様の真似か?」

「えっ?最高のクオリティじゃない。そっくりよ」


 頭上に疑問符を浮かべて、テナがそう答えると、リエルは「こいつマジか…」とでも言いたそうな表情になる。


「あー、似てる似てないはどうでもいいから、結局それでどうしたの?」

「あっ、はい。えっとですね、そんな魔神様の一言のせいで野心溢れる他の魔王が魔神の地位を狙い出したのですが…私達は魔力の王、もし本気で潰し合えば地上から生命が消え去ります。そこで代理の者を立てて戦わせ、勝利した者が新たな魔神になる、という話になったんです」

「ほーん、なるほどね。それで、どうして僕等が選ばれたの?」


 一葉がそう尋ねると、プレートの文字が変化して見覚えのある『ℹ︎ndividuality Online』のロゴを作り出す。


「このゲームに魔神様がハマっていまして『朕的魔王代理』とか言って勝手に選定したんですよ。私は魔神の地位なんて要らないのに…」

「ん?だとしたらおかしくない?」


 溜息を吐きながら説明するテナに一葉はそう言う。


「僕のクラスメイトはℹ︎Oプレイヤーじゃない。なのにこの世界にいるのはなぜなんだ?」

「あー、それなんですけど。勇者召喚の儀と魔神様の術式が重なっちゃった結果だと言われています」

「そんなことが起こるんだ?」

「ええ、魔神様が適当に組んだ術式ですからね。そのせいで【黒の魔王候補】は10年前に来ちゃうし…」

「私もこの世界に来てもう2年は経つからね。せめて同じ時期に召喚してくれればいいのに…」


 そう言ってヒイラはやれやれと肩を竦める。


「そういえばそもそも魔王ってどのくらいいるわけ?」

「あっ、それを忘れてましたね。魔王は赤、青、黄、緑、黒、白、暁、黄昏、無の9人です。赤は炎、青は水、黄は雷とそれぞれ司る属性が違います」

「他はなんとなくわかるんだけど、暁と黄昏は何を司るの?」

「はい、暁と黄昏は特殊な魔力で暁は陽の魔力、黄昏は陰の魔力を司ります」


 この世界の魔法は各属性とさらにその中で2種類に分類されるらしく、個人差はあれど全員陰と陽の魔力を持っているそうだ。

 通常それらの魔力を使用しようとしても全て属性魔力に変質するため、知っている人間は少ないらしい。

 つまり、暁と黄昏は魔法というものの根幹である、ということだそうだ。


「なるほどね。今までの話で魔王がなんなのかわかったよ、ということは…」


 そう、魔王は魔力の王でありこの世界に干渉しているのはその代行者なのだ。

 つまり黒の魔王の正体はℹ︎Oプレイヤーということになる。

 面倒なことになりそうだと一葉が溜息を吐くと、リエルが一歩足を踏み出してくる。


「察しているとは思うが黒の魔王、つまり黒の魔王代理はお主や小娘と同じ異世界人だ。そして、小娘の鍵の力を奪ったのも…そいつだ」

「そいつの名前は?」

「イチヨウ、君もよく知っているはずだよ。元暁の旅団サブマスター…クロークだ」


 クローク、正式にはクローク・アインザッツ・スタニッシュ。

 元暁の旅団のサブマスターであり、えりんぎと共にオークスグランデへと所属を変更した男である。

 ちなみに、名前は昔カッコつけて付けたらしく、一葉は嫌がらせの為によくワールドチャットに書き込んだりしていた。


「なるほど。クローク、つまり師匠がスキルを奪われたのは【強欲な右手グリード・オブ・ライト】による効果、と?」

「その通りだよ。まったく、私としたことが油断した」


 悔しそうにヒイラは拳を握り、肩を震わせる。

 すると、テナが軽く咳払いをする。

 どうやら話はまだ終わっていないらしい。


「それで、イチヨウさん。ここからが本題なんですけど、私と契約してくれますか?」

「いや、それが一番謎なんだよね。契約した時に僕にどんなメリットがあるんだい?」

「んー…そうですね、特典の1つとしてイチヨウさんのℹ︎O時代のアイテム類は全解放されます」

「よし、契約しよう。すぐしよう」

「早くないかい!?」


 ヒイラが驚いたような表情を浮かべるが、当たり前だろう。

 今一葉が使っている武器、オリハルコン製や鋼鉄製と確かに強い武器ではある。

 しかし、ℹ︎Oプレイヤーイチヨウが持っていた武器に比べれば特殊効果の込められていない武器など全てゴミのようなものなのだ。

 ただでさえ、ステータスなどが低い現状、手っ取り早く強くなるには装備に頼るしかないのだ。


「うー、あー、止めても無駄なんだろうなあ…君は昔からそうだもんなー…」

「はい。よくわかってるじゃないですか。それじゃ、テナよろしく頼むよ」

「は、はい!いきます!」


 緊張したような表情でテナが一葉の手を握ると、その手から赤い魔力が溢れ出し、一葉の体を包み込む。

 魔力はその密度を高めていき、完全に一葉の体を覆い隠すとパチンと弾ける。

 魔力が弾けると、耳ほどまでの長さしか無かった黒髪は肩まで伸び、それを背中で結んだ燃えるような赤髪に、優しさを感じる黒目は少し目つきの悪い赤目へと一葉の見た目が変化していた。

 その姿はかつてℹ︎Oで『違反者グリッチャー』と呼ばれたプレイヤー、イチヨウのものだった。


「うおおお!すっげえ!なんか身体も軽くなった気がする!」

「契約したことによって多少ステータスに補正がかかったんですね。それではこれからよろしくお願いしますね!」


 嬉しそうにそう言ってくるテナの言葉を聞き流して、一葉は早速ℹ︎Oでアイテムを取り出すようなイメージで念じると、目の前に見慣れたメニュー画面が表示される。

 いくつかの表示の中からアイテムを選択すると膨大な文字の列が現れる。

 その中から一葉はℹ︎O時代に装備していたアイテムを取り出す。

 1つ1つがSSランク以上のレアアイテムで、全て売ればℹ︎O内で城クラスの拠点をいくつも買えるほどである。

 ボロボロの茶色の外套の下にカラーリングを黒に変更した禍々しい鎧、そして両目を覆い隠すように七つの目の模様が描かれた目隠しをした一葉の姿は、勇者というよりも、勇者を3秒ですり潰しそうな魔王といった様子だった。


「うっわぁ…リアルで観るとやっぱり悪趣味だよね。その装備」


 ドン引きといった視線を向けてくるヒイラに対して一葉が苦笑いを返していると、突然空が光る。

 次の瞬間、大量の炎、水、雷などの魔法が大量に一葉たちに降り注ぐ。


「イチヨウ!下がれ!改造魔術カスタマイズ・マジック【ラヴァ・インクリース】!」


 ヒイラの掌で炎と岩、そして魔力の結晶が凝縮されると小さな溶岩へと変化する。

 ヒイラが掌を上空に向ける。すると、その溶岩は弾丸のごとき速さで飛んでいきながら空中で爆発的にその体積を増やし、迫っていた魔法を全て飲み込む。

 溶岩が消え去ると、そこには綺麗な青空以外何も残っていなかった。


「フン、今のを防ぐとは…流石は『暁の魔王』」

「ところで…もう1人は誰なのかな?」


 声が聞こえた方向、つまり砦の上に居たのは2人の襲撃者…イグラとフレイの姿がそこにはあった。

 2人の姿を見た一葉は盛大に顔をしかめる。

 ヒイラを見れば先程の魔法でかなりMPを使用したらしく、立っているのがやっとといった様子だった。


「仕方ないですね、師匠。転移魔法の準備をお願いします」

「いやいや、イチヨウ。そんな時間はくれないでしょ」

「だからもぎ取るんですよ。こんな風にね。魔導書グリモワール起動」


 アイテムストレージから一冊の古びた魔術書を取り出し、一葉がそう唱えると魔術書から膨大な数の紙が噴き出して一葉の周りをクルクルと回り出す。

 一葉はその中から数枚の紙を掴み取ると、ヒイラに向かってこう言った。


「反対を向いていてくださいね」


 一葉は、手に持っていた紙を握り潰すと、呪紋が一葉の掌を包み、紙が灰に変化する。

 その瞬間、一葉とイグラ達とを遮るように大きな黒い壁が出現したかと思うと、イグラ達側で爆発、落雷、吹雪など天災を全て詰め込んだかのような魔法が炸裂する。

 魔法が止むと同時に黒の壁も崩れ去る。

 そこには傷1つ付いていないにもかかわらずぐったりと倒れ伏す2人の姿があった。


「な、何をした…?」

「あなた達が知る必要はありませんよ。おっと、時間が来たみたいですね。それでは御機嫌よう」


 そう言って一葉は華麗な礼をすると、ヒイラとともに何処かへと転移してしまった。

 後に残ったのは、夥しい死体と激しい戦闘痕、そしてボロボロの雄二先生と無様に倒れ伏す2人の英雄だった。

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