第22話 ウェールズへの上陸

第四章:ウェールズに帰還した英雄


 商業都市レリックから船で数十日。長い長い船旅を経て、アルトリアの故郷であるウェールズへと辿り着いた。ウェールズはリヴァプール湾、カーデガン湾、ブリストル海峡に囲まれ、国土の大部分が森と山で占められている。俺はカーデガン湾沿いの船着き場に船を止め、西欧の宝箱とまで呼ばれる自然豊かな国土に足を踏み入れた。


「見渡す限り、森、森、森。ここまで自然が多いと、感動よりも鬱陶しさが勝るな」

「まぁまぁ。すぐそこに我が国がありますから。そこまで辛抱ください」


 ランスの先導に従い、けもの道を進んでいく。生い茂る草木が肌を刺すのが何とも鬱陶しい。


「国にたどり着くまでの間に現状を整理するか……」

「現状とはデンマークと我々の戦力差ということでしょうか?」


 アルトリアが俺の独り言に反応してくれる。話し相手がいると話も整理しやすい。歩む足を止めないままに、思考を整理していく。


「まずデンマークだが、奴らは一万人近いヴァイキングを戦力として保有している」

「凄まじい戦力ですね」

「その通りだ。だが今回のウェールズ侵攻に一万人すべてが参加する訳ではない」

「それはなぜなのですか?」

「国土の防衛に人を割く必要があるし、人を動かすと金が掛かるからな。それに何よりあいつらはウェールズを舐めている。全軍を投入することはしない」

「では多くても五千人程度でしょうか?」

「俺の予想だとさらに少ない。三千人が良いところだろうな」


 蛇島は無駄を嫌い、効率を重要視する男だ。そんな男が余分な戦力を割くはずもない。


「こちらの戦力はレリックの街で雇った傭兵が九〇〇人。それに加えてロイホ村から一〇〇人の援軍が到着する予定だ」

「戦力差は三倍ですか……」

「現状だとな。だがここにウェールズの戦力が加わる。ウェールズには三千人近い兵士がいるという」

「そうなれば一千人の戦力差ですね」

「その一千人の戦力も、こちらの状況が有利になれば、アリスを旗頭とした戦力が集まるはずだ。そうなれば互角に戦える」


 もちろん凶暴なヴァイキングたちと、温厚なウェールズ人を含んだ連合軍が互角かと問われれば、多少の疑問は残るが、それでも知恵で何とかできる戦力差まで詰めることができる。


「我が国が見えてきましたよ」


 鬱蒼とした森を抜けると、確かにそこには人の住む場所があった。国と云える程に立派なモノではないが、木造の住宅がいくつも並び、人々の活気で溢れている、まるでキャンプ場のような雰囲気の国だった。


「ヴァイキングに襲われるというのに、国民が皆幸せそうだな」

「ウェールズは他国と比べると国王への信頼が厚いのです。だから皆、無事助かると信じているのです」


 アルトリアの言葉にはどこか誇らしげな感情が籠っていた。奴隷から救い出してくれなかったとは云え、古い知人であることに変わりはないのだ。表面には出さないが、ランスのことを慕っているのだろう。


「兄者! 兄者ではないかっ!」


 声がした方向へ振り向くと、そこにはリディアの姿があった。


「ロイホ村からヴァイキングたちを連れてきてくれたんだな」


 リディアの背後には屈強なヴァイキングたちが並んでいた。どれもロイホ村で世話になった面々である。


「兄者の要望通り、弓が得意なヴァイキングを中心に連れてきたぜ」

「ありがとな。これで戦略の幅が広がる」


 ウェールズ人は狩猟民族であるため弓を得意とする者が多い。今回の戦いは可能な限り死者を減らすため、遠距離から一方的に蹂躙する手段を考えていた。そのために一人でも弓を使える兵士が欲しかったのだ。


「兄者が連れてきた傭兵たちも相当な数だな。何人いるんだ?」

「ざっと九〇〇人だ。小さな国なら簡単に滅ぼせるぞ」


 傭兵たちの給料だけで、小国の国家予算並の金が消えてなくなるのが難点だが。


「そういや私たち以外にも兵士が集まってるみたいだぜ」

「俺ほどではないがそれでも凄い数だな」


 中央にある大きな広場に大勢の武装した兵士の姿があった。銀色の剣と楔帷子で身を守る姿は、頼もしく見える。


「この他にも続々と兵士が集まっているそうだぜ。兄者もいるし、この戦勝てそうだぜ」

「そんなに簡単な話ではないさ。相手はこの屈強な兵士たちよりも恐ろしいヴァイキングだからな」


 さらにこの戦に勝利し、蛇島を倒したとしても、死者の数が多いと、次の山田さんとの戦いで勝てなくなる。絶対に負けられない上に完勝しなければならない条件を背負ったこちらは、まだまだ不利な状況であった。


「姫様、新庄様、こちらにウェールズの王たちが集まっています。ささっ、どうぞ付いてきてください」


 そう言って、ランスに案内されたのは周囲の建物より一際大きな石造りの建物で、自然に囲まれ、木造建築が立ち並ぶ中で異様な雰囲気を醸し出していた。警護の兵が周囲を守るこの建物は、ランスの住む家なのだという。


「あまりウェールズらしくない建物だな」

「ローマ帝国の支配を受けていた頃のウェールズ王が使用していた別荘で、今では私の唯一の城です」

「王様なんだから、もっと堅牢な城にでも住んでいるのかと思っていたぞ」

「だから言ったでしょう。王と云っても、村長程度の権力しか持っていません。フランク王国やイングランドの領主よりも遥かに矮小な存在なのですよ」

「他の王もそうなのか?」

「概ねは。ただ一人、ウェールズの中でも一際大きな権力を持つ者がいます。その王はこれから会う十人の王の中で、一際大きな態度なのですぐに分かると思います」

「それは……会うのが楽しみだな」


 俺が皮肉を漏らすと、ランスは口元に笑みを浮かべたまま、石造りの建物の中へと入る。中には屈強な男たちが円卓を囲うように座していた。その中央に座る髭面の男が鋭い視線を俺たちへと向けてきた。


「ランス王よ。こんな状況で何が可笑しいのだっ」


 地の底から湧いたような声で、髭面の男は問いただす。ヴァイキングにも匹敵する強面と相まって、恐ろしいまでの迫力だった。


「失敬した、エルリック王よ」


 ランスが悪かったと頭を下げる。このエルリックという男こそが、ウェールズの中でも一際大きな権力を持つ王だと云う事がすぐに分かった。


「……まぁ良い。ランス王が到着したことで、一〇人のウェールズ王がようやく集まった訳だ」

「それでは早速本題に移りましょうか」

「待て待て。その前に決めることがあるだろう」


 エルリックは口角を片側だけ釣り上げて笑い、皆を見渡す。


「これからウェールズの未来を話すにあたり、話を仕切っていく座長が必要だと思わないか?」

「座長……ですか?」

「そうだ。リーダーシップを発揮し、話をまとめあげていく存在。そういった存在がいれば議論も円滑に進むというものだ」

「それはそうですが……」

「皆も異論はないな。では次に座長だが誰が相応しい? 聞くまでもなく、最も強大な国力を有し、リーダーシップを兼ね備えた王でなければいかんぞ」


 あまりに強引な話の進め方に、残りの九人の王たちはうんざりとした表情を浮かべる。エルリックはウェールズ最大の力を有しているため、冷遇するわけにはいかない。さりとて、彼の要求をすべて飲んでいては、この国が乗っ取られてしまう。それは避けなければならなかった。


「誰も立候補者がいないなら、私が――」

「座長を決める前に一つ聞きたい。対デンマーク戦で要求される国力とは、当然戦のための兵士の数だ。エルリック王は何人用意できるんだ?」


 俺が問いかけると露骨に不機嫌な表情を浮かべるも、周りの目があるからか、大人しく俺の質問に応える。


「我が国は総勢五〇〇名の屈強な兵団を抱えている!」

「たった五百名かよ。だっせー」

「なんだとっ!」


 俺の挑発に怒ったのか、エルリックは円卓に拳を叩き付ける。今にも机が壊れそうだ。


「俺なら一千名の兵士を用意できるぞ」

「馬鹿を言え、お前のような男に、それほど大勢の兵士を用意できるものか」

「嘘だと思うならそこの窓から確認してみろよ」


 俺の言葉を確かめるためエルリックが窓を開けると、そこにはリディアが連れてきたヴァイキング百名と商業都市レリックで雇った傭兵九〇〇名が並んでいた。


「兄者、会議は終わったのか?」

「いいや。まだだ。お前の顔が見たくなっただけだ」

「あ、兄者ぁ。私の顔なんかで良ければいつでも見てくれよな♪」


 リディアは顔を赤らめて、照れ笑いを浮かべる。本当は顔を見たくなったというより、顔を見せたかったというのが本音だった。


 ヴァイキングたちを率いる少女が俺のことを兄者と呼ぶ。これだけで互いの上下関係は明白だ。つまりこの屈強な兵団が俺の支配下にいることを認めざる負えなくなる。


「俺の力が分かったかな?」

「…………」


 エルリックは開いた口が塞がらずに呆然としていた。ねぇ、馬鹿にしていた奴が自分以上の権力者だと知ってどんな気持ちなの? と聞いてやりたくなるが、ぐっと堪えた。


「では俺の支持するランスが座長と云うことで異論ないな?」

「い、いや、やはり座長を決めるより、皆が平等に話をした方が良い。人は皆平等だからな」


 ガハハッと、大きく口を開けて哄笑するエルリックを見ていると、殴りたくなる要求に駆られるが、なんとか我慢する。


「では皆が同じ立ち位置に戻ったところでで議論を始めましょうか」


 大人しくなったエルリックを席に座らせ、ランスが今後のウェールズの将来について議論を開始した。


「ウェールズを統一するにあたり、一時的に我らを率いる統一王が必要になります」


 ランスの言葉に皆が首を縦に振る。軍隊とは一つの大きな組織であり、バラバラに動くよりも、まとまりを以て、全体最適で行動した方が圧倒的に力を発揮する。指導者が必要という言葉は、国を率いている十人の王、皆が同意する意見だった。


「だが統一王とするにしてもいったい誰が……」

「当然我々の誰とも大きな利害関係を持たない第三者でなくてはならないし、それに何より国を率いる器が必要だ」


 それぞれの王が不安の声を漏らす。待っていましたとばかりに、ランスは口を開く。


「そこで私から提案があります」

「まさか以前話をしていた軍神アルトリウス公の血を引く方が見つかったのか?」

「ご明察です。どうぞ、姫様。一歩前へ」


 アルトリアが皆の前に一歩踏み出す。女神のような美しい容貌、立っているだけで放たれる気品、それでいて一流の戦士特有の闘気を身に纏っている。誰もが付いていきたいと思えるような偶像が現界したかのようだった。


「ウェールズにおいて軍神アルトリウス公は絶対なるお方。そのお方の血を引いているのだから器に問題はない。それに何より姫様は我らの誰にも肩入れしていない、完全なる第三者です。これ以上の適任はいません」


 アルトリアが暫定的な統一王となることに皆が賛成する中、一人だけ首を縦に振らない男がいた。


「その提案、承諾しかねる」


 反対したのはエルリックであった。彼には何か思惑があるのか、含み笑いを浮かべながら、手をパンと叩いた。


「私はより適任な者を知っている。入って来い」


 エルリックが呼びかけると、奥の部屋から一人の男が現れた。金色の髪と青い瞳に整った顔立ちは彫刻のように美しい。正直嫉妬を通り越して怒りすら湧く美丈夫の登場に、内心で「くたばれ、この野郎」と叫んでしまった。


「この者はフランク王国の騎士、パーシス。私が推薦するウェールズの統一王だ」

「フランク王国……」


 九人の王が皆黙り込み、二人の顔を交互に見る。フランク王国はデンマークの海賊被害に苦しんでいる国で、イングランドやデンマークと同等の国力を有する国だ。当然兵士も大勢抱えており、味方になってくれるのなら、これ以上に頼もしいことはない。


「本当に我らの味方をしてくれるのか?」


 誰もが不安に思っていることだった。デンマークの海賊たちを撃退しても、フランク王国が新たな支配者になるのでは意味がない。新たな危機のタネを撒くようなことは避けたいというのが、この場にいる王たちの総意だった。


「皆の不安も良く分かる。だがパーシスが裏切ることはありえない」

「なぜそんなことが言えるんですか?」

「ウェールズを守り切った暁には、私の娘と結婚させるつもりだからだ」


 エルリックのそんな言葉に、皆がウンザリした表情を浮かべる。


「それでは誰にも偏らない、第三者という条件が崩れるではないですか」

「それなら第二、第三婦人として、お前たちの娘を嫁がせればいい」

「話になりませんな」


 ランスは呆れたようにため息を吐く。こんな条件を呑めるはずもなかった。


「待て待て。冷静になって考えてみろ。パーシスはフランク王国の貴族だ。領地持ちだし、本国に援軍を頼んでくれるとも言っている」

「私の力なら一千人の援軍を呼べますよ」

「どうだ? パーシスが統一王となれば、一千人の兵団が味方になるのだ。これ以上の条件はあるまい」


 一千人が味方になれば大幅な戦力強化だ。皆もそれが分かっているのか、アルトリアよりもパーシスを統一王にすべきなのではという空気が流れ始めた。このまま進めるのはまずい。俺は空気を変えるために話を切り出す。


「器はどうなんだ? パーシスはウェールズを統一できるほどの男なのか?」

「それは私が保証する。フランク貴族として剣技も一流だし、学問にも長けている。これ以上の男に私は会ったことがない」

「それでも俺はアルトリアを押す。なにせ軍神アルトリウス公の子孫だ。兵士の士気は天井知らずだ。それこそ一千人の援軍以上の力を生む」


 アルトリアとパーシス。どちらを統一王とすべきか意見が割れる。俺とエルリックは互いの理を以て、候補を推薦するが、九人の王たちは結論を出せずにいた。その閉塞した状況を変える一言をランスが放った。


「二人の話は分かりました。このままでは結論が出そうにありませんし、選定の剣を試しましょう」

「選定の剣ってあれのことか……」


 選定の剣とは、アーサー王伝説に出てくる岩に刺さった剣のことだ。それを引き抜いた者は王の器として認められる。


「軍神アルトリウス公以外の者は誰も引き抜けなかった伝説の剣。その剣に選ばれた者こそが、ウェールズの統一王ということでどうですかな?」


 皆が賛成の言葉を口にする。俺は伝説の瞬間に立ち会おうとしていた。



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