第20話 ウェールズの姫様

 

「おいおい、新手のナンパかよ、この野郎」


 跪く男から身を守るように、アルトリアの前に立つ。老人は品定めするような視線を俺に向ける。何かを探るような視線だった。


「姫様、この男は……」

「私の旦那様です」

「もしや姫様は婚姻されているのですか?」

「私のような下賤な者が旦那様の妻など恐れ多い。私は旦那様を守る剣であり盾である、ただの奴隷でしかありませんよ」


 アルトリアが寂しそうな声でそう口にすると、老人は怒りの形相を浮かべて、俺を睨み付けた。


「この下郎! よくも姫様を! 待っていてください、姫様。私が救い出してみせますから」


 老人が腰に差した剣を抜き、白刃を輝かせる。人を殺し慣れているのか、淀みない動きで剣を振り上げた。その剣から俺を守るようにアルトリアも剣を構える。二人の構えは偶然とは思えないほどに酷似していた。


「なぜ邪魔をするのですか、姫様」

「旦那様は私のすべてなのです。もし旦那様を傷つけようとする者あらば、私は地の果てまでも追いかけて、一族郎党根絶やしにします。古い知り合いのあなたと云えど、例外ではない」


 アルトリアの口調から本気の殺意を感じたのか、老人は剣を納めて、ふぅと息を漏らす。


「姫様のお気持ちは伝わりました。どうやら奴隷と云えど、姫様は大切にされてきたようですね」

「分かってもらえたようだな」


 場の緊張感が解かれたのを感じたのかアルトリアも剣を納めると、老人は俺に視線を合わせて、一礼する。


「私の名前はランス。姫様とは古い知人で、少しばかり剣術の指導をしていたこともあります。あなた様は?」

「俺は新庄。アルトリアの主人だ」


 お互いの自己紹介を終えると、ランスはアルトリアの幼き日のことを語ってくれる。彼女の両親が生きていた頃、アルトリアに剣の指導をしており、彼女のことを娘のように思っていたとも話す。両親を亡くしたアルトリアが苦難の日々を過ごしていたことも最近まで知らなかったのだと云う。


「いつも姫様のことを心配しておりました」

「それにしては随分とアルトリアを放っておいたんだな。娘のように思っていたのなら、会いたいと思わなかったのか?」

「思いましたとも。しかし会えなかった。私にはやらなければならないことがあったのです」

「娘以上に大切なことなのか?」

「そう云われると苦しいのですが、私の国が危機に晒されておりましたから放っておくわけにもいかないのです」

「国の危機? ランスは兵士なのか?」

「いいえ、旦那様。ランスは王なのです」

「国の王と云っても、小さな村の村長くらいのものですがね」


 ウェールズは幾つもの小国家の集合体である。人口百人から千人程度の少人数が集まって形成された国がそれぞれ独立して存在しており、すべての国家を統べる統一王は存在しない。


「ウェールズがこのような小国家の集合体として存在できるのは、同じウェールズ内での争いがほとんどなかったからなのです」

「どこの土地にも山と森があるからな。狩猟民族のウェールズ人たちは縄張り争いなどもしなかったわけだ」

「しかし外国の者たちは違います。とりわけヴァイキングの連中は、我々の国を蹂躙し、森の民を捕らえては奴隷として売り払う。まるで悪魔です」

「ヴァイキングから国を守るために、国を離れるわけにはいかなかったわけだ」

「その通りです」


 ランスの言葉に嘘はなかった。しかし納得のいかないことがあった。


「……矛盾があるな」

「私は嘘を吐いていませんよ」

「国を守るためにアルトリアを探さなかったんだろ。でもランス、お前は今ここにいる。国を守らなくていいのかよ」

「……私が今ここにいることこそが国を守ることに繋がっているのです」

「どういうことだ?」

「お恥ずかしながら。私の力ではすでにヴァイキングの略奪を止めることはできず、仲間を逃がす足止めが関の山です。現状でさえそのような状況であるにも関わらず、ヴァイキングたちはウェールズにおける大進行を予定しているとのことです」

「それは大変だな」

「私は奴らが憎い! 奴らは既に莫大な富を得ているにも関わらず、さらなる富を得るために我らを襲う! 私は彼らが理解できない! なぜ無用な争いを続けるのかを!」

「ヴァイキングは果物狩り感覚で奴隷狩りを開始するからな。特に理由はないと思うぞ」


 ヴァイキングたちと共同生活を送ってきたからこそ分かる。彼らは野生の獣と同じなのだ。楽しいからやる。強い者こそ偉い。原始的だからこそ、理性的な人間にとって彼らは猛獣以上の天敵だった。


「凶暴なヴァイキングたちと戦うには、ウェールズが一丸となる必要があります。だがまとめあげるには、誰からも反対意見が出ない旗印が必要です。軍神アルトリウス公の血を引くあなた以外にウェールズを導ける者はいない」


 ランスが国を離れてまでアルトリアを探しにきた理由が、この時初めて納得できた。もしランスがウェールズをまとめようとしても、他の国の王がランスの下に入ることを良しとするわけがない。だがどこの国にも属さない第三者で、軍神の血を引く者が名乗りを上げるなら、皆一致団結して戦うことができるし、勝利した後は再び、それぞれの王がそれぞれの国を統治できる。


「あなた様がいなければウェールズは滅びます。どうかウェールズへとお戻りください」

「それはできません。私は旦那様の奴隷。旦那様のために戦うことはあっても、故郷のために剣を振るうことはない」


 アルトリアの言葉に絶望し、ランスは肩を落とす。そんな彼の肩を俺はポンと叩いた。するとランスは一筋の希望に縋るような視線を俺へと向ける。


「アルトリアは俺のために戦う。つまり俺が協力すれば、ウェールズをまとめることが可能だ」

「おおっ! ならば――」

「ただし条件がある」

「条件ですか?」

「俺はウェールズの統一王になる。そのために手を貸せ」


 悪魔の囁きに、ランスは選択肢はないと、黙って首を縦に振る。舞台はより大きな戦場へと移ろうとしていた。


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