第15話 商業都市レリック

第三章『商業都市レリック』


 バルド海の生暖かい風が肌を撫でるのを感じる街。商業都市レリックへと、長い船旅を経て、辿り着いた。


 商業都市レリックはイングランドやフランク王国の商人たちが金儲けのために集まっているだけでなく、スイスやカランタニア公国の傭兵たちの姿も目に入った。彼らは皆ヴァイキングたちとは違い、重い装備を身に纏った重装歩兵である。これは彼らが騎乗しながら戦うため重い装備でも影響は小さいことと、立派な外見を装うことで、自分を高く売ることが目的だった。


「それにしても美しい風景だな」


 白い砂浜に青い海、人間によって工業汚染されていない自然は、何者にも代えがたい美しい風景だ。


「水着があれば泳ぎたいな」

「止めなさいよね。キモオタが泳いだ海なんて二度と触れられなくなるじゃない。そもそも、そんなだらしない体で泳げるの?」

「こう見えても泳ぎは得意なんだ。まるでイルカのようだとクラスメイトたちからも褒められたものさ」

「イルカは漢字で海に豚と書くものね。お似合いの渾名だわ」

「はははっ、海に沈めるぞ、この野郎」


 美しい景色に後ろ髪を引かれながらも、商業都市レリックの繁華街へと向かう。繁華街は自然の景色とはまた違う美しさが広がっていた。床には石畳が敷かれ、交通が整備されている。朱色の瓦で染められた建物は、フランク王国の美しさを追求する建築技術が駆使されており、見る者をはっとさせるような光景が広がっていた。


「旦那様、レリックの街並みは、ヴァイキングと大きく異なるのですね」


 アルトリアが感嘆の声をあげながら訊ねる。副首領の屋敷は大きさこそ迫力はあったが、美しさではレリックの街並みの足元にも及ばない武骨な作りをしていた。


「ヴァイキングの村は実用性重視だから、見た目なんて気にしないしな。それに環境の違いもあるんだろうな」

「環境ですか?」

「ああ。デンマークはレリックと比べると、台風や津波の被害に遭いやすいからな。必死に家を建てても壊れてしまうと無駄になるなら、最初から質素な作りにした方が効率的だろ」

「なるほど」

「他には観光客を増やすのも景観を綺麗にする理由だろうな。人が集まれば経済が回るからな」


 事実、商業都市レリックは、戦争ばかりのヨーロッパにありながら、悲観さを感じさせない雰囲気が流れていた。商店から聞こえる客引きの声、買い物客の歓談などが混じりあい、まるでテーマパークのような楽しげな空気が満たしていた。


「旦那様、この街では何を売るつもりなんですか?」

「やはり安定のコーラだな。後は砂糖や塩なんかも販売するつもりだ」

「砂糖? 砂糖とは何ですか?」

「そうか。この時代に砂糖は一般的ではないんだったな」


 砂糖が一般的になるのは、これから数百年後の話で、この時代のヨーロッパではほとんど広まっていなかった。一部の貴族や王族がインダスの塩という名前で砂糖のことを知ってはいたが、普通の人たちにとっての甘味物とはハチミツや果物の甘さを指した。


 だからこそ、この時代の人間に砂糖の強烈な甘さは間違いなく人気になると睨んでいた。幸いにも俺はコーラを自由に出せるから、沸騰させれば、砂糖だけを抽出することは可能なはずだ。


「他にもとっておき商品もある。そちらは砂糖以上の値段で売れるだろうな」


 金貨一千枚、日本円にして五百万円以上の値を付ける商品だと続けると、アルトリアは驚愕の表情を浮かべる。あくまで予想の値段であり、実際にその値段がつくかは試してみないと分からないが、高額になることだけは間違いないだろう。


「お兄さんたち、随分羽振りの良い話をしてますわね」


 気づくと、見知らぬ金髪の少女が隣にいて話しかけてきた。絹のような金色の髪を短く切り揃えた蒼眼の少女は、ラテン系の血が混じっているのか、掘りが深い顔立ちをしている。少女は悪巧みをするように、声を潜めて、言葉を続けた。


「この街で商売でもするのかしら?」

「そのつもりだ」

「ギルドに伝手はありますの?」

「そうか。ギルドに入らないといけないのか」


 この時代のフランク王国やイングランドでは、商売をするためには商品だけでなく、商業ギルドの許可が必要だった。商業ギルドは一種の組合であり、極端な安売りなどを避け、値を一定に保つことと、商人たちの身分を保証するためのものであった。もし商業ギルドに加入せずに商品を販売した場合は、罪人として捕らえられてしまう。


「その様子ですと、ギルドへの伝手はないようですわね」

「まぁな」

「でしたら私の伝手をお貸ししましょう。ささ、こちらに」


 少女は俺の手を引いて、どこかへと連れて行く。少女の意図は分からないが、ギルドに入る伝手がない以上、俺は黙って案内されることに決めた。


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