第10話 ヴァイキングの航海
ヴァイキング船は、船頭が龍の形になっていることと、左右対称で細長い形状をしていることが特徴である。
長距離移動の際には帆を張り、風に船を任せる。目的地まで近づいてきたときは櫂を漕いで進む。つまりイングランドからデンマークのような長い船旅は、風に大きく依存するのだ。
風が標準的な吹き方をしているのであれば、イングランドからデンマークまでは五日程で到着する。既に出発してから五日経過しており、もうそろそろデンマークに到着する頃合いであった。
「キモオタ~、ポテチもそろそろ飽きてきたわ。海に潜って魚を捕まえてきなさ~い」
「はははっ、海の中に叩き込むぞ」
そもそも食料があるだけマシなのだ。この時代の航海は辛く険しいものだった。必要最低限の食料を詰め込み、ひもじい思いをしながら、目的地にたどり着く。そんな中でポテチとコーラだけとは云え、食料と水分を好きなだけ補給できるのだ。どれだけ有難いことか。
「本当最低の男よね。私のような美人の頼みを断るなんてね」
「ぐっ」
性格について、俺は気にしていたことがあっただけに、この指摘は本当に辛い。
「アルトリア、一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょうか、旦那様?」
アルトリアは聖母のように微笑みながら、俺の質問を待つ。風で髪が揺られる姿は、絵画から飛び出してきたかのようである。
「俺って性格悪いのかな?」
ヴァルキリーはスキルを配る順番を日頃の行いが悪い順だと話していた。可憐、佐藤を見ると、確かにその通りなのかもしれないと思えてきたのだ。
「とんでもない。旦那様以上に、懐が広く、お優しい方を私は知りません」
「だよな~」
アルトリアの云う通り、俺ってそこまで性格悪くないよな。
「はははっ、あんた、本気で言っているの」
可憐が大笑いしながら、否定の言葉を続ける。
「汚物と下水を混ぜ込んだ雑巾のように腐った性根のあんたが、性格良いはずないでしょ。もしも万が一、あんたの性格が良いなら私なんて天使よ、天使」
「俺のどこが性格悪いんだよ」
「キモオタ二号を殺したじゃない」
キモオタ二号って佐藤のことか。死人にも容赦ないなコイツ。
「あれは仕方ないだろ。裏切られたんだし」
「今頃地獄でキモオタ二号があんたのことを呪ってるわ。私霊感強いから分かるのよ、キモオタ殺す、キモオタ殺すってブツブツ呟いているわよ。死んでもキモイ奴よね」
「止めてくれよな、俺、幽霊とか嫌いなんだから」
化けて出てこられると本当に嫌だ。
「旦那様、見てください」
アルトリアの視線の先には、ロイホ村の船場があった。幾つものヴァイキング船が並ぶ船場に船をつけると、俺の到着に気づいたリディアとヴァイキングたちが集まってきた。
「兄者! 無事で良かった!」
「リディアの方も無事で安心したよ」
船旅に危険は付きものだ。元気な姿を見ることができて、ほっと一息を吐く。
「兄者に報告しないといけないことがあるんだ! 実は村を襲った連中はイングランド軍じゃなかったんだ」
「俺たちと同じヴァイキングだったんだろ」
「おおっ、さすが兄者。すでに知っていたんだな。そう、イズミ村の連中がやったんだ」
リディアから話を聞くと、隣村の首領がロイホ村にわざわざ宣戦布告しに来たのだそうだ。
「なぜ隣村が戦争を仕掛けてくるんだ?」
「いざこざはいつものことさ。イズミ村の奴らは私たちの領土が欲しいのさ」
ロイホ村は農場があるし、大きな船場もある。貧しい土地が大部分を占めるデンマークにおいて、こんな恵まれた村はそうそうないはずだ。手に入るなら手に入れたい者は多いだろう。
「相手の数はどれくらいだ?」
「騎兵が百人いるそうだ。こっちの数は女子供も含めれば一千人はいる。楽勝だな」
リディアは笑うが楽勝とは程遠い状況だ。一千人の内、まともに戦いができる人間は多めに見積もって三百人程度だろう。さらに相手は騎兵だ。歩兵と騎兵は約一〇倍の戦力差があると云うし、正面からぶつかれば多少不利な状況だ。
ならば持久戦に持ち込むのはどうだろうか? 籠城して戦えば、騎兵の有利を潰すことができる。だが籠城のためのポテトチップス以外の食料を確保しなければならない問題と、今にもイズミ村を襲撃しそうなヴァイキングたちを説得しなければならない問題があった。
正面からぶつかるでもなく、籠城でもない方法で勝つ手段はないかと考えていると、頭に妙案が浮かんだ。
「よし、イズミ村の奴らと戦うぞ」
「さすが、兄者だぜ」
リディアは集まったヴァイキングたちに戦争することを告げる。皆が喝采を挙げて、俺を称賛した。
戦うことに賛同した理由の一つがこれだ。実績のない権力者はいずれ疎まれ、排除される。そのためにもここでヴァイキングの首領らしい行動を見せておこうと考えたのだ。
「さぁ、戦争を始めよう」
戦いの火蓋は切って落とされる。俺にとって初めての戦争が、始まろうとしていた。
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