第5話 アルトリアが慕う理由

 屋敷へと帰った頃には空腹で腹の虫が鳴り響いていた。アルトリアがいつものように食材を調理し、机に並べてくれる。豪華な料理は見ているだけで食欲がそそられる。


「キモオタ、あんた私に喧嘩を売っているの?」


 豪華な料理を前にして、可憐は目尻を釣り上げる。


「どうした、そんなに怒って?」

「そりゃ怒るでしょ。どうして私には食事がないのよ」

「仕方ないだろ、食材が二人分しかないんだ」


 市場で購入した食材は明日商人が届けてくれることになっている。冷蔵庫などない時代である。食料は必要最低限しか用意していない。


「私にも食事を与えなさいよ。主人の義務でしょ」

「随分と偉そうな奴隷だな」


 どちらか主人か分からなくなりそうだ。


「私、妙案を思いついたわ」

「妙案?」

「そう。キモオタの料理を私が食べるの。私は美味しい料理が食べられるし、キモオタは無駄な贅肉を蓄えずに済む。皆、幸せ。オールハッピー。どう? 妙案でしょ」

「何が妙案だ! 俺が飯を食わないだけじゃねえか!」


 立場を分からせるためにも飯抜きだなと決めた瞬間、部屋に響き渡るような腹の虫がなった。当然食事をしている俺とアルトリアではない。


「学園一の美少女でも腹の虫は鳴くんだな」

「五月蠅いわね! もう何日も何も口にしてないんだから当然でしょ」

「奴隷でも食事は出るだろ」


 特に売却前の奴隷は商品なのだ。健康を崩されて、商品価値を落すわけにもいくまい。


「食事は出たわ。けれどね、あの奴隷商人、私にカビの生えたパンなんて寄越すのよ。世界一の美少女である可憐様の口にそんなもの入れるわけにはいかないでしょ」

「性格のせいで分かりづらいが、お前も案外苦労してたんだな」


 なんだか可哀想に思えてきた。俺の食事を分けてやるか。


「仕方ないな。俺の食事を――」

「とっと寄越しなさいよね! キモオタは本当に行動がとろいんだから!」

「食事を分けてやってもいいが。そのキモオタ呼びを止めろ。傷つくだろ。それに俺の顔は悪くない」


 太っているしオタクだが、容姿は整っている方だ。その証拠に両親と妹は美人だし。


「あははは、あんた、自分の顔を鏡で見たことないの。キモオタよりあんたに相応しい言葉なんてないわ」


 むしろ用例にキモオタとは新庄琢磨であると載せたいくらいだと、可憐は続ける。温厚な俺もさすがにムッとくる言動だ。だが俺の代わりに俺以上に怒ってくれる存在がいた。気づくとアルトリアが腰から剣を抜き、可憐の首元に突き付けていた。


「あなたが旦那様と旧知の仲だと聞いていましたから、今まで何とか我慢してきましたが、さすがに我慢の限界です。それ以上続けるようなら首を撥ねますよ」

「これはキモオタと私の話なんだから、あんたには関係ないじゃない!」


 可憐は強がってみせるが、声は震えていた。さすがの可憐でも首元に刃物を向けられては恐怖を覚えるらしい。


「アルトリア、止めてやれ」

「しかし……」

「いいんだ。こいつは昔からこんな奴だし」


 急に従順な性格になっても気持ち悪いしな。


「キモオタもこう言っているでしょ。さっさと剣を引きなさいよ」

「ぐっ」


 アルトリアは悔しそうな表情を浮かべながらも剣を引く。


「すいません、旦那様。勝手なことをしてしまって……」

「気にするな。むしろ俺のために怒ってくれたことが嬉しいよ」

「旦那様♪」


 ええ子や。どこぞの学園一の美少女とは大違いだ。これが金貨十枚で安売りされていた女と、金貨二百枚との違いということか。実感的には二十倍どころか、一千倍近いお買い得感だが。


「アルトリアだっけ、一つ聞かせてもらっていいかしら?」

「どうぞ……」

「あんた、随分とキモオタを慕っているようだけど、どうしてなの? 正直この男に忠誠を誓う価値なんてないと思うのだけれど」


 随分と酷い言い草であるが、俺も気になっていたので、黙ってアルトリアの回答を待つ。


「それは……」

「それは?」

「旦那様が私の救世主だからです」

「はぁ?」

「旦那様は下賤で生きる価値のない低能な私を救ってくださいました。前の主人は食事も三日に一度しか与えてくれませんでしたが、旦那様は私には勿体ない食事を与えてくれます。前の主人は肌を隠すだけの襤褸衣しか与えてくれなかったので毎日夜風に震えていましたが、旦那様は貴族の方が着るような絹の服や暖かいベッドを与えてくれました。前の主人は私を意味もなく殴りましたが、旦那様は決してそんなことをしませんし、いつも私のことを心配してくれます。前の主人は私が病気になっても容赦なく働かせましたが、旦那様は休みを与えてくれるだけでなく看病までしてくださいました。前の主人は――」

「ストップ、スト~ップ! アルトリア、あんた正直気持ち悪いわ」

「え?」

「だってそうでしょ。スクールカースト最底辺のキモオタのことを、これほどまでに褒めちぎるのよ。ゴキブリを『黒くて小さくて可愛いわ♪』と褒めるようなものよ。ねぇ、キモオタもそう思うわよね?」

「俺に同意を求めているのだとしたら、くたばっちまえ」


 さすがにゴキブリよりは可愛いぞ。


「まぁ、慕う理由は理解できたわ。次にキモオタに質問なんだけど、あんたはどうしてヴァイキングの副首領をしているの?」

「それは……」


 俺は可憐に今まで起こった出来事を説明していく。口にするたびに、可憐の表情は苦いモノになっていく。


「まさかコーラにそんな使い道があったなんて。私もそっちの能力にしておけば良かったわ」

「いいや、止めといた方がいいだろ」


 他の能力を選べるなら、他の能力にした方が絶対良い。


「そういや可憐の能力はなんなんだ?」


 奴隷に堕ちてたくらいだから、役に立たない能力である可能性が高いが。


「私の能力はこれよ」


 可憐はテーブルの上にあった皿に触れる。すると皿が輝き、別のモノへと姿を変えた。


「触れたものをラジコンに変える能力よ。どう? 凄いでしょ?」


 机の上に飛行機のラジコンがちょこっと乗っている。傍には動かすためのコントローラまである。


「それ何の役に立つんだ?」

「それは……暇な時に遊べるのよ。ほら、こうやって、ぶ~ん」

「あははは、馬鹿みてぇ」

「う、五月蠅いわね。仕方ないでしょ。私が死んだとき、選べる能力は触れたものをコーラとポテチに変える能力か、ラジコンに変える能力かのどちらかしかなかったんだから」

「確かにその選択肢ならラジコンを選ぶな」


 少なくともコーラとポテチよりは役に立ってくれそうではある。


「それにしてもコーラとポテチに変える能力ね。デブのあんたにぴったりね」

「うるせえ。腹が減った時なんかに便利なんだぞ」

「あ~、和食が恋しい。白いご飯や、お醤油が懐かしいわ」

「出せるぞ」

「え?」

「醤油味のポテチなら出せるぞ」

「まじなの?」

「まじ。飯の代わりになるか分からんが、ポテチで良ければ出してやるぞ」


 その言葉に可憐は首をブンブンと振る。俺は魚の骨を手に取り、ポテチへと変える。


「ほらよ」

「ありがとう。てか、あんたの能力って袋入りのポテチを出せるのね。中身だけワラワラと湧いてくるのかと思ってたわ」

「俺がポテトチップスだと認識していればなんでも出せる。袋入りでなくても、筒形の入れ物も可能だ」

「ポテトチップスと認識してさえすればいいのよね。なら醤油味以外にも、うす塩とかコンソメとかも出せるの?」

「当然。俺がポテチの派生形だと認識してさえいればな。もちろんコーラに対しても同様のことが可能だ」

「ならコーラも頂戴よ。あ、カロリーゼロで、ペットボトルに入れた状態でお願いね」

「ほらよ」


 俺はポテチと同様に魚の骨をコーラに変えて、可憐に手渡す。喉が渇いていたのか、急いで蓋を開けると、黒い液体を喉に流し込んだ。


「ぷはー、やっぱりコーラは最高ね。けれど私はもっと炭酸が強い方が好きね」

「炭酸の量も調整可能だぞ。あとコーラを派生させたモノなら何でも出せるから、コークサワーのようなアルコールも当然いける」


 ヴァイキングたちには普通のコーラよりもアルコールを混ぜたコーラの方が受けが良かった。この時代にもアルコールは存在したが、炭酸を水に溶かす技術が確立していないので、気の抜けたビールか、葡萄酒の二種類しかなかった。コークサワーのようなアルコールと炭酸を楽しめる酒は、ヴァイキングたちにとって新鮮であり、人気を博すに十分な味だった。


「副首領様! 副首領様!」


 突然屋敷の扉を叩く音が聞こえる。聞いたことがある声だった。確か首領の側近の男だったはずだ。アルトリアは立ち上がり、俺を守るように剣を構えた。


「どうした?」


 扉の向こう側に声を投げると、男は震えた声でこう返す。


「首領様がっ! 首領様が戦死されました」


 震えた声で放たれた言葉は俺の人生を大きく変えることになる始まりだった。


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