第2話 コーラとポテチでヴァイキングの首領を目指す

 第一章:コーラとポテチでヴァイキングの首領を目指す


 拝啓、日本にいるお父様、お母様。お元気ですか? 俺は元気ではありません。タイムスリップして、半日と経たない内に、ヴァイキングに捕まり、奴隷になろうとしています。


 こうなった経緯を手短に話すと、タイムスリップ先がヴァイキングたちの村で、たまたま通り掛かった獰猛な男に捕まってしまったからです。


 俺は声を大にして言いたい。タイムスリップさせるにしても、送る場所を考えろと。ちょっと足りない脳ミソを働かせれば、ヴァイキングの村に送られればどうなるかなんて明白だよね! 阿呆なの? 死ぬの?


 そんな世界で一番可哀想な俺だが、まだ完全に絶望したわけではない。なぜならまだ奴隷を免れるチャンスが残されているからだ。


 ヴァイキングたちは黒髪黒目の人間を初めて見るようで、俺をどうするべきか扱いに困っている。そこで村の裁判にかけることにしたのだ。裁判の内容は俺を奴隷にするか、村人とするかだ。この裁判に俺の人生すべてが賭かっていた。


「逃げることも難しいよな」


 ヴァイキングの村は四方を海と山に囲まれた天然の要害となっており、地理に詳しくない者が逃げようとしても逃げ切ることは難しいだろう。


 さらに俺が連れてこられた建物は石造りである。この時代、一般的なデンマーク人は地面を掘り下げ、粘性の高い土と草を組み合わせた住居に住むのが普通で、石造りの建物は権力者しか住むことが許されていなかった。つまり俺がいるこの建物は警備が厳重である可能性が高いということだ。


 そして俺を誘拐したヴァイキングの存在が最も厄介だ。角のついた兜と毛皮のベスト、丸太のような太い腕に、腰に差された手斧。凶暴という言葉が服を着て歩いているかのようだった。


「おい、裁判が始まるぞ。付いてこい」

「ああ」


 きっと女神が気を効かせてくれたのだろう。俺はこの時代のデンマークの公用語であるノルド語が話せるようになっていた。さすがにコミュニケーションが取れないのでは、生き残る可能性も極端に低くなっていたはずなので、そこに関してだけは正直ありがたい。あのクソ女神に感謝はしないけどな。


「ここが首領室か」


 案内された部屋は裁判や会議を行うための部屋で、中央に玉座と、テーブルが並べられていた。部屋の中はヴァイキングで溢れかえっており、中央の玉座に白髭の男が座っている。顔には幾本もの刀傷が刻まれている。


「あいつが首領か……」


 人を顔で判断すべきではないと思うが、泣いて謝っても許してくれそうにない。生き残るためには工夫しないといけない。


「思い出せ。この時代の奴隷を……」


 昔読んだ歴史小説の内容を何とか思い出す。そして思い出すと同時に、自然とため息が漏れた。この時代の奴隷は下手をすると黒人奴隷時代よりも厳しい、歴史上最も奴隷が冷遇されていた時代であることを思い出したのだ。


「やべえ、泣きそうだ」


 奴隷制度は様々な種類がある。例えば古代ローマの奴隷制度は主人が勝手に奴隷を殺すことは許されなかったし、食事を与える義務も存在した。しかしだ、この時代の奴隷は違う。奴隷に食事を与えるも与えないも主人の自由だし、生殺与奪ももちろん自由、さらに本人の意思を無視して性交渉に及んだとしても何も罰則が与えられない。本当に主人の物になるのだ。


 つまり主人が良い人であればそこそこ幸せな人生を過ごせるし、悪い主人であれば地獄の人生開幕というわけだ。


 だが奴隷を購入するのはデンマーク人、つまりはヴァイキングだ。学校の不良や、街のヤクザなんかよりも恐ろしい。人を殺すことを仕事にしている奴らが、良心を以て接してくれると期待するのは、宝くじの当選を期待するよりも馬鹿げていた。


 それに何より、運良く優しい主人に当たったとしても、男の奴隷に与えられる仕事は間違いなく農作業だ。スポーツマンならともかく、引き籠もりのインドアオタクの俺が、厳しい農作業に耐えられるとは思えなかった。途中で逃げ出す自信が俺にはある。


「では主神オーディンの名の元に、この男の裁判を始める」


 奴隷となるのを避ける方法を考えるため、俺はこの時代の裁判について思い出す。ヴァイキングたちの裁判は彼らの粗暴なイメージとは異なり民主的に行われる。まず村人が首領に対して議題を提案し、首領がその提案を了承すると、裁判が開廷する。その後は首領が進行役として裁判を取り仕切り、最終的にその議題を可決するか否決するかを多数決で決める。この時首領の一存だけで決定することはなく、あくまで過半数の同意を取らねば、首領だとしても判決を覆すことはできない。


 つまりだ。この場にいるヴァイキングたちに、俺の奴隷化を反対させなければならないのだが、彼らは皆退屈そうに話を聞いていた。中には寝ている者までいる始末だ。


 やばい、やばいと俺の直感が告げていた。ヴァイキングたちの興味なさげな態度を見るに、俺が奴隷になることは既定路線なのだ。それも当然で、見ず知らずの他人を仲間に加えるより、奴隷としてこき使った方が、彼らの利益になるからだ。


「こちらから打って出るしかねぇ」

「ん、何か言ったか?」

「言ったさ。お前たち失礼だろう。俺を誰だと心得る。運命の女神ウルズの使者なるぞ」


 俺がそう叫ぶと、この場にいる半分の男たちは嘲笑し、半分の男は驚きの表情を浮かべていた。


 予想通りの結果に俺は内心ほくそ笑む。西暦八〇〇年のデンマークでは北欧神話が信仰されていた。黒髪黒目の普通でない外見の俺が、女神ウルズの使者であると名乗れば、おおよそ半分の人間は信じるだろうと考えていた。


「女神ウルズの使者だと。助かりたいからと嘘を吐きよって」

「嘘じゃないさ。証拠もある」


 ヴァイキングたち戸惑いを隠そうともせずに騒ぎ始める。理想的な話の流れだ。俺は言葉を続ける。


「そもそも俺が女神ウルズの使者として送られたのは、ウルズの泉の神水を勇猛なるヴァイキングたちへと届けるため」

「私たちのために……いや、それよりもウルズの泉とはユグラシルドの根に湧くという泉のことかっ!」

「そう。飲めば体に力が満ち、寿命を延ばすという神水だ」

「その神水をお前は……いや、あなた様は我々に授けてくださるというのですか?」

「水瓶を持ってこい。お前たちに飲ませてやろうではないか」


 ヴァイキングの首領がゴクリと息を呑むと、家臣の男に水瓶を持ってこさせる。水瓶は白く美しい陶器で、この時代では高級品のイスラム帝国からの輸入品のようだ。そんな高級品を日常使いしている事実だけでこのヴァイキングたちがどれだけの力を持っているのか測り知ることができた。


「見せてやろう、神の御業を!」


 水瓶の液体に触れると、触れたモノをコーラに変える能力を使用し、透明な水を真っ黒なコーラへと変える。


「これがウルズの神水、コーラだ」

「おおっ! 水の色が変わっている、しかも水が泡立っているぞ」


 水釜のコーラを見たヴァイキングたちが騒ぎ始める。一部の男たちは俺へと尊敬の眼差しを向け始めた。


 キリストは石をパンに変えて、あれだけの信仰を獲得したのだ。眼の前でそれ以上の奇跡を見せられれば、このような態度になるのも当然だ。


「飲んでみろ」


 首領に勧めるが、抵抗があるのか口にしようとしない。それも当然で、見たこともない黒い水をいきなり飲めと勧められて飲める方が少数派だろう。


「毒はない。俺が先に飲んでやる」


 水瓶のコーラを掬って飲んで見せる。俺がしっかりと口にしたのを確認した首領も続くように水瓶のコーラに口をつけた。


「な、なんだこれはっ! 口の中でパチパチと雷が奔る」

「この水には雷神トールの加護が込められているのだ。どうだ。力が湧いてきただろう」

「疲れが吹き飛んだように感じます」

「これが神水コーラの力なのだ」

「力が湧き、寿命が延びる。まさしく神水です」


 炭酸には疲れを取る効果があると云うし、寿命が延びるかどうかは、どうせ誰にも証明できないのだ。ばれることはない。


「さてヴァイキングの首領よ。お前は女神の遣いであるこの俺を奴隷とするか、それとも仲間として認めるか? どちらだ?」

「女神ウルズの使者を奴隷など滅相もない」


 思惑通りの展開に俺は小さくガッツポーズを決める。これから自由市民として、当たり障りのない人生を送ってやる。


「皆の者も異存ないな。ないならこの者をウルズ神の使者と認め、我らの副首領としたいのだがどだ?」

「「賛成っ!」」

「えっ?」


 副首領? なんだそれ? そこまでは望んでないぞ。


 俺の気持ちを知ってか知らずか裁判は順調に進み、主神オーディンの名の下に、俺はヴァイキングたちの副首領になることが決まったのだった。


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