014 科学と魔法と武器と

ロクネンがスピカを連れて事務所に立てこもってから、もうどれぐらいの時間が経ったのだろう。

あれからおれ達は、どのようにしてあのおっかないステラ達と対峙すればいいのかについて議論した。が、しかし、もちろん緊張感が5分と持たないのがこの異質なメンバー、スターゲイザー御一行様の特徴だった。議論に行き詰まったその時、ロクネンは思いついたように「ここは僕に任せてよ!」と言い、おれ達から“武器になりそうなもの”を掻き集めては、スピカを連れて事務所に駆け込んだ。「僕が良いよって言うまで絶対に開けちゃだめだからねぇ」と鶴の恩返しが如く決め台詞を残して、二人は闇に消えていった。


あまりにも長い時間放置されたおれ達は、時間を持て余していた。みずたまがスクールバックからトランプを取り出し、ラウンジに残された八鹿、みずたま、おれの3人で七並べをする。もっとババ抜きとか神経衰弱とかあっただろうに、随分とマニアックなチョイスをした八鹿だった。


「でもおにーさ、じゃなくて、木津くん。どうして銃なんて持ってたの?」

「バイト先の駄菓子屋で売れないからって貰ったんだよ。あれ、玩具。エアガンだよ。今時の子供達って砂場でBB弾集めとかしないのな。ばーさん泣いてたぜ」

「木津はバイトば掛け持ちしとっとか?」


真面目な風を装っているが明らかに口角が笑うのを我慢している。絶対にこの酔っ払いがスペードの6を塞き止めてやがる。おれは仕方なくハートの8を並べた。みずたまが「ハートの8! やったー待ってました!」と叫ぶ。


「ああ。コンビニ、駄菓子屋、学校の売店、塾講師、ファミレス、5つ掛け持ちして毎日朝から晩まで間髪入れず働いてんだよ。おれ、海外に住むのが夢なんだ。その為の資金集めってとこだな。だからさっさとこの夜終わらせて、一円でも多く稼がなきゃなんねえの。呑気に七並べしてる場合じゃねえの」

「涙ぐましか努力たいね。俺なんかもう働きたく無かばってんね。毎日毎日、再配達の繰り返しで気が狂うごたあ! きさんらで指定した時間ぐらい家におれっちゃ」

「そりゃ大変。みんなコンビニ受け取りにすりゃいいのにな。おれの仕事増えるけど」


みずたまが「もー!スペードの6止めてるの誰なの〜」と目をぐるぐる回している時だった。長く閉ざされていた事務所の扉が開いて、ロクネンとスピカがやっと顔を出した。ロクネンはにこにこしながらレジカウンターの仕切りを潜ってラウンジに来ては、おれ達の前でむんずと胸を張った。


「大変お待たせして申し訳なかったねぇ、いやはや、こいつを作るのには大分苦労したもんだよぉ」


そう言いながら、それぞれから預かっていた武器になりそうなものを手渡していく。八鹿にひあバイク用のグローブ、みずたまには傘、おれにはエアガン。渡されたものはどれも一見変わった様子はなかった。訳が分からないといった表情をしているおれ達を見て、ロクネンはふふふと笑ってノートパソコンに映る映像を巻き戻した。小学校の青白い校舎。飼育小屋付近。身に覚えのある、あのシーン。


「僕、監視カメラで君たちとレグルスがやり合うのを見ていたんだけどねぇ、ほら、ここ。スピカが君たちを助けに来るシーン。ここでレグルスの動きが止まったでしょ? これ、スピカに何をしたのか聞いたんだぁ」


ロクネンは流し目でスピカを見る。スピカは頷いてロクネンの台詞に言葉を続けた。


「この時私は、月の光を集めた魔法を放ち、レグルスの動きを一時的に止めたのです。一般的なステラであれば、あの一撃で負の感情は浄化されて消えるはずなのですが。あのレグルスというステラの魂は、一般的なステラの何倍も強い負の感情を纏っているように感じました。だから、消えずにそこに留まっていることが出来たのです」


そうか。負の感情は本来、月光ステーションで月明かりを浴びて浄化される。だから彼女達の弱点は月の光な訳だ。おれ手渡された小銃を見つめながらロクネンに尋ねた。


「で、これは一体?」

「君たちから預かった武器になりそうなものに、ちょっとした小細工をしただけだよぉ。スピカの月の魔法を掛けたんだぁ。スピカと天才小学六年生の共同開発だよぉ! つまりその武器でステラを殴ったり撃ったりめった斬りにすれば、ステラの魂は浄化されるって訳さぁ!」

「……あんた、可愛い顔でよくそんな物騒なこと平気で言えるな」


商標登録しよっかなぁ〜と呟ロクネンの横で、剣道の素振りみたく傘をぶんぶんと振り回すみずたま。さっそくグローブを手に付けた八鹿もシャドウボクシングをしてみせる。やっぱり、小銃を何度見回しても、一見どこも変わった様子はない。ロクネンはおれの顔を覗き込んで、悪魔のような不気味な笑みを浮かべた。


「ちなみに木津くんのエアガンは、BB弾に魔法をかけてあるからねぇ。それ玩具だけど、飛距離を最大限に伸ばしてみたから、的を外しちゃ格好悪いよぉ、せいぜい僕の血と汗と涙と努力の結晶を無駄遣いしないように気をつけてねぇ」

「……てかあんたはどーすんだよ。その給食袋からちらちら覗いてるスパナにも魔法をかけて、あんたもステラの一人や二人、ぶん殴れば?」

「いやいや。僕、こう見えて運動神経だけは最悪、あゆみで体育だけ1年生の時からずっと“もう少し頑張りましょう”の評価なんだよぉ。僕は足手まといにしかなんないから、討伐はみんなで行ってきてねぇ。それに、僕には、僕にしか出来ないもっとスゴイコトがあるんだからぁ」


なんて無責任な。要はこいつもステラが怖いんじゃないか。怪談のひとつでもしてこいつをビビらせてやろうかと思ったその時、ロクネンがノートパソコンを指差して言った。


「ほら、こうしている間にも2号線に、お化けの大名行列の再登場だねぇ」


小さな画面には、しおかぜ観光ビルの前で踊り狂っていた宗教団体が映っていた。商店街を抜けて、港通りを抜けて、奴らは駅前の広場まで行進を進めていた。不気味な笑みを浮かべたうさぎや熊やパンダなんかの着ぐるみ達。数は千、いや二千は居るだろうか。こいつらが負の感情を入れられたステラだってか。なるほど、確かにどの着ぐるみからもただならぬ狂気を感じる。おれは、汗ばむ手で小銃を握りしめた。


「さぁ、お菓子パーティーはこれにて終了。スターゲイザーのみんな、張り切って出動だよぉ!」


一番安全圏にいるロクネンが、楽しげに叫んだ。

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