第35話

「ただいま」


「今日試合どうだったの?」


「負けたよ」


 母の言葉を待たずに久留美は階段を上がった。


 自分の部屋に戻ると肩にかかったエナメルバッグをおろして椅子に座る。机の上のトロヒィーの輝きが反射して疲れ切った顔を映し出した。


 ――ピッチャーやめた方がいいよ。


 久留美は悔しいやら恥ずかしいやらでくしゃくしゃになった感情を抑えられなくなり思わず、


「ああああああ!」


 と叫んだ。その悲痛にも似た叫び声はこの狭い部屋の片隅まで行き度どいてやがて久留美の体にぶつかる。そのまま目を閉じた。



 第二回戦は先発はりかこ、キャッチャーは翔子が務めた。ファーストは腰のケガが悪化した琴音に代わり真咲が守る。


 ベンチスタートとなった久留美は気持ちを切り替えて精一杯声援を送る。


 創世大の先発は三年の池末、キャッチャーは四年生の大垣だった。昨日ネットニュースに堂々と載ったノーヒットノーランの偉業を達成した神崎はベンチにはいるもののウィンドブレーカーをきていて今日の登板はなさそうだ。


 先攻の光栄大は創世大の先発池末の前に完璧に抑えられて四回終わってまだ二安打と沈黙。


 創世大は三回にりかこをとらえ三点を奪うと五回以降選手を入れ替え守備固めに入った。選手層の厚い創世大の逃げ切り作戦に少数精鋭の光栄大学は成すすべもなく結局スコアは変わらず0対3のシャットアウトで勝ち点を落とした。


 久留美はこの試合一度もブルペンに入らなかった。いや入ることが出来なかった。あのマウンドに登ることが怖くなっていたのだ。


 リーグ戦は終盤に差し掛かり次の相手は東京国際学院大学だ。しっかり勝ち点を取れればまだ優勝の可能性はある。


 久留美は同じ失敗をしないようにこの一週間徹底的に投げ込み、苦手なフィールディングも人一倍こなした。不安を練習でかき消したかったのだ。これで大丈夫と自分で納得するまで追い込んだ。





 それなのに……。




 東京国際学院大との試合では五回持たずにマウンドを降りた。結果は四回三分の一を投げ被安打三、四死球七、失点四というもので自分のピッチングが全くできなかった。代わったピッチャーの翔子も二点をとられ最終回に決死の猛攻で三点を取り返すが反撃も実らず初戦を落とした。


 第二回戦は終盤にライトとセカンドの間にポトリと落ちたアンラッキーなヒットを皮切りに不運なヒットが続きツーアウトからの失点を許した。


 投手四人を使った東京国際学院大にとって十八番の継投作戦とキャッチャー虹村の裏をかくリードにも翻弄され光栄大の打線はチャンスを作るがあと一本が出ずに二連敗。


 優勝が完全になくなった。


 順位は勝ち点二、勝率四勝四敗で勝ち点は同じでも勝率で勝る港経大に次いで四位としていたが、Aクラス入りも危うくなっていた。


 駿台学院大学とのリーグ最終戦。久留美は第一回戦の先発を外れた。りかこの意地の投球に答えるように奮起した打線は五回コールド11対0で勝利するとその勢いそのままに第二回戦も完勝。


 りかこは久留実の状態が優れないことを見極めて連投を志願した。

 

 しかし順位変動はなく光栄大の春季リーグ戦は勝ち点三、勝率六勝四敗の四位に終った。


 創世大は他を寄せ付けず全勝優勝。


 こうして初めての春季リーグ戦は久留美にほろ苦い経験と大きな課題を残して幕を閉じたのだった。


 東京真大学春季リーグ順位


 一位 創世大学

 二位 東京国際学院大学

 三位 港経済大学

 四位 光栄大学

 五位 慶凛大学

 六位 駿台学院大学(二部リーグ一位との入れ替え戦へ)




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