第8話


第二回戦の港経大の先発は、昨日完投したばかりの西川だった。昨日の試合がよほど悔しかったのか、またはエースのプライドか連投の疲れを感じさせない。立ち上がりで光栄打線を三人で抑えた。その気迫に敵ながら圧倒される。りかこさんも手馴れたように野手にポジションの位置を指示して軽快に投げる。ベンチには、私と希さんそして腰の具合が良くなくスタメンを外れた立花さんがいた。代わりにファーストを守るのは真咲さんだ。りかこさんは、再三ランナーを背負いながらも要所をしっかりと抑えるピッチングを続けていた。

私は、この試合でりかこさんの凄さを改めて感じた。まずテンポがいいこと。バッターの打ち気を誘うボールを早いカウントで打たせゴロを量産する。万が一ヒットになっても芯をはずしたあたりだから単打になり後続のバッターに連打を許さない。ゴロを打たせるから当然併殺が多くなり球数も一イニング十球以内に収まる。

リズムがいいから野手は守りやすいし攻撃にも生きてくる。なにより意図を持って打ち取っていた。打者ごとに野手に指示をだしここに打たせると意識させる。意識した野手の集中力を持続させる効果があった。まるで女王様のような立ち振る舞いで試合を作っている。

「さぁいい加減点とってちょうだい。ソフィー。あんたそろそろ仕事しなさい」

「Deixe euデイシ・エウ(まかせてください)ソロソロウツヨ」

六回裏の攻撃。先頭バッターのソヒィーさんが意気揚々にバッターボックスに立つ。一試合に一本はヒットを打つポテンシャルを持つこの人の三打席目は、嫌でも期待がかかる。ピッチャーは特に神経を使うバッターだから何倍ものスタミナを消費する。

 リズミカルに足でタイミングをとり初球の入りを読んでいる。定石どおりのアウトローの変化球を力みのないスムーズな動作で呼び込んだ。足が地面についた瞬間バットが見えないほどのスイングであっという間に打球は一二塁間を抜けた。 

リードをいつもより多くとると当然ピッチャーはけん制が多くなりバッターに集中ができない。六回裏。ここでの失点は許されない。得点圏にランナーが進めば長打一本で点を奪われるからだ。四番の真咲さんとランナーのソヒィーさんのプレッシャーに押しつぶされそうになっている港経大の西川はボール先攻でカウントを悪くする。抑えるために得意の緩い変化を投げたいがランナーに盗塁をされたくない心理からストレートを中心に投げるしかなかった。真咲さんとの勝負を避けることはできるが今日五番に入ったりかこさんは二安打とあたっている。ボールスリー、ワンストライク。肩で息をする西川はようやくキャッチャーのサインに頷くとクイックで投球した。と同時いや少し早いタイミングでソヒィーさんが走った。迷いながらも投じたのはカーブだった。この打席一度もバットを振っていなかった真咲さんが待ってましたといわんばかりに打ちにいく。「エンドラン」相手キャッチャーが叫んだがもう遅い。肩口から曲がるカーブをめいいっぱいひきつけて逆方向へ叩いた。ライトがボールを捕球するときにはソヒィーさんはもう二塁を蹴っていた。この回の三塁コーチャーの詩音さんがスライディングの指示を体全体を使ってジェスチャーする。

 セーフ。

 三塁塁審の腕が横に水平に伸びる。

 ノーアウトランナー、一、三塁。

 一気に押せ押せムード漂う光栄大のベンチで私はもどかしくなり希さんを呼んでキャッチボールをはじめた。バッターボックスのりかこさんは真咲さんからのサインに頷いて、ピッチャーを睨む。港経大は一度タイムを取りマウンドに野手を集めた。

 ランナーが三塁にいる場合一番気をつけたいのはバッテリーミスだ。パスボールはもちろん、ワイルドピッチ、ボークは絶対にやってはいけない。つまり三振を取ったり、ゴロを打たせたりするときに使う低めの縦の変化球が投げにくくなるのだ。そうなると自然にストレートを投げざる終えない。バッターとしては、的が絞りやすく外野フライでもいいのだから気楽なものだ。

 西川は一塁ランナーを捨てクイックモーションではなくセットポジションから三塁ランナーを目でけん制して足を高く上げて投げた。ストレートの威力を上げることを選択したのだ。真咲さんはそれを見てゆうゆうスタートをした。りかこさんもそのことを読んで初球を見送ると港経大の選手は思っただろう。否、りかこさんは直前になってバントの構えにスイッチした。意表つかれた内野手は慌てて前に出るがりかこさんはあざ笑うように一塁側にバントをした。その瞬間にソヒィーさんがスタートを切る。

セーフティースクイズだ。

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