第52話 皇女としての決意

「エレノア……?」

 目を開けると、不安そうな表情の母ジャンナの顔があった。

そして、ジャンナは恐る恐るエレノアの頬に触れ、そっと抱きしめた。

「カルロスのために、泣いてくれるのね……ありがとう」

 ジャンナの言葉で、エレノアは自分が泣いていることに気付いた。

 しかし、エレノアは自分が今悲しんでいるのか、怒っているのか、喜んでいるのか分からなかった。ただ、カルロスが死んだ理由、彼が抱いていた想いを知り、父が家族や良心を捨ててまで守ろうとしたものを今度は自分が守りたいと思った。

「お母様、私は皇女としてこの国のために生きていきたいと思います。父のやり方は、やっぱり許せません。でも、確かに父は国を守ろうとしていました。私は私のやり方で、この国と向き合っていきたいです」

 エレノアは、母と真っ直ぐ向き合い、自分の心のままに言葉を紡いだ。

「エレノア、あなたはもう自由なの。好きに生きていいのよ。いいえ、好きに生きてほしい。私は、もうあなたを国の事情で振り回したくないの」

 ジャンナは、はっきりと強い意志をもってエレノアに言った。もう、目の前にいるのは夫の死を嘆き悲しむだけのか弱い女性ではなかった。

 好きに生きてもいい。

 それは、エレノアが今までずっと待ち望んでいた言葉だった。

 もう何にも縛られず、生きたいように生きられる。

 それは素晴らしいことのようなのに、今となっては素直に喜ぶことはできなかった。


「お母様、それでも私は皇女として生きていきます」


 エレノアはそうはっきりと告げながら、背後には愛するジルフォードの気配を感じていた。

 自由に生きていい、ということはジルフォードの収拾屋で平凡な毎日を過ごしてもいいということ。

 それでも、〈鉄の城〉と収拾屋、どちらかを選べと言われたら、今のエレノアは〈鉄の城〉を選ぶ。

 あんなにも逃げ出したいと思っていた城なのに、今、エレノアの居るべき場所はここだと感じている。

 ジルフォードの側は心地よかった。自分の存在は無視されず、何もしなくても優しくしてくれて、何よりもありのままのエレノアを受け入れてくれたから。

 それでも、このままジルフォードに甘えているだけでは、彼に相応しい女性にはなれないだろう。

 自分の役目を、責任を果たさなければ。

 そうでなければ、過去を乗り越え、今を強く生きるジルフォードの隣にはいられない。


「エレノアはもう、立派な皇女よ。私は、あなたのことを心から誇りに思うわ」

 そう言って、ジャンナは、初めてエレノアに晴れやかな笑顔を向けてくれた。母の苦悩も、父の苦悩も、エレノアには記憶として見ることはできても、本当に感じることはできない。外側から見ているだけだから、綺麗事が言えるのだ。後から何を言っても、過去を変えることはできない。きっと、悔しい想いを何度も味わってきただろう。

 エレノアに言われなくても、できることなら綺麗事を実現したかったはずだ。当時の苦しみも何も分かっていないエレノアの言葉は、きっと軽く、無責任なものだっただろう。それなのに、ジャンナはエレノアのことを誇りに思うと言ってくれた。


「ありがとう、お母様」


 本当は、勝手なことばかり言ってごめんなさいと謝りたかった。

 でも、ジャンナが望んでいるのはそんな言葉ではないとその表情で分かってしまったから、エレノアは泣きそうになりながらも笑みを作る。


「あなたは、私の可愛い自慢の娘よ」


 今度は強く、今まで抱きしめられなかった分を取り戻すように、ジャンナはエレノアをその細腕でぎゅっと抱きしめた。

 エレノアも、ずっと求めていた母のぬくもりを全身で感じていた。

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