第5 話  3

 二人が出て行って暫くすると、玄関からチャイムが鳴り響いた。

「はーい」

「……私が行く」

 立ち上がろうとする千和を制して、留衣が玄関に赴いた。

「荷物かなぁ」

「桃之助からのプレゼントは昨日着いたから違うだろ」

 千和とエンジの会話に、鬼藤は首を傾げた。

「なあ、あいつの兄貴ってそんなにシスコンなのか」

「シスコンとか可愛いもんじゃないって。桃子と付き合うなんて、死神に命を捧げるレベルだわ」

「エンジくんはそう言うけど、桃之助くんは優しいし、かっこいいし完璧なんだよ!」

 二人から全く正反対の言葉が返ってきて、鬼藤は更に困惑する。

「……それってどういうヤツなんだ」


 玄関に来た留衣は、少し逡巡していた。

 長年使用していなかったこの別荘だが、桃子を守るために玄関もセキュリティを強化してある。

 インターフォンに付けられたカメラによれば、来客は桃子達の担任の木藤だ。

 ――なぜ、木藤が?

 夏休み真っ只中に家庭訪問があるなどいうお知らせも無ければ、三人の誰も話していなかった。

 ここで考えていても仕方がない。木藤の素性は明らかだったが、留衣は念には念を重ねて、ドアにチェーンをかけてから開けることにした。

「どうも、こんにちは」

 言葉を探しながら頭を下げる木藤は、幾分幼く感じる。

「……本日は一体何用ですか」

「え。あの、鏡花から聞いてませんか」

 沈黙が答えだった。

「桃子さんのお誕生日会をするので絶対に顔だけでも出してくれ、と再三お願いされてここに来ました。桃子さんがご在宅でないなら、ここで失礼します」

 深々と頭を下げて辞そうとする木藤に、留衣が引きとめようか数瞬迷っていると「待って」と大きな声が背後から追いかけてきた。

「せ、先生……」

 現れた桃子に、思わず留衣は硬直してしまった。

 元々の端整な顔立ちに、淡く化粧が施されて、いつも自然に流している髪も綺麗に結い上げられている。

 木藤も目を奪われているようだ。呼び止められてから一歩も動いていない。

「初めてにして最高傑作なんですが、どうでしょうか」

 含み笑いを浮かべながら、桃子の背から鏡花が顔を覗かせる。

「あ、ああ……そう、だな」

 珍しくしどろもどろな受け答えの木藤に、桃子は不安を覚えたのか、鏡花のほうを何度も窺う。

「これがわたしからのプレゼント。ねえ、先生。綺麗におめかしした桃子とデートあげてよ」

 言いながら鏡花は、桃子の背を押して木藤のほうへと差し出す。

「二人で出かけるというのは……」

 状況を把握した留衣が、止めようと口を挟む。木藤は固まってしまっている。

「留衣、お願い」

 留衣の右手を包みこむようにして、桃子が必死な表情で強請る。一度決めると桃子はてこでも曲げない。意志の強さが眼に宿り、光放っている。

 ――まったく、誰に似たんですかね。

「お願い」

「……一時間だけですよ」

 留衣は大きく溜息を吐くと、木藤に目配せした。木藤もそれを受けて、深く肯いた。

 チェーンを外すと、ドアを開け放つ。

「ありがとう、留衣」

 木藤の腕を引いて、桃子は外へ飛び出した。

 エンジと千和から、木藤の身体能力について聞かされたことがある。

 それに、生徒からの信頼も篤いようだ。桃子もよく懐いている。

 一時間ならば許容範囲だろうと、甘く見積もった。

「余計なことをしてごめんなさい、留衣さん」

 玄関を見つめる留衣の背中に、鏡花が声をかける。

「本来ならばもっと自由をあげたいところですが、彼女の場合はそうもいかないので――今回だけです」

 「食事が冷めますので戻りましょう」と留衣に促されて、鏡花もリビングへと戻ることにした。

 途中、玄関の様子を窺っていたエンジと千和を回収して、主役抜きでパーティは続けられることになった。


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