第4話

第4話 1


 お祖母ちゃんと留衣に手配を進めてもらって、鬼ヶ島高校に転入を決めたのは、今年の二月のことだった。帽子を深く被って、すれ違う人影も無いのに、人の目を気にしながら校舎を歩く。

 その日は全国的に雪の予報だった。初めて来た鬼ヶ島にも雪がはらはら舞っていて、景色も薄暗くて重苦しい。

 転校前にわたしは先生に会うことになった。他の先生達がわたしの転入を反対する中、唯一請け負うと言ってくれたのが木藤先生だったらしい。

 つまり、木藤先生が居なければ、わたしの転校は成り立たなかったことになる。

 案内された理科室は、薬品の臭いが染み付いているようで、鼻の奥をツンと刺激する。実験用の大きな机を挟んで、わたし達は腰を下ろした。

 ――こんにちは。はじめまして。

 現れた先生は抑揚の少ない声で、初対面ではすこし冷たく感じた。

 はじめまして。

 わたしの声は風邪で掠れてしまったみたいに小さくて、すこし震えていた。自分で選んだことと割り切ったつもりでいたけれど、いざ転校するという事実を目の前にすると物怖じしてしまう。

 先生は予め準備していてくれたのか、人数分の紙コップに温かいコーヒーを注いでくれた。口にすると、温かさが内から広がる。冷たくなってしまった体に、温もりを注がれているようで、ゆっくりと強張りが解れていく。

 ――帽子、取れるか?

 目深に被っていた帽子を取ると、視界が開けて先生の顔がよく見えた。

 容姿に頓着していないのか、影に同化しそうなほど真っ黒な伸びっ放しの髪に、いつの時代のか問いたくなるような分厚い眼鏡。鬼の人にも、黒い髪の人が居るんだなぁ。そうじろじろと見ていると、先生と眼が合った。

 眼鏡の奥に、隠されたように輝く金色の眼。

 ――よく取れたね。オレも眼鏡を外そうか。これ、伊達なんだ。眼の色が目立つから掛けるようになったんだけどな。……君は? なんで帽子を被ってたの?

 先生と、同じです。黒髪、目立つかなって思って。

 ――そうか。同じか。

 先生が笑うと、なんだか嬉しかった。金色の眼は、ほたるの光みたいにふわりと優しく輝いている。誰の眼とも違う、温かさがいっぱい詰まっている。

 ――君が桃太郎の子孫ということで、この島では歓迎されないかもしれない。正直、オレは反対だ。君が前に居たところ以上に傷つくこともあるだろう。

 ……それでも、ここに来たいのならば、オレは教師として出来る限り全力で君を守るよ。

 そして、先生は約束通りわたしを迎え入れてくれた。

 そんな出会いから、もう五ヶ月。鬼ヶ島は夏を迎えていた。


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