5-10

「――せろ」


 ふわふわとした暗闇の中、聞こえたのはそんな声。

 男の人と女の人の声が混じったような不思議な声。


「誰?」


 疑問に思って尋ねてみる。自分の声がきちんと出ているのか、それはわからない。

 しかし、声は届いている、そんな気がした。

 すると声は質問には答えなかったが、ぽつりと返してきた。


「食わせろ」


 それは言葉の乱暴さとは裏腹に、胸に迫るような響きを伴っていた。

 そしてその欲望は、ただの食欲ではないように思えた。

 いったい、何を求めているというのだろう。

 いや、今ならなんとなくわかる。

 この声の主が求めているのは、『本当のかたち』だ。

 かつてのものではない、完全なかたち。

 人のかたちの終着点。あるいはその先。


(でも――)


 と、自分はその声からすらも、耳を閉ざした。

 そんなこと、自分にはもう、関係ない。

 どうでもいいのだ。

 だって、あの人はもういないのだから。

 そんなかたちに、興味も、意味もない。

 どうなろうと、もうあの人には会えないのだから。

 そして意識は、またまどろむ。

 だがそこで、ふと聞こえた気がした。

 それは、大好きなあの人の音。

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