2-5

「あー……しんど……」


 カリーナの店から出て路線車に乗り、イースト三番街へ向かったノインだったが、目的地の停留所で下車するなり、非常にくたびれた様子で早朝の空を仰いだ。

 ノインの後ろからは、続々と人が降りてくる。その中にはリリの姿もあり、彼女はノインを見つけると、ハンチング帽子を押さえながら駆け寄ってきた。車中の混みようでもみくちゃにされ、しばし離れていた二人だったが、なんとか無事に目的地で下車することができた。


「今日、人多くねぇか……」


 カリーナから渡された紙袋片手に自宅へ足を向けながら、ノインは停留所を振り返る。

 平日のこんな時間だというのに、路線車はかなり混んでいた。そもそも狭い車内であるというのもあるが、明らかに乗客は多い。朝になれば魔法使いの出現が止まり、魔法使いそのものもどこかへ帰っていくとはいえ、ここまでの活気があるのは何とも珍しいことだった。おかげで、歩く労力を金で買ったはずが、変に疲れる羽目になってしまった。


「今日なんかあったっけ……?」


 疲れた表情でヴェストシティの年間行事を思い返すノインだったが、思い当たる節はない。今日は祭事でもなんでもない日のはずである。

 しかし、別の通りとの交差点に差し掛かった時、ノインはあれだけの人出の理由を理解した。


「……そうか。朝市か」


 ノインは交差点で立ち止まると、今いる通りと平行に走る隣の街路を見やった。

 そこには道を行き交う大勢の人々の姿。道には交通規制がかかり、その両端には簡易な店が軒を連ねている。場の喧騒は少し離れたこの位置まで届き、夜の静けさなど想像できないほどだった。まだ露店の組み立て途中であったり、商品を並べている最中の店もあるようだったが、既に商売を始めている店もちらほら見て取れる。

 ヴェストシティでは月に一度、早朝にこうして市が開かれる日がある。

 魔法使い出現の問題から三番街で開かれるのは珍しいが、今日はここが会場らしかった。

 この朝市はずっと昔から続く、伝統ともいえるイベントだ。場所や日時は不定期で、街の商工会が一月前にラジオ放送で告知することになっている。よって祭事ほどではないが、ヴェストシティの中では割と大きい催しという位置づけになっており、相応に人出もあるのである。

 早朝は、街のどこであれまだ魔法使いが残っている可能性もあるというのに、妙なところで人間というのは図々しい。この市において魔法使い絡みの問題は自己責任ということになっているが、あの化け物と日頃対峙しているノインからすれば、度胸があるというか、命知らずというか、なんとも複雑な心境である。

 一応、商工会側も戦闘訓練を積んだ人間を各所に配置していたり、最寄りの公安署に働きかけて、市の前夜だけ会場周辺の魔法使いを念入りに駆除するように嘆願していたりするようだが、それで完全に魔法使いの脅威がなくなるわけではないのだ。ただ、最終的な許可を出している市政府側は、経済上の観点もあって市の開催を容認しているようではあるが。

 しかし逆に言えば、今のところ朝市を中止すべき事態が起こったことはないということにもなる。魔法使い被害が頻発するようなことがあれば、こんな行事は続かないだろう。

 そしてノインはふと横にいる少女に視線を移す。

 なんとなく予感していたが、彼女は市の様子に興味津々であるようだった。


「行ってみるか?」


 方角的にも帰り道なので、横にいたリリにそう聞いてみる。

 すると彼女は期待に満ちた眼差しで、しきりに頷いてみせたのだった。

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