第27話 見落としとかいう即死罠

  

「ボクは負けを認めるよ」


 ルール1、どちらかが負けを認めたらそれで終わり。

 このルールどおり、ナトはシーズに自分の負けを口にし、二人の勝負に決着がついた。


 ナトは両手を上げて敗北のポーズを取りつつ、シーズの目の前に来た。

「何か仕掛けていないよな?」

「今が切り上げ時だと思います。冒険者パーティーにボクを売り出すためにはビックネームとケンカするのが一番でしたから」

「なんだ、それは」

「一番強いヤツとサシで戦えばそれなりに有名になれる」

「打算的にケンカを売ってきたワケか」

「そういうことです。ボクの力をみんなに見せたし、いい宣伝になれました。ありがとうございます」

 ナトは深々と頭を下げた。

「なあ、ナト君」

「なんでしょうか?」

「それで済むと思っているのか? キミは」

 ナトは口を閉ざす。

「強い冒険者と戦うのはいい宣伝方法だと思う。キミはそれなりに実力もあるし、奇抜な思考力もある」

「ありがとうございます」

「しかし、腹が立つな。なんで、僕なんだろうか」

 ナトは何も言い返さない。

「どうしてくれるのかな? これ。なんかもうメチャクチャなんだけど」

「ルール3を忘れていませんか?」

「この戦いで起きたことは将来に渡って引きずらない」

「はい」

「引きずるにきまっているじゃないか、こんな締まりの悪い勝ち方しても気分が悪い」

「はい」

「せめて納得するカタチで終わらせて欲しい。こんなんじゃ不満が溜まって、何かに八つ当たりしそうだ」

「すいませんでした」

 ナトは首を上げて、もう一度頭を下げる。そのとき、大剣をチラッと見た。

 シーズはそのわずかな動きを見逃さず、さきほどのことを思い出した。

「そういやキミ、ルール破ったよね。僕のセコンドに攻撃したよね」

 ナトは反応しない。

「黙るなよ。わかっているんだよ、――キミは罰を、宝神具の罰を心から怖がっていることを」

「そう見えますか?」

「そういや、僕がキミに宝神具に約束を誓わせたとき、その約束、ちゃんと守ったよね」

「……そうでしたっけ?」

 うそぶくナトの態度、しかしそれがシーズの表情に喜悦が浮ばせる結果となる。

「読めてきた読めてきた。キミが負けを認めたいホントの理由は、罰を受けたくないからか?」

「エリクサー効きます?」

「効くわけないだろう。いくら魔法の秘薬でも。約束を破った者に対する神の罰までは治らない。仮に身体が蘇生しても、そのキズは再び広がり続ける。まさしく生き地獄だ」

 ナトの身体はピクッと動いた。

「これは面白いことが起きそうだな」

 シーズは何かを理解すると宝神具バルムンクを握りしめ、そろりそろりとナトに近づく。

「ボクは負けを認めました」

「何、バカなこと言ってるんだ、キミは。宝神具の罰を受けてもらわないとすべてが終わらない」

「やめてくれませんか」

「あのな……、こんなチャンス見逃すバカがいるか? 宝神具にバカみたいに強化して、これを試せないでいるなんてもったいなすぎる」

「考え直してくれませんか」

「約束を破ったのだから罰を受けるのは当然なんだよ。ただそれが僕の勝利の延長上にあって正義の罰と下せる、――ただそれだけの話だ」

 シーズは宝神具バルムンクを天井に向ける。

 大剣の刃が罪人の首を狙い定まる。

「宝神具の怒りを受けてもらおうか! ナト君!!」

 一歩、強く踏み出す。しかし、二歩目が出ない。

 

 感覚が揺らぐ。力が抜ける。頭がふわっと浮かぶ。

「なんだ、これは」

 めまいがする。身体の中心が左右に偏り、まっすぐ立つことができない。

 ――僕の身体が僕のものではない。

 それだけはわかる。そしてこれは仕掛けられた罠だとわかる。

「何をしたんだ?」

 シーズは何かを仕掛けたであろう人物、ナトにその何かを尋ねる。

「何もしていない」

「そんなワケがないだろう。こんな思考がかき混ぜられる感覚、僕が生きてきた中で始めてだ」

 ……いや、始めてか? ホントに。

 感覚以外にも脳までが惑い出す。

「……僕をハメたな」

 ナトは視線を伏せ、シーズと目を合わせない。

「何か答えろ! なあ! なあ!!」

 ナトは小さくつぶやく。

「罠」

「わな?」

「ええ、罠って何らかの見落としだと思うんですよ」

 ナトはカオを上げた。

「こんな序盤に強敵なんてでてこないと思ったら強敵が出たり、普通の宝箱にあった罠がパーティーを壊滅させる最悪の罠だったってことはよくある。でも、それはあることが普通で、罠なんてないと思い込んでいること自体が自分自身で仕掛けた罠。そしてその思い込みが習慣化しちゃって、いつしか当然のものとして落とし込む、――それが見落としの罠。そしてこの見落としの罠がたまたま即死罠だった、――それだけの話です」

「だから! 何語っている! 見落としの罠ってなんだ!! 答えろ!」

「ルール1」

「ルール1?」

「どちらかが負けを認めたらそれで終わり」

「そうだろう! ボクはキミの負けを認めた!」

「だからなんです。あなたのが、約束を破ったが、なんです」

 シーズは気づいた。気づいてしまった。


「ボクが負けを認めたのにで終わりにしなかった。それが即死罠デストラップだったんです」

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