第25話 どっちつかずとかいう弱点


 ナトとシーズの戦いには三つのルールが用意された。

 ルール1、どちらかが負けを認めたらそれで終わり。

 ルール2、セコンドが負けを認めたらそこで終わり。ナト、もしくはシーズがセコンドに直接攻撃を加えたり、セコンドがセコンドに攻撃するのは反則。第三者がセコンドに攻撃するのもなし。また、セコンドが戦いに出る二人に補助スキル、回復アイテムを掛けるのも反則となる。

 そして、ルール3、この戦いで起きたことは将来に渡って引きずらない。

 この三つのルールを宝神具バルムンクの下で約束し、二人は再び戦うこととなった。

 もし、ナトが約束を破れば、宝神具の怒りに触れて、無残に斬られる。シーズが約束を破れば、どんな目にあうかはわからないが、宝神具から何らかのペナルティが下される可能性が高い。――すなわち、ナトとシーズは三つのルールのいずれかを破ることはデメリットでしかないのだ。


 ナトとシーズの戦いが再び始まろうとしたちょうどそのとき、踊りコのマングローブはラッカに声を掛けていた。

「ちょっととなりいいかしら」

 マングローブは相手の了承を得ず、ラッカの隣の席に座った。

「何が目的ですか?」

「目的? 何、それ。ワタシ、そう考えている?」

 ラッカはマングローブに尋ねる。

「……信じられません」

 ラッカはそう言った。マングローブには気をつけろとナトから言われていたラッカは、何か悪いこと考えていると、彼女を警戒していた。

「悲しいな。ラッカちゃんはもっといいコだと思ったんだけど……」

「……どうしてここに来たんですか? 遠くで見ていてもいいじゃないですか」

「ああ、それね。それはね、あの商人の目がイヤらしかったから」

 マングローブは商人ビロウに指を差す。

「誰がヤらしい目で見るか」

「でもアナタ、ずっとワタシのことばかり見ているけど、どうしてなのかな?」

「それはアンタが背中に隠し持っているナイフが気がかりだからだ」

 マングローブはヒッとおびえるように背中を上げて、声の方を見る。その声を発したのは戦士アダンだった。

「踊りコさん悪いが、そのナイフで直接ラッカちゃんを傷つけたりしたら……」

「わかっている。ルール違反でシーズが負けて、宝神具の怒りに触れて、ワタシ斬られちゃう」

「わかっているようだな。……ラッカちゃんは自分の杖を足下に置いているんだ。あんたも、そのナイフを……」

「はいはい」

 マングローブは手を差し出したアダンにナイフを預けず、ラッカの目の前にあるテーブルに置いた。

「ラッカちゃんだっけ? ワタシのナイフを見てくれる。アナタが見ていてくれた方が、何かと安心だから」

 ラッカはマングローブのナイフを見る。

 豆つぶのような宝石がまとわりついた派手なナイフ、刃元のところにはルビー色の汚れがこびりついるのが珠にキズだが、豪華な輝きを放つそのナイフの前にはあまり目立たない。

「アダンさんに渡さないの?」

「渡すワケないでしょう。もし、そんなことがないと思うんだけど、もしシーズが負けたら、ワタシ一人で宿まで帰らないといけないでしょう。もしそうなったとき、護身用のナイフがなくなっちゃったらどうしてくれるの? 悪漢に襲われろって言うの?」

「俺達、戦士パーティーがあんたを守る」

 アダンは胸を強く張る。

「女性一人いないパーティーなんかに依頼しないわ」

「やれやれ。……でもあんた、ナトの言うとおり、何か仕掛けているな」

「ナト君の言うとおり?」

「あんたは何かイヤなものを仕掛けているってナトが言っていた」

「ふーん」

 マングローブは、はいそうですか、と、素知らぬフリをした。

「そや。ワイもナトはんから頼まれた。何するからじっと見守ってくれって。まあ、こっちから手を出したら反則やからこうして見ることしかできんやけど」

 マングローブは目を細くする。

「審判が特定のコに思い入れるのって、反則じゃない?」

「ワイはルールを用意しただけや。審判までするつもりちゃうで」

「どうかしら、ルールを決めたのはあなたでしょう?」

「ワイは二人の意見をんで決めたんやで。ルール3、この戦いで起きたことは将来に渡って引きずらないってお願いしたのはあんさん側やろ?」

「ええ。シーズが、ナト君が負けたら何するかわからなかったから、って、そうお願いしたわね」

「やろ。ワイはちゃんとお互いの意見を聞いて、ルールを決めたんや。だから文句はないやろ」

「……他のルールはナト君が決めたの?」

「ルール2は二人の意見を聞いてからワイが決めた。ナトはんが決めたのはルール1、どちらかが負けを認めたらそれで終わり、それだけやで」


 冒険者ギルドの館の中央で切り立つ宝神具バルムンク。

 神々しい輝きは神の異名を持つにふさわしい。

 しかし、その使い手であるシーズはその崇高すうこうな宝を手放し、ナトと素手で戦おうと言うのだ。

「シーズさん、何を考えている? あれだけ“約束”と“誓い”をすませた宝神具を使わないなんて」

「さあ? 何でだろうね。キミには到底考えつかない、神の領域にたどり着いたらからだとでも言っておこうか」

 シーズは両手を差し出し、格闘家のポーズを取る。しかしながら、どう見ても素人の構えにしか見えない。

「ボクがこういうのもおかしいと思うけど、シーズさん、ボクと素手で戦うのはやめた方がいい」

「ふざけたこと言うね、ナト君。――考えてほしいんだよ、キミのそのなんでも武器にする方法を封じるには素手で戦った方がいい、と、思ったからなんだけど」

 それはウソだ。

「こんだけ観客が集まっているんだ。素手で戦って勝った方がカッコいいだろう? 宝神具で勝ったなんて言われるよりか」

「……信じられない」

「素直になってくれないかな? 素手で戦うことはキミにとってもメリットしかないと思うんだけど」

「ボクが実力者として認めてくれるのなら歓迎する。でも、あなたはボクを見下している」

「そんなことはない。キミの奇抜なアイデアは世界一だと思うよ。椅子、テーブル、そして食事用のナイフ、フォークも武器にするその行動力にはさすがの僕も脱帽だつぼうだ」

「どうだか」

「じゃあ宝神具使って、一刀両断でいいかな」

「それはやめて欲しい」

「だろう? ここは素直に素手で戦おうよ、ね」

「……わかりました」

 ナトはコクリと頷く。

「そう、それでいいんだ」

 シーズは二三歩踏み出し、ナトのカオに目掛けてパンチを放つ。ナトはサッと受け流し、倒れ込んできたシーズの腹部にひざげりをかます。

「クッ!」

 ひざげりをもろにくらい、シーズはお腹に手を当てながら後ろに下がる。

「こういうのをケンカと言うんだよね。ハハハ」

 シーズはダメージを受けても平然とそう言い放つ。

 しかし、ナトは彼の言葉を気にせず、彼の側部に回し蹴りを入れ、肘鉄を放つ。シーズはそれをまともに受けてしまい、よろけ始めた。

「なんだよ! アレ!」

「ハハハ、しょっぺー!」

「シーズがんばれよ、がんばって負けろ!」

 観客達のヤジが酷くなる。

「やっば、あいつ。マジよえ」

「英雄ってあの程度?」

「チートだったんだよ。あの宝神具が!」

「宝神具任せの嘘つき英雄!」

 観客達に良いように言われたシーズはその声を耳にすると、そっちに視線を配らせる。観客達は彼と目を合わせないように下に俯いた。

「余裕だね!」

 ナトは勢いのまま、もう一度、回し蹴りを放とうとする。

「ナト君、調子に乗らないでもらおうか」

 シーズはナトが再び仕掛けてきた回し蹴りの足をつかみ、おもいっきりぶん投げた。ナトは冒険者ギルドの館の壁にぶつかる手前、うまく両足で壁に着き、ブンと一回転し、床の上に着地した。

「そんなにうまくいかないか」

 ナトは履いている靴をトントンと整え、軽いジャンプを二度三度する。

「でも、うまく行き過ぎている」

 ナトはそう思いながら周りを見渡す。

 ――アダンさんとビロウさんがラッカを見てくれている。マングローブさんも見てくれている。これでカノジョは何か悪だくみができないはずだ。

 監視役が二人もいる中であくどい真似なんてできるはずがない。

 ――この館の中には使える武器はまだまだあるけど、やっぱり決定力に欠けてる。

 宝神具バルムンクを武器にするのも考えたが、何か仕掛けている可能性がある。あの大剣でシーズを仕止められるのならやってみたい。誘惑的だ。

 ――となると、ここで戦いを決めるのが得策。でも……。

 違和感がある。こういうとき、必ず見落としというのは存在する。

 ナトは立ち止まり、シーズの様子をうかがう。そして、チャンスが来ると、シーズを攻撃しては様子を見る。

 ――今は何より考えたい。戦いに勝てる策を見出したい。

 思考時間を増やしたかったのがナトの本音だった。


 こうして無駄な時間が過ぎていき、ナトの表情に疲労の色が蓄積した。

「どうしたかな? ナト君。勢いがなくなったね」

 シーズはにこやかに挑発する。

「ボクは勢いですべてを任すタイプじゃないから」

 ナトは自分の思考を読み取られまいと、拳を繰り出す。が、シーズはその腕を掴み取った。

「思考のリソースが行動のリソースに回されていない」

「うるさい」

「腕の力が足りないのは何かを考えているからか」

「うるさい!」

 ナトはシーズの煽りに揺さぶられていく。

「残念だけど、どんなに考えても僕の思いつきには届かないんだよ」

「届かない?」 

「思いつきはどんな思考よりもまさる。――なぜかって? それは天から授かったモノだから。地べたにいつくばる人間が下の下から積み重ねた思考力よりも、はるか空の空から降り注いだ神の声の方が素晴らしいに決まっている」

「じゃあ、キミは思いつきで行動しているっていうの!」

「ああ、そうさ! それでうまく成功してきたのだから!!」

 ナトはシーズの腕づかみを振りほどき、後ろに下がる。

「宝神具を置いたのも思いつき。素手で戦うのも思いつき」

「ああ」

「いい加減だ。でも、を思いついたのだからそうした」

「ああ」

「それって、に関係するかな?」

 ナトはそう言うと、シーズは突如無口になって、ナトに蹴りを放った。ナトはそれを受け止め、残った片足に足払いを掛けた。

 しかし、シーズは楽しげにステンコロリとコケた。

「シーズ! ルール1、ルール2、ルール3! あなたの仕掛けた思いつきはどれだ!」

「そんなん知るかよ」

 シーズは大の字になって寝る。

「答えろ!」

「言うまでもないだろう」

「答えろ!」

 ナトはシーズの腕を掴み取るように覆いかぶさる。しかし、シーズは即座に立ち上がり、行き違いに地面に伏せたナトを足蹴あしげにする。

「いいねいいね。戦いは読み合いだよね」

 ナトは転がりながらその勢いを活かしてスクッと立ち上がる。

「ナト君、キミのそのダブルタスクで戦う姿勢はとてもいい。いいんだけど、やっぱり戦いはシングルタスクで戦って欲しい。そういう二つ以上でモノを考えるからチャンスというのは逃げていく」

「チャンスが逃げる?」

「そうだ。キミは思考だけするべきだった。行動だけするべきだった。けれど、キミは器用にも両方同時にした。これはいけない、得意気になって二つ同時に考えて行動するからこそ、時間がかかって決め手に欠ける」

「だから何だって言うの!」

「どっちつかず」

「どっちつかず?」

「どっちつかずだから、あれがいいこれがいいって欲張って、結果が出せていない。それがキミの弱点なんだ」

 ナトは当惑する。思い当たる節がありすぎる。

「それに気づいたボクはあることを思いついた。ああ、思いついたさ。ダブルタスクで時間をいっぱい使うキミにあっと言わせる最大の方法をね」

 シーズは床に突きさした宝神具バルムンクを手にする。

「今まで素手で戦っていたのは時間を稼いだからだ。まあ、それはキミにもわかっていたことだと思う。けれど、なぜ時間を稼いでいたのか……、それは……、わかるかな」

「マングローブさんに何かをしてもらうため」

「正解だ、――で、何をしてもらう?」

「それは……」

「残念、時間切れだ。正解はだよ」

 シーズは足音を立て、ナトの視線から横にずれる。

 ナトの視線上にはナイフで自分の喉を突き刺そうとするラッカの姿があった。

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