第20話 心理戦とかいう機転

 

 シーズは冒険者ギルドの館の壁から起き上がろうとする。が、身体がうまく動かない。ナトの回し蹴りが意外とダメージだったようだ。

「マングローブ……」

 シーズは踊りコの名前を呼ぶ。

「おい……、マングローブ!」

 マングローブはめんどくさそうにシーズのそばへと駆け寄る。

「はいはい、そんなに怒らないでよ」

「出せ」

「何を?」

「全回復」

「はいはい」

 マングローブは言われるがまま、緑色の小瓶を取り出した。

「悪いが、手動きできない。飲ませてくれ」

「へぇー、口うつしとかじゃないんだ」

「いいから早く飲ませろ!」

「はいはい」

 マングローブは愛想笑いをし、言われるがまま緑色の小瓶を飲ませた。

 

 シーズは小瓶に入っていた緑色の液体をゴクゴクと飲みほす。

「ハハハ」

 痛みが引く。身体中にむしばんでいた痛みが消えていく。

「面白いほどに効くな、これ」

 シーズはすっと立ち上がると、ニヤッと不敵な笑みをこぼした。

「何、飲んだの?」

 ナトの質問に、シーズは応えた。

「エリクサーだ」

「エリクサー?」

「魔法の秘薬。体力、魔力、すべての状態異常回復の薬だ!」

 嬉々して返すシーズに対して、ナトはなんとも言えない表情をする。

「……飲む? こんなくだらないケンカに」

「取るに足らないケンカだが、別に道具を使ってはいけないルールはないだろう?」

「でも、そういうのアリ?」

「ありに決まっているだろう! 冒険者なら道具を使っても!」

「……うーん、そうだね」

 ナトはしばらく考えると、「じゃあ、ボクも使うよ」と言った。

「ラッカ、ふくろ頂戴!」

「うん!」

 二人の戦いを見守っていたナトの妹のラッカはちからのたねの入ったふくろを投げる。ナトはそれをうまく受け止めるとふくろを開けて、ちからのたねを急いで口へと運ぶ。

 少年の予想外の行動に、シーズはただあきれ返った。

「何食べているんだ?」

「タネ」

「種?」

 ――種ならば栄養価は高い。エネルギー補給としては最適かもしれない。

 だとしても、ここでそれを食べるという発想には至らない。

 ――となると、普通に腹が減っていただけか。

 そう考えると腹がよじれてくる。

「……お腹すいてたんだね、かわいそうに。ここは、美味しいディナーも出してくれる冒険者ギルドの館なのにね」

 シーズはナトの行動に心底笑いながらそう言った。

「食べるの待ってくれるの?」

「最後の晩餐ばんさんがタネだなんてミジメで過ぎて戦う気にならない」

「じゃあ、このへんにしとくよ」

 ナトはちからのたねを食べ終わると、袋のひもをギュッと締める。

「全部食べてもいいんだぞ、あの袋にあった種、全部」

「いやいいよ、そんなにいらないから」

 といって、ナトはラッカに向けて袋を投げた。


 ラッカはナトが投げた袋をキャッチすると、袋の中にあるちからのたねをテーブルの上へと置いていく。

「……ひぃ、ふぅ、みぃ」

「何考えてるんだよ、嬢ちゃん」

 戦士のアダンはラッカの行動に当惑していた。

「お兄ちゃんがいくつ食べたか調べてる」

「そういうのは後でいいだろう?」

「いくつ食べたか調べておかないと、ママに何言われるかわからないから」

「あのな、そんなマイペースになれるのかな。兄貴が人生の危機だって言うのに」

「お兄ちゃん、勝つから――」

 ラッカはちからのたねを運ぶ手を止める。

「こんなくだらないことに負けるわけないから」

 ラッカはそういうとちからのたねを再び数え始めた。

「そうだな」

 アダンは戦士パーティーのリーダーを務めている。相手の実力を計る眼力はある。今までの二人の戦いを見て健闘しているのはナトだと見ていた。

 ――実力はある。冒険者ランクAAのシーズをいとも簡単にノックアウトさせた。相手は本気ではなかったとはいえ、相手を侮った大きなスキを見事に叩き込んだ。

 ――力、スキル、そして相手の行動を読む経験。戦う者としての強さは揃っている。

 ただ一つナトが勝てる要素が欠けているとしたらそれは決定打、勝負ありの一撃だ。残念ながらナトにはこれという決定的な大技というものがない。もし、それがあるのなら、先ほど、シーズが見せた大きな隙にそれを使うはずだ。

 もったいぶって切り札を使うタイプではなく、タイミングよく技を使う。それがナトの戦い方、負けのない戦い方ではあるが、勝ちを意識した戦い方ではない。

 ――これはマズイことをしたかもしれないな、アイツ。

 シーズに回転蹴りを入れ、壁に激突したあのとき、シーズから勝利を認めさせるべきだった。なのに、時間を与えて、エリクサーを飲ませてしまった。

 完全に間違いだった。あそこで戦いを切り上げるべきだった。勝ちをわかっていない。

 ――果たしてこういうチャンスはまた来るか。

 アダンは考える。二度風は来るか。

 ――まあ、いい。きっと来るさ。追い風はすぐ向かい風にはならない。

 ナトにはまだ敗色の風が吹いていない。これは運がいい。負けがないのならいずれ勝ちの糸口はほころんで引っ張るはずだ。そういうあざとい観察眼を持っているのがアイツの一番良いところだ。

 そう思うとアダンの気持ちは切り替わった。第三者が気弱になる理由はない。野次を飛ばせ、気楽に見届けてやれ。

「おーい、ナト。そいつを思いっきりやっつけろよ!」

 アダンはナトの勝利を願い、彼を応援することにした。


 アダンの声が皮切りに、冒険者ギルドの館に集まっていた冒険者達は次々とナトに向けて声を掛けていく。

「あんななんちゃって貴族やっつけろ!」

「今までさんざん調子乗りやがっていたが! 今日でおしまいだ!」

「新米く~ん! もしアレに勝てたらパーティーに入れてもいいよ!!」

 次から次へと声援が増える。場の歓声はもうナトのものだった。

「まったく……、うっとうしい」

 シーズは騒ぎ始めた周りの声援に対して、苛立ちを口にする。

「じゃあ、外に出ませんか?」

 ナトの提言に対して、シーズは首を左右に振った。

「夜は寒い。冷える」

「なんか迷惑だ」

 ナトはため息まじりにそう口にした。

「さて、ナト君。僕はキミに失礼なことをした」

「失礼?」

「僕の力を見せていなかったことだよ」

 シーズはマングローブのいる方へと片手で合図した。

「踊ってくれ、マングローブ。勝利の舞を!」

「はいはい」

 マングローブは彼の背後に立ち、華麗な踊りを舞う。

「見ないの?」

「踊りは見るものじゃない。精霊や神に対して感謝をささげるものだ」

「それはわかるけど、なんで今?」

 シーズはナトの質問に応えず、床の上に横になっていた大剣をつかんだ。

「誓いを言おう。僕はコイツを必ず倒す」

「誓い?」

「だからキミも約束してよ。僕に力をくれよ」

 シーズは大剣に祈りを捧げると、大剣の宝玉が静かに光った。

「いい感じ、いい感じ。剣が強くなったよ、ハハハ」

「祈るだけで強くなるものなの?」

「この剣は特別製なんだよ。なんたって、この剣は宝神具ほうじんぐなんだからね」

「宝神具?」

「知らないようだね。いいよ、教えてあげるよ」

「いや、いいけど」

「聞けよ。これから先、宝神具使いと戦うことはそうそうないぞ」

「そこまで言うんでしたらどうぞ」

 ナトは手を差し出し、会話の主導権をシーズに譲る。

 シーズは苛立ちながらも大剣を高くかざした。

「この剣は宝神具バルムンク。裏切り殺しの剣だ」

「裏切り殺し?」

「そうだ。このバルムンクが求める誓いは約束だ。約束ならどんなことでもいい。それが困難なものほど剣は強くなる。どんなことでも約束を果たす僕にお似合いの武具だ」

「さっき誓ったのはバルムンクを強くするため?」

「そうだ。制約による誓いは一時的に力を上がるが、その誓いが果たされたら半永久的に強さが増す。つまり、使い手が誓えば誓うほど剣は強くなる」

 まったく眉唾まゆつばものだが、二人を傷つけたのはこの大剣の力だと考えれば、不思議ではない。

「そんな武器あっていいんですか?」

「いいんだよ。冒険者協会はこれを僕に与えた。これはもう世界が僕を剣の所有者として認めたのと同然だ。剣をこうやって磨きあげるのも冒険者としての務めだよ」

 シーズは片手でバルムンクを一振りする。

 ブンッ! と重く低い音がバルムンクから鳴り響く。

「舞台は仕上がった。ステキな演劇を始めよう。キミが恥かく三文芝居を」


 シーズは不気味に笑うと一歩前に進んだ。そして大剣を振り上げ、斜めに切り込んだ。斜め切りは空を切ったが、ナトの後ろにあったテーブルを風圧で吹き飛ばした。

 ――ブーストかかっているな。

 シーズの言葉通り、彼に有利に働くフィールドが形成されていく。踊りコのマングローブによる勝利の舞い、バルムンクの誓い力、戦いの舞台は完成されつつある。

 ――さて、どう戦うか。

 時間を掛ければこっちが不利。かといって、こっちにはこれという武器はない。いや、武器は思いつくかぎり、いっぱいある、……あるのだが、決定的ダメージソースと言えるもの何処にもない。

 ――なんだかこっちが“詰め”に入っちゃってるね。

 相手は宝神具使いで、勝利の舞いで能力は上々、しかも、ダメ押しとばかりにエリクサー飲んで全回復。ホント、イヤな相手だ。

 ――まずは調子を崩しますか。

 ナトはシーズの築いた戦いの牙城を崩すべく、彼の間合いへと入り込むことにした。

「飛んで火にいる夏の、と来たか」

 シーズは懐にやってきたナトに一撃を与えるため、宝神具バルムンクを握りしめる。

 大剣の間合いへと入り込んだ。シーズは大剣を振り下ろす。

 その瞬間、ナトはしゃがみ込み、シーズの足元に向かって、足払いを放つ。

「おっと」

 シーズは足下に力を入れ、足払いをグッとこらえてから、大剣を振り下ろす。今度は剣で串刺しつもりだ。

 ナトはシーズが何をするのかわかると彼のヒザを蹴り、ぐるぐると寝返りをうつ。うまいこと、シーズの串刺し攻撃を避けた。

「暴れるなよ。うまく刺さらない」

「暴れるよ、そんなこと聞いたら」

 ナトは立ち上がり、シーズの言葉を言い返す。

「僕はこの剣でキミを斬ればそれでいいんだ」

「遠回しに死ねと言っているようなものです!」

 ナトはそういうと冒険者ギルドの館で無造作に置かれていた椅子を蹴り飛ばす。勢い良く蹴っ飛ばされた椅子はシーズに向かう。

「ふん」

 シーズは面白くなそうに吹き飛んだ椅子を大剣で払いのける。椅子は壊れ、分解され、木材の破片となる。

 ナトはもう一度椅子を蹴り上げ、それを蹴り飛ばす。しかし、シーズはまたも加速する椅子を払いのけ、壊した。

「よく考えてほしいな。これだけ木材が多くなったら足の踏み場も困る」

「間違えてそれに乗ってコケてくれたら助かる」

「じゃあ、気をつけようか!」

 シーズは走り出し、ナトの胴体に向かって大剣を突き刺す。

 ナトはシーズの大股の下をスライディングに入り込み、背後に回り込んだ。……それだけだった。


 ……なんだ?


 不協和音。リズムのズレ。相手にしたら絶対有利の攻撃のチャンスだ。

 ……なのに、何もしてこない? なんだ?

 戦いで後ろを取られたら不利なことぐらい彼にもわかる。だが、後ろを取ったのに関わらず、ナトは何もしない。

 ……こまるこまる。そういうのこまる。

 何にこまるかはわからないが、シーズはそう思いながらゆっくりと後ろを振り返った。

「手を抜かないでほしいな、ナト君」

「別に、手なんて抜いていない」

「じゃあ、仕掛けろよ。背後取ったんだから」

「それはボクの自由だと思うよ」

「ごもっとも」

 シーズは静かにそう言うと、大剣で横払いを放つ。ナトは後ろに下がり、その攻撃をサッとかわした。

「僕にフェイクは効かないよ」

「別にダマシじゃないよ」

「じゃあ、なんだ? キミは何を狙っているんだ?」

「心の距離」

「いい加減きちんと説明しろよ」

「でも、どう言えばいいかな……」

「アカシアも言っていたな、――心臓がどうにかなりそうな距離。キミはそれを狙っているのか」

「うん、そういうの」

「その距離を狙って何になる?」

「そこに入れば、相手は負けを認めちゃう」

「負けを認める? なんだそれ。そんな距離なんて存在するのか?」

「あるから狙っている。人間ならね」

「もういい……、キミの考えはよくわからない。こっちが混乱しそうだ」

 シーズは疲れ果てたと言わんばかりに、肩をすくめた。


「さて、そろそろ結局をつけようか。マングローブにも休みを与えないとね」

 シーズはマングローブに目で合図すると、カノジョの踊りに変化が出てきた。

「誓いその2、次の一撃は必ず当てる」

 シーズは大剣バルムンクを掲げ、誓いを立てる。

「なに、その誓い?」

「キミに一撃を入れたい僕のかねててからの願いだよ」

「でも、100%入るわけじゃない。ただの願かけじゃないか」

「願かけか」

 シーズはニヤッとイヤらしい笑みを浮かべた。

「ナト君、キミもこの剣に何か誓えよ」

「誓い?」

「ああ。剣は所有者以外にも別の人間にも誓いを聞いてくれる。神は心が広いんだよ。力をくれるよ」

「そんなの言われても思いつかない」

「なんでもいいんだよ、どんなものでも」

「だから考えてるって――」

 シーズはナトの返事に割り込むように言葉を放った。

「逃げるのか、僕の一撃に対して?」

「そんなの逃げないよ」

「誓ったな」

 宝神具バルムンクのつばにある宝玉が静かに光った。

「これでキミはもう逃げられないよ」

 シーズは穏やかに笑うに連れて、ハハハと声に熱を帯びていく。

「逃げられない?」

「そうだ。キミは誓った。誓ってしまったんだよ!」

 シーズはナトに宝神具バルムンクを見せつけるように向ける。

「バルムンクにはもう一つの能力がある。――約束破りには罰だ」

「罰?」

「約束を破った者には特攻が乗る。つまり、僕との約束を破った者はどんなに剣との距離が離れていようが必ず斬られる。傷口がジリジリと広がって、最後にはパカっと真っ二つになる。あの二人のようにね」

 ナトは傭兵二人が彼との約束を破ったことを思い出す。約束を破ったことで罰が下り、胴体が斬れた。そのとき、受けた傷口はまだ広がり続けている。

 ――宝神具バルムンクの力はウソではない。

 ナトは直感的にそれを理解した。

「何、それ? ちょっとズルくない?」

「ズルいも何もそういう能力、いわば異能力だ。宝神具と言われるのも伊達ではない」

「無効だって、無効! そっちが勝手に約束をしただけだって!」

「残念ながら宝神具の力をなくすには、宝神具同士の力をぶつけるしかない。もっとも、そんな都合よく宝神具持っているヤツがいるわけがないけど」

「ってことは、ボクはもう逃げ場がないってこと?」

「そうだね」

 シーズは宝神具バルムンクを突き刺すように向けた。

「僕の一撃を交わしたら罰が下る。僕の一撃を食らうしかないよ」

「どちらもボク、殺されるよね」

「いや、僕は後者の方をオススメするけど」

「ホントに誓いは成立しているの?」

「勿論。僕は「逃げるのか、僕の一撃に対して?」と言って、キミは「そんなの逃げない」と返した。ナト君。これは成立しているよね?」

「違う。――ボクは“誓いを言うから逃げない”という意味で言ったんだ」

「どっちにしろ、バルムンクの宝玉は光った。――誓いは受理された。あとは約束を果たすだけ、いや約束を破るだけかな?」

 約束を果たすことはシーズからの攻撃を食らう。約束を破ることは宝神具バルムンクの罰が下る。

 ――当たればアウト、避けてもアウト、絶対必中の一撃がここで契られた。


 シーズの思いつきがナトを追い詰めた。あとは一手を差し出すのみだ。

「さあ、僕の一撃を避けてみろ! もっとも逃げてもおしまいだけどね!」

 シーズは宝神具バルムンクを構え、ナトに一撃を与えようとする。

 その瞬間、ナトはシーズの間合いに入り込み、彼の両手を抑えつけた。

 

 カチャカチャと金具の音が鳴る。

 ナトはシーズに攻撃させないと無理やり力でねじ伏せようとする。

「何? 何? 何かな? これで避けたつもりかな?」

 シーズはもう後がない少年の最後の悪あがきに喜んでいる。剣を取り上げようと必死になっているこどもの姿に対して、笑みは隠せない。

 しかし、そんな窮地きゅうちに立ったナトから発せられた言葉は、彼の予想を上回るものだった。

「ボクが一撃を避けたら、あなたは死ぬ」

 ――死ぬとかいうパワーワード、それを聞いたら疑問を口にしたくなる。

「死ぬ? どうして?」

「あなたは自分から剣との誓いを破る」

「だからどういうことかな? それは」

宝神具なら、使はどうなる?」

「使い手?」

「伝説の武器だよ、伝説の。デメリットもそれなりにあるはずだ。剣の強さが下がるのならまだいい。もしかすると、約束を破った人間と同じように、あなたにも宝神具の罰が下るかもしれない」

「宝神具の罰が?」

「ボクがあなたの一撃を避けることで、剣が怒って、使い手であなたをさせるかもしれない」

「そんなバカなことがあるわけ――」

「約束を破った人間に罰を与える剣だ。使い手に対してもペナルティが用意されている。それが伝説の武器だろう? 悲劇の物語も付録つきであるはず」

 ナトの話には可能性がある。約束破りの罰は、使い手にもある可能性はゼロではない。もし、宝神具との約束を破ったとき、どのような罰が下されるか、わかったものじゃない。

「――聞いてないぞ、そんなのは」

「能力の無効化とかは?」

「“誓い”と“約束”の剣だということしか知らない」

「そういうのはきちんと聞いておいて! 取扱説明書をきちんと読んで!」

「……うるさいな。斬るぞ」

「でもそれを外したら? どうなる? 最悪死ぬかもしれないよ」

「死ぬのはそっちだろう? 僕がどうなってもキミは死ぬ――」

「――誓いはあなたの方が先だった。必ずあなたの方から結果が出る。宝神具の罰が下されて使い手がすれば、僕に対する罰はなくなるよ」

 シーズの思考がかき乱される。順調だった戦いが一転、負けが見えてきた。

 0対10であった勝負が、五分五分、いや、それ以上の勝率へと戻っていく。極限状態の場を支配しているのは、ナトだ。

「そんなのキミの楽観論だ。キミの運はそこまでいいのかな?」

「運に投げ出さない、――これは可能性の問題。考えられる可能性をどこまで考えられるかが大事。それを考えてから宝神具さんに誓った方がよかった!」

 確かに思いつきだった。シーズはただの思いつきでナトを半ば強引に誓わせた。

 ――確実にプラス効果しか来ない。だから誓いが多ければそれだけ強くなる。

 シーズの頭の中はそれしかなかった、――誓いをどれだけ増やすしかなかった。宝神具の使い手にマイナス効果があるなんて考えてもいなかった。

「……僕はキミに、確実な一撃を入れないといけないのか?」

「それは知らない」

 ナトはバックステップを踏み、シーズから距離を取る。

「僕はキミに攻撃を命中させないといけないのか?」

「そんなのそっちが考えて! こっちにはこっちの考えがある!!」

 ナトはシーズに向かって走り出し、その勢いのまま、拳を放つ。

 宝神具バルムンクを握りしめていたシーズもその拳を受け止めることに必死だ。宝神具バルムンクで斬り込んでも、避けられたら終わりだ。

 ――予想できないことは容易に踏み込んではいけない。

 となると、彼が宝神具バルムンクを放り投げ、ナトの攻撃を交わすのは至極普通の行為である。

「浅はかだったのはそっち! これでボクだけが攻撃を許される!」

 ナトは強気にもパンチ連打を放つ。シーズはこれを自身の腕でさばいていく。腕で防御できるものもあれば、かわし切れずに胴体やももに入れられる。今のシーズは守り一手だ。

 ――どうやって攻撃すればいい? どうやって?

 ジリ貧のままダメージが増えていく。一歩一歩後ろに下がっていく。

 ……それがいけなかったのだろう。シーズは不幸にも先ほど壊した椅子の木材を踏んでしまい、そのまま転んでしまった。

「これでボクは勝つ!」

 ナトは思いっきり高く飛び、腕を引っ込ませ、拳を放つ体勢を取った。

 ――ダメだな、それ。そういうの。

 まったくのスキだらけだった。ナトは勝利を勝ち急ぐあまりにスキを作ってしまった。これではもう一発を入れてくださいと言わんばかりの格好だ。

 ――剣がないことを恨むよ。

 ゲスな笑みを浮かべたシーズは飛びかかってきたナトの腹部を思いっきり蹴った。

「グッ!」

 見事に入った一撃は会心の一撃、ナトはそれを食らうとすぐ後ろに下がった。意外と効いたと言わんばかりに、ナトのカオは苦悶で浮かぶ。

「何がしたかったんだろうね? 大きなスキ見せてさ」

 シーズは宝神具バルムンクを手に取り、ナトの目の前にかざす。

「サルみたいに飛びかかるなんてキミらしくないな! 悪ふざけもいい加減にしなよ!」

 戦局が変わり戦いが好転すると、シーズは大声でナトを叱りつけた。

 ナトは力なくハハハと笑い、彼に蹴られたお腹をさすった。

「つぶしたかった」

「何?」

を」

?」

「もしも、使とかいうをつぶしたかったんだよ」

 シーズはナトから意外な単語を耳にすると、いぶかしげな表情を浮かべた。

「おいおい、使い手にペナルティがあった方がキミにとって幸せだろう?」

「使い手にペナルティがなかったらその時点に僕は死ぬ」

「そういうの気にする性格?」

「予想できる要素を排除しないのはただ目を背けてるだけ」

杞憂きゆうと片付けないんだ、そういうのを」

「もしもが怖いんだよ、もしもが。もしもをなくせるのなら蹴りなんて安いもの。もしもがホントになったら、ボクはもう逃げ場はない」

「なんだよ。なんかキミ、最高に弱虫じゃないか!?」

「否定はしない」

 ナトはへへへと笑いながらそう言った。

「追い詰められていたのはボクだ。気が弱くなるのも当たり前、強気になったのは全部演技で心を見られたくないボクのとっさの行動。確実に殺される可能性をつぶしたくなるのは当然なんだ」

 ナトはゆっくりと立ち上がった。シーズからもらった蹴りの痛みは消えたようだ。

をされなくて、ホントよかった。ヒヤヒヤが止まらなかった」

「信じられないな。自分の勝ち戦を放棄したなんて」

「勝つよりも命が大事だよ、それがボクの戦い方なんだから」

「浅ましい」

「生き残れるのならどう言われても平気だよ」

「まあいいよ。人生の幕切れよりも延命を選んだのは間違いだって教えてあげよう。これからが苦しくなるのだから!」

 シーズは宝神具バルムンクをかざす。宝玉がまばゆく光った。

「約束は守られたみたいだね」

 宝玉の光がさらに輝きを増した。

「キミの約束も僕の力となった。これは嬉しい誤算だ、ククク」

 楽しげに笑い出すシーズ、さっきまでの消極的な姿勢は何処へやら、二人の誓いが宝神具の強さになると知ると笑いがこみあがった。


「誓いその3、次の攻撃は大剣。当たっても外してもどっちでもいい」

 シーズは宝神具バルムンクを振り払う。ナトはそれをとっさに避ける。

「さすがに簡単な誓いは剣が強くならないな」

 シーズは宝神具バルムンクを見ながらグチをこぼした。

 ナトはシーズの視線がそれたことに気づくと、彼のそばまで近寄り、宝神具に呼びかけた。

「宝神具! 誓いだ! ボク、ナトに攻撃したらダメ!」

 宝神具バルムンクのつばにある宝玉は答えない。

「誓いは僕の了承を得ないとダメだよ」

 シーズは宝神具バルムンクでナトを払いのける。ナトは後ろに飛び、間合いを取った。

「仕切り直しだ。マングローブ、全回復頼むよ」

 マングローブは踊りながらシーズの手元に緑色の小瓶を置く。エリクサーだ。

「ガンバってね、とか、気のきいた一言ぐらい欲しいな、まったく」

 グチをこぼしながらシーズを緑色の小瓶のフタを取る。

「そんなのあり! 2連続全回復って!」

「エリクサーは苦いんだから、それぐらい認めてよ」

「誰が認め――」

 シーズは宝神具バルムンクをナトの眼前へと向ける。

「エリクサーによる全回復は認めると誓え」

 ナトは口を閉じ、グッと堪える。

「それでいい。下手なことは言えないね」

 シーズはゆっくりとエリクサーを飲み干す。ごくりと喉を鳴らし、「はぁ」とため息をついた。

「ますますエリクサーがクセになりそうだ。エリクサー病一歩手前だ」

「そういうの深刻になるから控えることをオススメするよ」

「控えるのはキミの無駄口だと思うけどね」

 シーズは宝神具バルムンクを手元に戻し、周囲を見渡す。

 ――少年が使う武器は周りにある道具だ。

 椅子以外にもテーブルなんかも武器にする可能性がある。もしかすると、冒険者ギルドの館にある全部のものを武器として使うかもしれない。

 しかし、そんなアイテムも宝神具の前ではガラクタに過ぎない。ガラクタの攻撃を食らった所で、エリクサー全回復すればそれでいい。

 ――致命傷を与えるぐらい一発のある武器は彼の手元にはない。

 勝ちが見えた。いや、勝ちしかない。

 もし、その勝ちに関して懸念材料があるとすれば、それは少年の奇策である。シーズはナトの奇策にハマり、劣勢を迎えた。

 ――しかし、もう策はないだろう。全ては僕の慢心まんしんが生んだものだから。

 気合を入れて、ふがいない自分とさようならする。勝つのは僕、僕なんだ、と、内心、口ずさむ。

「ナト君、そぼくな疑問だけど、キミ勝てる?」

「勝つと思う」

「僕には到底そう思えない。僕を打ち負かせるほど強力な武器がキミにはない。力がないよ」

「いや、ボクには武器があるよ、とっておきのね」

「そういうもったいぶったのはいらないよ。いや、武器というのはかな?」

「そうかもしれないね」

「だったら聞かせてよ! 機転を効かせた最高の奇策を! あるなら誓ってよ。それがあるなら僕は力を得る! 約束は守られるのだから!」

 ナトはシーズからの挑発に対して、口を閉じた。

「あるんだね。いいよいいよ。それがわかっただけでもプラスだよ!!」

「そうかもしれないね」

「もういいよ、そういうハッタリは。負けの思考はもうしない。勝ちパターンに入ったんだよ、僕は」

 ――攻撃・回復・補助完備。

 ――負ける要素なんて絶対皆無。

 ――不安材料なんて存在しない。

 ――ロジックは完成された。

 ――勝利はもう自分のもの。

「どう考えても僕にしか勝利の女神は微笑まない! 戦いは僕が舞台の上に立ったときに既に終わっていたんだ!」

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