第16話 傭兵とかいうプロ意識高い系

 

「ボク、ひとりで行くよ」


 ナトの言葉は理解できる者は誰一人居なかった。

 ランクAAの冒険者パーティーのメンバー二人に新米冒険者が一人で戦うなんて誰も想像できなかった。

「お兄ちゃん!」

 ラッカは嬉しそうな声でそう言った。

「はぁ!?」

「正気か! お主!」

「アホンダレか! ホンモノのアホンダレか! ジブンわ!?」

 アダン、アコウ、そしてビロウらはそれぞれ驚愕の反応を見せた。

「これはボクが決着つけないといけないこと。誰かに任したらダメだよ」

「アヤツは自分のケンカを傭兵に任したのじゃ。ならば、お主はワシらを使っても良いのじゃぞ」

「アコウさんのお心遣いは大変嬉しいですが、やっぱり、こういうのは当事者がしないと」

「力強いこと言うな。でもな、それには力がないヤツが言うセリフじゃない」

「力ならさっき見せたはずです、アダンさん。アームレスリングで」

「それは勝ち目があってのことなんやな、ニイチャン」

 ナトはビロウの言葉にカオを左右に振る。

「いいえ、勝ち目なんて考えていませんよ」

「勝ち目なしの勝負をどないして勝つんや! 相手は傭兵なんや! カネをしっかりもらってその分しっかり気張るやからなんや!」

「傭兵って前金制なんですか?」

「基本、契約やな。傭兵は戦闘で勝てへんヤツがいれば、仲間見捨ててさっさと逃げ出すヤツもおるからな。そんなことしたらアカンと釘打つために、依頼人は契約書を書くんや。もっとも、今は傭兵から契約書を求めるんのが多いけどな」

「じゃあ、あの二人も契約?」

「それはわからへんな」

「そうですか」

「……いや、そういえば、あの二人、出来高制とか言っていたな。うちのリーダーは金払いヒドイ、俺らプロなのに。踊りコに全部カネ持っていかれる! とか、泣いていたな」

「アダンさん。それってホントですか?」

「あの二人とはここで酒飲むからそういう話をよく聞かされる。腕っぷしは確かなものなんだが、交渉とかそういうのは下手だから」

「傭兵もけっこうシンドいですね……」

「ニイチャン! 同情する暇あったら勝ち目を考え方がええ! ワイらをもっと利用するとかそういう頭をつこうことしいや!」

「ビロウさんからお金を借りてもいいんですか?」

「この際やからええで! ニイチャンならきちんと満額返してくれそうや!」

「ハハハ」

「何笑っとるんや!! ニイチャン!」

「みんなから力をもらったから笑ってるんです」

 ナトはそう言うと、ゆっくりと冒険者ギルドの館の入り口へと向かう。

「何か、ええ考えが浮かんだか?」

「まったく、考えてない」

「ニイチャン!」

「……でも」

「でも?」

「勝たなくてもいい、逃げなくてもいい、そして負けなくてもいい。そういうのを思いつくのって、けっこう難しいことだよね」

「俺の武器を貸す。なんなら道具も貸す。だから変にカッコつけるな」

「別にカッコつけてません。アダンさんこそ自分の武器を大切にしてください」

「少年、お主はこの事態になってもまったく怖気づくことはないな。ワシの魔法書には載っておらぬ魔法を幾つか持っておるみたいじゃな」

「もしかしたら、みんな持っているものかもしれませんよ。ただ、それをするのが怖いだけで」

「言ってくれるな。……まあ良い。少年、ムチャな冒険をするでないぞ」

「すいませんが、ボク、そういう冒険が好きなんですよ。心がゆさぶるものが」

 ナトは冒険者ギルドの館の入り口へと辿りつく。ところが、その入り口の前にはラッカが待っていた。


 ラッカは目線をずらして、ナトに話しかける。

「お兄ちゃん……」

「ちょっと横にズレてくれない? ちゃんと帰ってくるから」

「それなら、この袋の中にあるちからのたね全部食べて!」

 ラッカは手にしていた袋をナトの前に差し出す。

「ちからのたね! 残り923コ! これを食べればどんな敵でも負けない!」

「ラッカ……」

「チートと言われてもいい! 情けないヤツって笑われてもいい! でも、わたしはお兄ちゃんはそんなんじゃないって! 言い返すから!!」

 ラッカは感極まった気持ちをそのままナトに伝える。

「だからだから! 負けないで! 負けないで!」

 ナトは少し笑った。

「さすがに全部食えないよ」

 ラッカはしゅんと頭を下げ、悲しげなカオを見せる。

「でも、ひとつだけもらうよ」

 ナトは袋からちからのたねをひとつもらうとそれを口にした。

 ナトのちからはあがった。

「ひとつだけでいいの?」

「ひとつでも十分なんだ。――ちからのたねよりも、もっとちからのあるものをもらっているんだよ、ボクは」

「それは何?」

 ナトは応えた。

「こころのた――」

「こころのたねとか言ったらダメだからね」

 ナトはふてくされた表情をし、まいったと頭をポリポリとかいた。

「じゃあ、行ってくる」

「だからお兄ちゃん! 何もらったの! ねぇ!!」

 ラッカの声に耳貸さず、ナトは冒険者ギルドの館の前へと出た。


 ナトは傭兵二人の攻撃範囲の前まで来ると、足を止めた。

 ――一触即発。そこから一歩を踏み出せば、攻撃が仕掛けられる。

 二人の距離を読んだナトはそこで立ち止まった。

「妹さん。悪いがこれ以上見るな」

 アダンはラッカの目を大きな手で遮る。

「離してよ! 離して!」

 アダンはラッカを冒険者ギルドの館へと戻すと、手を放した。

「なんで見ちゃいけないの、ねぇ!」

 アダンはラッカの質問に応える。

「男の戦いだからな。そんな戦いを邪魔しちゃいねぇ」

「お兄ちゃんが傷ついたら回復してあげないと」

「そういうのが大きな邪魔になんだ」

 アダンは困り果てた表情で小さくつぶやいた。

「でも、もっとヤバイもんを考えて、嬢ちゃんを館にもどしたんやろう?」

 ビロウの言葉に、アダンは頷く。

「まあ、そうですね。最悪の場合を想定しないと」

「ミチミチミンチか、はたまた、ネギマかボンジリか。いずれにせよ、ニイチャンが料理されるのは目に見えとる」

「商人にしては笑えない冗談だ」

「でもな、ワイはニイチャンのここ一番の悪運を信じとるわ。ここ一番のな」

「同感ですね。俺もですよ」

 ビロウとアダンが話している一方、ラッカは椅子に座った。彼女の目の前にはちからのたねの入った袋があった。

「もっと早く。もっと早く、ちからのたねを全部食べさせたらよかった」

 ラッカは足をぶらぶらさせ、やりきれない時間を潰していた。



 踊りコのゆびさきは弧を描いた。男の視線もそれにつられた。

 ゆびがカノジョのヘソに触れて腰が動き出す。

 腰が揺れると、筋が張ったお腹の筋肉が浮き出た。

 ゆびは腰から胸へと動いた。男の視線もそこへと導いた。

 踊りコの大きな胸が上下に動くと、見る者の表情をほころばす。

 しかし、そのただ一人の観客者であるシーズはずっと硬い表情のままだった。

 笑いもなく怒りもなく、ただただ踊り子のダンスを仏頂面で眺めていた。


 シーズはため息をつくと気だるげに手を叩いた。

「もういいぞ」

 踊りコは踊るのをやめ、シーズのそばに座る。

「まったく面白くねぇ。頭は痛いわ、ムカつくわ。いいことねぇ」

 踊りコはシーズの首すじを撫でた。

「今日はいいことないのなら、その分ワタシで満足してあげる」

「できるのか?」

「ええ」

 シーズは踊りコの目をじっと見た。

「やめとく、今日のことが頭によぎりそう」

「そう?」

「ああ。でも」

「でも?」

「もうそういうのに悩まなくてすみそうだ」

 冒険者ギルドの館で靴音が響いた。

 その靴音が鳴り止まないうちに、さらにもうひとつの靴音が増えた。

「悩みのたねを潰してくれたよ。あの二人」

 ブナとアカシアは冒険者ギルドの館へと入ると、シーズの元へと来た。

「キミ達はよくやったよ! ジメジメとしていた僕の心が青空のように広がりそうだ!」

 シーズは両手を広げて快さげに誉めると、ブナは口を開いた。

「今回の分のお金は?」

「お金? そうだね、お金いるよね。でもさ、そんなに立て込む必要があるかな?」

「くださいよ。お金」

「わかったわかった」

 シーズはブナの耳障りな言葉をそれ以上聞きたくなかった。彼は床に置いていた金貨入りのズタ袋を手にしようとする。

「ちょっと待って。それ、ワタシにくれる分じゃなかったの?」

 シーズは踊りコの言葉に対し、軽くなだめる。

「だいじょうぶ。明日ちゃんとあげるから」

「イヤ。ワタシ、現物じゃないとガマンできないから」

「仕方ないな」

 わがままを言う踊りコに折れたシーズであったが、なぜかそのカオは終始笑顔であった。

「ゴメンだけど、キミ達の分、今日はガマンしてくれないかな」

「それはナシですぜ!」

「ブナ。このコはキミよりも古株だよ。順序は守らないと」

「それなら契約書を出してくれないかな?」

 アカシアの提言にシーズは首を左右に振る。

「メンドクサイな。口約束でいいじゃない?」

「そういって、支給が遅れて、お金が払われなかったことがあったが!」

「ダサいな。ホント、ダサい。気乗りしたらいっぱいお金あげるでしょう? 気乗りした分で埋め合わしてよ」

「俺らはプロだ。きちんとした契約下で働いている。気分次第で給料が上下されるなんて聞いたことがない」

「頭悪いね。ホント、頭蓋骨の中に虫が入ってて、カラカラカラカラ、って、鳴ってるんじゃない? ハハ」

 シーズは自分の冗談を自画自賛と笑う。一方、ブナとアカシアは無粋な表情のままだ。

「笑ってよ。ほらさ、いつも同じ額のお金もらっても面白くないでしょう? 仕事に差異があるから給料も違うよね。いつも同じ仕事ばかりやっているわけじゃないだから」

「じゃあ、ボクを潰すお金はどれくらいだったの?」

「3ゴールド。いや、おまけで5ゴールドかな。気分が乗ってたら10倍、100倍にしたんだけどな」

「新人だから?」

「いや、カネを払うだけの価値がないってことさ!!」

 またもや、シーズは自分の言葉に酔いしれたのか、笑い上戸になった。

「ブナさん、アカシアさん。ムダなことしなくてもよかったね」

「そうだな、ムダなことって……、え?」

 シーズにとって、それは忌々しい声だった。

 楽天家で何も考えていないようで、実はすべてまるっきりお見通しですよ、と言わんばかりの、明るい声だった。

「なんでオマエがここにいるんだ!」

 ナトは大柄な大人二人の後ろからひょいっと現れた。

「オマエって言わないで、ナトだよ、ナト」

 シーズの感情が再沸騰さいふっとうする。穏やかさは彼から消えた。

「オマエらどうして! コイツを潰さなかったんだ!!」

 ブナはやれやれと答える。

「プロとして、カネの分戦う理由がなかった」

 アカシアはブナの言葉に頷く。

「きちんとお金が払うか信じられなかった。でも今のシーズさんの言葉でわかった。プロとしてお金を支払う気がなかったってね」

 二人の返事にシーズは怒りが増す。

「途中で投げ出すなよ……、プロならきちんとやれよ!」

「残念だけど、プロだからボクを潰すわけがないんだ。だって――」

 ナトは指先で何かを弾いた。

 ブナとアカシアの足下にそれがクルクルと回り、横になった。

 回転力を失ったそれは10ゴールドの金貨だった。

「――今の彼らの雇い主はボクだからね」

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