第14話 まほうの肉壁とかいう少し見方を変えると途端にやらしく見える困った単語

 

 ゲームはナトの勝ちだった。

 4人のまほうつかいがテーブルに伏せた手札から一枚のクイーンを探し当てたのだ。

「お兄ちゃん……、スゴい」

 静まり返った冒険者ギルドの館で声を出したのはナトの妹、ラッカだった。

「一瞬で4人の中からクイーンを見つけるなんて」

 ラッカは自分のカオを両手で抑えながら驚く。 

 一方、アコウはナトがルール通りに動いてくれず、まったく面白くないカオをした。

「お主、このゲームの趣旨をわかっておるのか?」

「1枚しかないクイーンを当てるんでしょ?」

「そうじゃ。彼ら4人の手札からクイーンを見つけるために一度だけ質問が許される。そして、その質問をヒントにクイーンを当てる」

「表情筋を見比べても、ボクはあのヒト達の情報を知らないから無意味だと思うよ」

 ナトの言うことも一理ある。しかし、アコウはナトの言葉にそう簡単にうんとは言えない。

「アコウさんはメンタルテストをしたかったのかもしれないけど、あいにく、ボクはクイーン当てゲームをしている。誰がクイーンを持っているのか、とかいう、4分の1のゲームをしているだけなんだ」

「その確率を上げる気はないのか?」

「アコウさんたちはこのゲームを何度もしているはず。だから、ここにいるみんなのカオはポーカーフェイスができあがっている。そんな完成した表情筋でできたカオを見比べても、ボクの勝率は上がらない」

「なるほど、ワシのテストに付き合う気はないと――」

「違うよ。このゲームはボクのゲームなんだよ。ゲームするのならボクを見てよ」

「言ってくれるわ。だが少年よ、もし外れてたらどうするつもりだった?」

「――負けを認める」

「つまらぬヤツめ。……まあよい、ゲームはお主の勝ちで良い。これからテストを受けてもらうぞ」

「ホント?」

「ああ、少し準備するから待っとれ」

 アコウは二人の元から離れ、まほうつかいのパーティーへと行った。


「すごかったよ、お兄ちゃん!」

 ラッカはナトのそばに近づくと、開口一番そう言った。

「そう?」

「うん! わたし、ツバキさんが持っていたと思っていたよ! なんか自信アリ気だったし」

「あのヒトは私持っています感が半端なかったから最初から除外していた」

「お兄ちゃんはカオを見るだけで、すべてのことがわかるの!?」

「ボクはそんな異能力持ってない」

「じゃあ、なんであの男のヒトが持っていたとわかったの?」

「カン」

「エェー」

「カン。冒険者としてのカンだよ」

 ラッカはナトを見つめながら、なんとも言えない表情を浮かべる。

「……お兄ちゃん、そういうワケのわからない力ってあり?」

「ワケの分からない力を使っているのはそっちだよ。魔法なんてどうやって使えるの?」

「すぅーとして吸って、ハァーと吐く」

「どういう呼吸法なんだよ、それ」

「伝えにくいんだよ! 息するような感じなんだから」

「はぁ」

「ほら、熱いもの触ったら熱いって言って手を離すでしょう? 魔法っていうのはああいう感じ」

「うん。魔法はよくわからんというのがよくわかった」

「これで説明できないのならもう説明できない」

 ラッカは自信なさげに視線を落としていると、「準備ができたぞ」と、アコウはナトを呼びかけた。

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん、待っている」

 ナトはアコウのそばに来ると、二人はまほうつかいパーティーの元へと向かった。


「なぜ、クイーンがあの男が持っていたとわかったんじゃ?」

 ナトはアコウの疑問に応える。

という言葉だよ。仮にも未婚の女性なんて言葉を使って、あの二人の女のコにクイーンがあったら色々とダメでしょう。いくら幸運持ちと言っても」

「それもそうじゃな。しかし、ワシが女のコに対してそこまで気が回ると思ったのか?」

「ボクの妹を大切にしてくれた。紳士的に」

「ほほぅ。そうなると残るは男二人になるが」

「残る男のコの方は手札丸見えだったし、絵柄なんて見えなかった。となると、残るは自然とあのお兄さんになる」

「ふむ、なるほど。しかし、このロジックに辿りつくには一つ仮定がある」

「仮定?」

「そうじゃ。ワシが最初からカードがわかっているという前提がなければ成立しないぞ」

「でも、見えていたんでしょう? 誰がクイーンのカードを持っていたぐらいは」

「さあな」

「とぼけなくてもいいって。すごくキズ入っていたし、折り目もヒドい。カードの裏側を見たら、数字や絵柄がわかるぐらいに」

「スルドいの。なかなか見どころのある」

「それと、あなたが彼らの遊ぶ姿を見る表情がだいぶやさしかった。カオとカードを見比べながら楽しんでいた」

「そうか」

 アコウはそれ以上何も言わず、ただただ頷いていた。

 ――今日は面白い掘り出し物を見つけたかもしれんな。

 彼は心の中でそんなことをつぶやいていた。


 巻物が置いてあった。そこには魔法陣が描かれていた。

「これ? 何ですか」

 ナトの質問にアコウは応える。

「浮遊陣。――空を飛べる魔法陣じゃ」

「へえ」

「魔方陣は術者の魔力に関係なく、魔法を使うことができるものじゃ。この浮遊陣はどんな人間も空を浮遊することができるのじゃ」

「じゃあ、これがあれば、自由に空飛べるんですね」

「いいや、この魔方陣の上でしか空を飛べぬぞ」

「なんだ。ただのインチキじゃないか」

「ハハハ、じゃが、この浮遊陣は使い方次第で強い力となってくれる。タカの目を持った冒険者が乗れば、何処に敵がいるか一瞬で把握できる」

「でも、敵からは、あの下に誰かいるぞ! と、一発でバレる」

「水を差すでない。さて、チークよ、この陣の上に立ちなさい」

「わかりました」

 チークと呼ばれた男のコのまほうつかいは浮遊陣の上に立つ。

「自分の中にある力を信じて飛んでみ」

「はい」

 アコウに言われるがまま、チークは目を閉じる力を念じる。

 すると、チークの身体は少しずつ浮かんでいく。

 海に浮かぶクラゲのように、ぷわっと空をのぼる。

 ナトの背丈を越えた辺りで、アコウは声を発した。

「そのまま、止まれ」

 アコウの指示通り、チークの身体は止まる。

 穏やかな呼吸を繰り返し、この場を固定しようと試みる。

 しかし、身体は少しずつ揺れだし、ピクピクと震える。

「……う、あぁ」

 チークはあえぎ出し、浮かんでいた身体が落ちていく。

「はい、終了」

 ツバキはチークの身体を抱きしめる。

「コレ、10秒も経っておらんぞ、まったく」

「でも、やっぱり、キツい、です。魔力なしで、浮かぶなんて」

 チークはイヌのように四つんばいになって、はあはあと深呼吸する。

「魔力を意識するから力が抜けるのじゃ。純粋に自分の中にある力だけで飛ぶ」

「それはわかっているんですが、でも……」

「魔法にかまけるのも良いが、体力づくりもせい」

 アコウは長いヒゲを触りながら、呆れた表情をした。

「へえ、あの魔法陣で空、飛べるんだ」

「うわぁ」

 ナトはいきなり隣に現れたラッカの姿に驚いた。

「なんで来たの?」

「男のコが飛んでいたから気になって」

「そう。まあ、いいけど」

「お兄ちゃん、あの魔法陣の上で空飛ぶの?」

「そうみたい」

「気をつけてね、あの魔法陣。空を飛ぶように作っていない。むしろ、別のことのために作られた魔法陣みたい――」

「見る目あるの。クレバーは兄譲りか」

 アコウは笑いながら、ラッカの言葉に応える。

「お嬢ちゃんの言うとおり、この浮遊陣は少々特殊なモノでの、空を飛ぶのと同時に、急激な引力によって引っ張られる魔法陣でもあるのじゃ」

「引力ってことは、魔法陣にひっぱられるってことですか?」

「さよう」

 ――お兄ちゃん、”作用”の”さよう”じゃないよね?

 ――ふざけてないで黙って聞け。

 二人は二人にしか聞こえない声で思ったことを伝えあった。

「この魔方陣は古代の魔法文明の遺物なんじゃが、用途はまだわかっておらん。おそらく、この遺物は武道家達の修行の一環として作られたものだと考えておるのじゃが」

「そんな怪しげなモノをテストとして使っても良いんですか?」

「いいんじゃよ。ワシらはこういう魔法の遺物研究をしとる冒険者なんじゃからのぅ」

「遺物研究?」

「そうじゃ。ワシらはまほうつかいギルドに所属しておる魔法研究者じゃ。古文書の解読が主な仕事じゃが、必要となれば遺跡の調査もする。時折、冒険者ギルドの館に足を運んで、冒険者が持ってきた遺物を鑑定しておる」

「へえ」

「勿論、冒険者ギルドで魔法鑑定の依頼があれば、ワシらが受ける。冒険者ギルドにも魔法に関する窓口があれば魔法研究がはかどるからの」

「なるほど、アコウさんも掛け持ちしているんですね」

「掛け持ちするのが普通じゃ。冒険者ギルドだけの仕事じゃと食えないことがあるからの」

「……それを聞くとなんだか心配になります」

「そうならないようにちゃんと成果を出すんじゃぞ」

「はい」

「さて、話を戻そうか。この浮遊陣は、体力テスト用の魔法陣だと考えている。これからお主はこの浮遊陣に立ち、何秒間か空を飛び続けるか試して欲しい」

「えー、戦士とかそういう力関係の方に任せたほうがいいんじゃないのですか?」

「あのな……、これはお主のパーティー加入テストなんじゃぞ。体力のある冒険者を探すための」

「そういえば、まほうつかいパーティーに体力のいる冒険者っているんですか?」

「それがいるのじゃ。――数日後、ワシらは遺跡探索を巡る予定をしておるのじゃが、体力自慢の冒険者が欲しくてな」

「アイテム持ちがほしいんですか?」

「それもそうじゃなんじゃが、もっと欲しい人材があっての?」

「欲しい人材?」

「そうじゃ」

 アコウは静かに頷く。

「――肉壁が欲しいんじゃ、まほうの肉壁が」

 アコウが肉壁と言うと、ナトは下を向いた。

「お兄ちゃん? どうしたの? ちからのたね食べ過ぎて鼻血でそうなの?」

 ラッカの呼びかけにもナトは応じない。

「お兄ちゃん? お兄ちゃん?」

「……ラッカ、気をつけろ」

「何が?」

「このジイさん、ヤバすぎる」

「ヤバイ?」

「そうだ。このジイさん……」

 ナトの目はアコウを鋭く見つめる。

「トンデモないドシモネタをぶちこんできたぞ!!」

 アコウは思いっきりよろけた。

「誰が下ネタを言ったんじゃ!?」

「あなたですよ! シモネタは!!」

「ワシは下ネタなぞ言った覚えはない」

「いや言ったでしょう! 肉壁って言うことは男に挟まれたいんでしょう? ……ドシモじゃん」

「違う! 物理的な意味じゃ!」

「だから物理的でしょ?」

「そうじゃ。いや、そうじゃない! まほうの肉壁じゃ!」

「なんかそれ、触手顔負けのうごめきまくりの肉壁ですね」

「ああ! もう違う! 遺跡探索で出てくる魔物と戦うときがあるじゃろう! そのとき、お主はワシらの詠唱時間を稼ぐ、まほうつかいの肉の盾になれと言う意味じゃ」

「ああ、そういう意味ですか」

「……他にどういう意味があるんじゃ」

「ほら、昔、せまりくる悪魔壁デモンズウォールごっことかしませんでしたか? 一人の人間を二人が挟むようにして、ぶつかったらクラッシュダウンとか言って、挟まれたら一発昇天みたいな遊びを」

「そんな遊びしたことない!」

「そうですか。てっきり、あの二人の男性で肉壁ごっこをしているのかと」

「誰が男でやるか」

「じゃあ、あの二人の女のコと肉壁ごっこは」

「それはしてみたいのぅ。二人からデモンズクラッシュを受けてみたいのぅ。――って、何を言わせるじゃ!」

 まんまとナトにのせられたアコウはすぐさま、言葉を訂正する。

 しかし、アコウのパーティーにいる女性陣は次々と声を上げる。

「サイテー」と、オリーブは言った。

「冒険者協会に相談して、他のパーティーに変わらなきゃ」と、ツバキは言った。

「違う! 違うのじゃ! 誰も肉壁ごっこをするとは言うとらん!」

「でも、ボクは肉壁にしたいんですね。まほうの肉壁に」

「オマエは話がややこしくなるから少し黙れ!」

 それから、数分の間、アコウはオリーブとツバキをなだめることになった。


「お主のおかげで10%賃上げ要求されたわ。まったく」

「それはできないと何度も言い切れる所、実にオトナですね」

「そこ、ホメる所でないぞ」

「話はわかりました。浮遊陣の上に立って、どれだけ空を飛べるかテストしたいってことですね」

「わかっているのならさっさとやれ」

「わかりました」

 ナトは浮遊陣の上に立つと、たびびとの服を脱いだ。上半身ハダカになった。

「脱がんでよい、脱がんでもよい」

「でも、服脱いだら浮遊陣もサービスしてくれませんか? 少しおまけだよって」

「そんなサービスあるか! そんな考えばかりしとるとお嬢ちゃんも不安になるぞ」

「お兄ちゃん……」

「ほら、嬢ちゃんはこんなに心配しとる。わかったらマジメに――」

「脱衣芸は毒だよ、もう脱ぐことでしか笑いが取れないよ」

「もっと別の心配せい!!」

「……そんなに脱いだら風邪引くよ」

「あやつの性格の話じゃ!!」

「ほら、肉壁だぞ」

 ナトはドスンドスンと飛び、ラッカに迫る。

「お兄ちゃん! やめてよ!!」

 ラッカはキャキャっと黄色い声を発しながら逃げる。

「オマエらは何をしとるんじゃ!」

 現場は大混乱した。


 ナトはラッカとの遊びに満足したのか、アコウの元へと戻った。

「これが迫りくる悪魔壁デモンズウォールごっこです」

「これがって何がじゃ」

「だから迫りくる悪魔壁デモンズウォール――」

「それはいい。なぜ服を脱いで追いかけた」

「お約束でしょう。服を脱いだら追いかけるのは」

「どういう約束じゃ。それは」

「ほら、まほうの肉壁だぞ――」と、ナトはドスンドスンと飛んで迫る。

「自由か!」

 さすがのアコウも叱咤しったした。

「……面白くないな」

「お主の笑いのツボがわからん。――ま、こういう集中を要するモノは服が脱ぐのが一番じゃな」

「ボクの身体目当てなんですか? 肉壁まほうじじい」

「誰が肉壁まほうじじいか! 余計なものを脱いで身体を軽くするのは正しいという意味じゃ!」

「ありがとうございます。……でも、全部は脱ぎませんよ」

「誰もすべて脱げとは言っとらん」

「でも、期待してるでしょう? 何処かコイツ、チョロい感じがあるって」

「期待してないから早く上に立ちなさい」

「はいはい」

 ナトは不満げに浮遊陣の上に立った。

「お兄ちゃん、ちからのたねいる?」

「ちょっとちょうだい」

 ナトはラッカからちからのたね3コ受け取り、それを食べる。

 ナトのちからはあがった。


「浮遊陣の使い方はただ一つ力を意識すること。お主の意識が空を浮かぶように念じ、その念じた方向とは逆の方向に力を発する。つまり、上に飛ぶと考えながら、下に力を入れると良い」

 ナトはアコウの言葉に困り果てた表情を浮かべる。

「あの、すっごくわかりづらいんですが……」

「そうじゃな。こういうのは型から言った方が良いか」

 アコウはナトの前に立つと、彼の眼前で両手を差し出す。

「両手の親指と人差し指を三角形を作り、その上に魔法陣の中央が入るようにする」

「はい」

「心を真っ白に、ただただ、力を念じる。この大地から離れるように、空を飛ぶイメージを保つ」

「はい」

「そして、念じた力を発して、それを維持する。後は発した力を維持するのに集中するのみ、そこからは体力勝負となる」

「集中が乱れたら」

「落ちる。そしてそれは地味に痛い」

「それやだな」

「ワシらは邪魔しない。もし邪魔するものがあれば、それは疲労と不信感。いつまで力を発すればいいか疑うその心が弱さとなる」

「はい」

がれる疲労感に惑わされず、ただ自分を信じよ。限界までくじけないその心こそお主が信じるべきものじゃ」

「わかりました」

「さて、テストを始めよう。思う存分浮かぶがいい」

 アコウはそういうとナトの側から離れた。

 

 冒険者ギルドの館はにぎわいを忘れない。

 あらゆる冒険者が笑い泣き、お互いの冒険譚ぼうけんたんについて語り合う。

 そのにぎやかな世界の傍らで、少年ナトは浮遊陣の上に立った。

 目を閉じる。身体の中を巡っていた血液は静まる。

 ――意識は空、力は地へ、その間にあるボクは一柱ひとばしらとなる。

 ナトは思い浮かんだ心を浮遊陣にたくし、力を念じる。

 ゆっくりと浮かぶ少年の身体、ふわふわと上がる。

「そこで止まれ」

 老人に言われるがまま、ナトの身体は空中で止まった。

 ――固定した。ホントに止まった。今の彼は空で止まった石像だった。

「お兄ちゃん?」

 ラッカはかぼそい声で呼びかける。

「これはすごいの。すぐ根を上げるかと思ったのじゃが、ここまで静止するとは」

「えっと、これって、すごいことなんですか?」

「そうじゃ。もしかすると、ワシの仮説は間違っていたのかもしれぬ」

「仮説?」

「浮遊陣は力を発するとその分だけ魔法陣の引力に引きずられる。しかし、今の浮遊陣にはその引力を感じない。それどころか、あやつの力に応えるように、力を与えていく」

「お兄ちゃんが魔法が使えないことと関係ありますか?」

「あるかもしれぬな。そもそも、魔法は不確立性の要素が術者を通じて存在として確立するもの。しかし、あやつは不確立性など何処にもない。自分が成り立っている」

「お兄ちゃん、変なところがありますからね。誰かにもらったエリクサーとかすぐ飲みだしますし」

「それ、ちょっと自分が成り立ちすぎとるの」

「お兄ちゃんフリーダムですから」

「しかし、そういう破天荒はてんこうな考えが持っておるから、あの浮遊陣を使いこなしているのかもしれぬ。魔法陣が放つマイナス要素を排除して、プラス要素だけをモノにしとる」

「やっぱりお兄ちゃんはすごい」

「もし、世が世であれば、あやつはこの世界の救世主、あるいは勇者だったかもしれぬ」

「お兄ちゃんは違うんですか?」

「素質はあるが、運がなかった」

 アコウはひげを無性にいじくる。

「魔王がいなくなった平和な世界にはあのような不思議な少年は求められない。むしろ、世界から遠ざけた方が平和になるのじゃ」

 アコウはうつむき、不思議な少年との出会いを喜び、そして世界のいたずらに悲しんだ。

 

「ジイさん」

 男の声が聞こえた。

「なんじゃ? 今、いいとこなんじゃが」

「お困りだよね。あの少年……」

 豪勢なファー付き鎧を身に着けた青年がニヤニヤと笑いながら近づく。

「オマエは……」

「ああいうのいいんだよね。なんていうの? 未来有望な若者というのかな? ああいうの見るとつい先行投資とか考えるよね」

「……アタマ大丈夫か?」

「全然大丈夫。それどころか、調がいいよ」

 青年はアコウの側を通り過ぎ、ナトの元へと近づく。

白紙タブラ=ラサな少年は好き勝手したくなっちゃうね。間違ってインクをドボドボこぼしてもすべて吸収してくれるから。でも、そういう悪い虫が来る前にちゃんとしつけてあげないと――」

 青年は空で停止するナトの前に立ち、背負っていた大剣を手にする。

「そう教えないといけないんだよ、この世界には親切なヒトがいることね」

 青年は浮遊陣の巻物を蹴り飛ばす。

 魔法の効果が切れたことで、ナトは地面に着地する。

「誰?」

 ナトは見上げる。

 大剣持ちの青年が笑顔で見下す。

「申し遅れました。僕はランクAAの冒険者パーティーリーダー。シーズ。暇つぶしに冒険者やっています」

 青年は大剣の先を少年の目の前に差し出し、自己紹介を始めたのであった。



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