狩竜奴ライルのとんだ災難

たつみ暁

1:溶炎編――彼は彼女と出会ってしまった――

1-1

 人里離れた森の中。鬱蒼と木々が生い茂っているせいで、昼間だというのにやや薄暗い。リスがちょろちょろと枝を渡り、木の実を見つけ、かりこり音を立ててかじりつく。

 が、不意に近づいて来る轟音を聞いて、リスは木の実を中途に放り出し、怯えるように枝を伝ってその場から逃げ出した。

 しばらくして、ずどどどど……と、何か重たいものが地を蹴り周囲の木をなぎ倒して近づいて来る音がする。

 現れたのは、鋭い牙の並んだあぎとを開いて走る黒い猛獣。いや、獣と呼ぶには語弊があるかもしれない。

 奴らは獣を超越した存在。一枚一枚が硬い楯のような鱗に覆われ、樹齢数百年の丸太ほどもある手足を持ち、爬虫類系の顔には爛々と輝く銀の目。背にはその姿には似つかわしくない、堕天使のような羽根を一対生やし、蛇のようににょろにょろとした尻尾を揺らしている。

「おら、来いよ化け物」

 その生物を前に、己の背丈と同じほどの大剣を担いで、挑発的に手招きする、人間の男が一人いた。

 歳の頃は三十半ばを超えているだろう。ちりちり頭も無精髭も茶色い、日焼けした顔に、余裕の笑いを浮かべている。

「さっさと俺に狩られろ、くそったれの竜様よ」

 竜。

 この大陸でそう呼ばれる存在は、強面な外見通りの獰猛な性格を持ち、人間を襲って来る。

 彼らがいつから存在し、どうして人間を襲撃するか、誰も知らない。歴史が古すぎて、史書を紐解いても、大陸の創世からいた、それしかわからないのだ。

 とにかく、人と竜がこの大陸で相容れない存在である事は確かな事実である。だが、人間も漫然と襲撃に甘んじている訳ではない。剣や槍、弓を手に、果敢に立ち向かい、竜を倒す者がいる。彼らは『狩竜士かりゅうど』と呼ばれ、驚異から人々を守る猛者として讃えられている。

 今、黒い鱗に覆われた竜の前に立ち、傲然としているこの男も、狩竜士の一人であった。挑発された事をわかっているのかいないのか、竜が苛立たしげに吼え、大口開けて男にまっすぐ突進してくるのを目にして、だん、と地を蹴り飛び上がる。大きな得物と、それを手にする筋肉質の身体がまるで嘘のように軽やかな跳躍。がちん、と空気を咬む竜の鼻先に身軽に飛び乗り、そのまま顔を駆け上がる。

 竜の頭上に辿り着いた所で、男は大剣を高々と降り上げ、

「くたばれ」

 竜に負けず劣らず凶悪な笑みを顔に満たし、焦茶色の瞳をぎらりと光らせたかと思うと、刃を眉間に深々と突き立てる。たちまち、竜が悲鳴のような咆哮を轟かせた。

 しかしそれが唐突に途切れ、ずしん、と音を立てて竜は地面に倒れ伏す。だらしなく開いた口から赤黒い血を流し、事切れたのは明らかだった。

 硬い守りを持つ竜でも、数少ない弱点はある。そのひとつが眉間だ。重なり合う鱗に隙間ができて、柔らかくなっているそこから脳を傷つければ、大きさにも凶暴さにも、何にも関わらず竜は絶命する。しかし、熟練した狩竜士でも、暴れ回る竜の巨躯のそこまで辿り着いて攻撃する、というのは至難の業だ。それをこの中年の狩竜士は易々とこなしてみせるのだ。

 刃を引き抜き、付着した竜の血を払って、背中の鞘に収める。すると。

「やあ、今回も見事な手際だったな!」

 少し離れた茂みから、いかにも戦士ではないですといった風体のひょろ長い若者がひょっこりと顔を出し、心底嬉しそうな笑顔をひらめかせた。

「さすがだぜ、ライル!」

 今度はそちらの岩陰から、恰幅の良い男が現れて、ぐっと親指を立ててみせる。彼らに続き、離れた場所から人と竜の戦いを見守っていた連中が、竜の討伐を確信して次々と姿を見せた。

 ライルと呼ばれた中年男が竜の頭から軽やかに飛び降りると、入れ替わるように男達は竜の死骸に取り付き、刃を取り出して、牙を折り、角を断ち、羽根を引き抜き、腹を割いて肉や内臓を取り出し、鱗をひっぺがす。竜の牙や角は加工して強力な武器に、鱗は強固な防具に、羽根は布団や様々な織物の素材に、肉は美味で、肝は良薬になる。この一匹が宝の山なのだ。

 そのため、狩竜士は人々を脅威から守るだけでなく、お宝をもたらす富の運び手としても、大いに敬われる。

「ライルは俺達の守り神だな」

 鱗を大量に手に入れてほくほく顔の男が、ばしばしとライルの逞しい肩を叩く。

「お前がいれば百人力だ。お前が倒せない竜なんて、もうこの世にいないぜ!」

「おだててもこれ以上何も出ないからな」

 褒め言葉にそっけなく返しつつも、ライルはその大きな鼻の穴を更におっぴろげて、得意げに小鼻をぴくぴく動かす。

「さあ、今夜は狩りの成功を祝って盛大にやるぞ! 主役は勿論ライルだからな!」

 一声に、男達は応と答えて撤収に取りかかるのであった。

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