第26話 恋敵? を呼び戻す猫

「あれぇ、狸。なんか朝から死にそう……」

「……うん、いっそ殺して。確か、白衣のポッケに、ヒロタイドトキシンが」

 部屋の居間。いつも変わらぬ細目に、私は白衣のポッケをゴソゴソ……。

 泣く子も黙る猛毒である。なんで、持ち歩いてるんだ。

「わー、よせ!!」

 慌てて私を羽交い締めにする細目。ええい、止めるな!!

「猫缶プラチナ出すから、ちょっと落ち着け!!」

「プラチナ!?」

 全猫が憧れるその名も猫缶プラチナ。この名を聞いて、黙らない猫はいない。

「全く、はいプラチナ。バッタ物じゃないよ」

 うぉぉ、缶に輝く「キングロイヤル」マーク。そして、「Platinum」の文字!! これぞ、セレブ猫にのみ許された真の猫缶プラチナ!!

 缶のプルトップをパカッと開けた瞬間に漂う芳醇な香り。たまらん!!

「うぉぉぉ!!」

 作法なんざ知った事か。私は缶に口を突っ込んで、あっという間に平らげた。

「ほら、これが狸なんだよ」

『フフフ、可愛いですね』

 ……はっ!?

「コホン……。それで、ずっと気になっていたんだけど、いくらここが霊場といっても、何年も魂が現世に残れるはずがないのよ。三毛、ちょとこっち来て」

『は、はい』

 細目の近くにいた三毛の魂がこちらに寄ってきた。それに手をかざし……どこのヘボ医者よ!!

「大体分かったわ。結論から言うと、死後の処理が全くなってないから……えっと、魔法医用語で『命線』っていうんだけど、それがまだ肉体にくっついっちゃってる。もう肉体の方は骨になっているだろうから、このままいくとどうなるかわかる?」

『……いえ』

「もったいつけるなよぉ」

 三毛と細目がそれぞれ言った。

「三毛、なんか引っ張られるような感覚はない?」

『はい、常にあります』

 ……やっぱり。

「肉体には魂を元に戻そうとする力が働くの。強い衝撃で一気に剥がれたから、数年間かかったけど、このままいくといずれ三毛は蘇生する……骨で」

……

……

「ぎゃぁぁぁ!?」

 今まで聞いた事がない悲鳴を上げながら、私に飛びついてきた細目を避けて、私は三毛に向き治った。

「あなたにある選択肢は二つ。「完全蘇生」か「完全消滅」か。どちらも、私の術で出来る。どっちを選ぶ?」

『私はもう亡くなった身です。今さら生き返っても……『完全消滅』でお願いします』

「分かった。ほら、細目。いつまでも壁に埋まっていないで、とっとと帰るわよ!!」

 ぜんぜんリゾートしていないが、もはやそんな気分ではない。

 私たちは三毛の魂を置いて、早々に「街」に帰ったのだった。


 夕闇迫る墓地の中、私は地面に巨大な魔法陣を描いていた。

 まるで怪しい儀式だが、否定はしない。数年前になくなった遺体を扱おうというのだから。

「細目、これで三毛の魂とはお別れよ。心の準備はいいわね?」

 魔法陣を描いていた棒きれを放り出し、私は隣の細目に聞いた。

「ああ、それが自然だろ。話せる方がおかしい」

 それを聞くと、しばらく間を開け、私は細目に軽くキスした。

「えっ?」

 皆まで言わせず、私は呪文を唱え始めた。この術式は大きく分けて二段階。失敗はしない。ペーパー魔法医の名にかけて。

 ……さすがに時間が経っているからキツい。しかし、なんとか成功した。続いて、第二段階……!!

「どりゃあ!!」

 魔法陣が激しく光り輝き、そして収まるとそこには私より少し大きな三毛猫がいた。フッ……。

「ええええ、三毛ぇ!?」

 細目が素っ頓狂な声を上げた。

「言ったでしょ。『魂』と話すのは最後だって」

「あ、あの、狸さん。これは……」

 わけがわからないといった様子で、三毛が問いかけてきた。

「私は医療関係者よ。助けられる命があるなら、助けるのが仕事。例え本人が『完全消滅』を望んだとしてもね。それに……」

 私は苦笑した。

「私は好きとか嫌い以前に細目のダチなのよ。本当は、消滅させようと思っていた。だけどさ、どうしても出来なかった。ごめん。私の我が儘」

「我が儘ってお前、やっていいことと悪い事が……」

 やはり、細目は怒った。当たり前だ。

「ああ、三毛の心臓疾患は治しておいたわ。もう大丈夫よ」

「狸、これはさすがに笑えないぞ。三毛はもういなかったんだ、それを……」

 嫌われたって消せるか。バカ。

「私だって、笑いを取るためにやったわけじゃないから。あんたの気持ちを踏みにじる結果になっても、どうしても蘇生させたかった。もしあなたが私の立場で消せる? 私はそこまで強くない」

 細目は黙ってしまった。

「あの、助けて頂いた身ですが、狸さんこの行為は、私もあまり褒められた事ではないと思います。友達なら、なおさら私を無に還すのが最良の選択でした。しかし……」

 三毛はそっと私の手を取った。

「ありがとうございます。これで、まだ生きられます」

 その一言で十分だった。私は黙ってその場を後にして、自宅に戻ったのだった。


「ん?」

 夜半過ぎにベッドに入り、しばらくして気配で起きた。

「なんだ、細目か?」

 一つは確実に細目だが、もう一つある……三毛だ。

「あのさ、玄関からね。その窓入り口じゃないから。

 軽くため息をついて、私は玄関に回って扉を開けた。

 すると、きまり悪そうな細目と、静かに笑みを浮かべた三毛が入ってきた。

「お説教しておきました。もう、大丈夫です」

 三毛がクスッと笑った。

「狸、ごめん。ちょっと熱くなりすぎた」

 あーあ、しおらしくなっちゃって。

「私はそれだけの事をやった。あなたが謝ることじゃないでしょ」

 一度は死んだと、完全に吹っ切った恋人を、生き返らせたバカがいた。そりゃ混乱するし、怒りたくもなる。

「いや、もし死んだのが狸で三毛が俺で、俺が狸だったら多分同じ事やっていた。それがダメだって分かっていてもさ」

「勝手に殺すな!!」

 とりあえず、混ぜっ返しておく。

「それでさ、これは三毛からのお願いなんだけど、狸の店で働かせてくれないかって。給料はなくてもいいから」

 細目がいつもより一層目を細くして言ってきた。これは、本気でお願いの合図である。

「あのねぇ、給料なしっていうのはボランティアっていうの。ナメんなよ。給料くらい出せるわ!!」

「えっ、じゃあ……」

 細目が目を少し開けた。

「患者さんやお客さんの話し相手程度なら出来るでしょ?」

 私は三毛に聞いた?

「は、はい、なんとか……」

「じゃあ、明日からね。店の場所は、細目に聞いて」

 半ば生き返らせた責任。そのつもりで雇ったのだが……


「即戦力じゃん……」

 相変わらずの混雑を見せる店内を走り周り、テキパキと応対をこなしていく三毛の姿を調剤室から見ながら、私はポソッとつぶやいた。

 正直に言って、彼女のお陰で私はかなり楽になった。一応、薬師ではない事を示すために、サンプルでもらっていたピンクの白衣(白衣じゃないけど)を着せたが、また似合うのなんの。調剤室に一人置いておきたいタイプ? である。

 さて、仕事仕事!!

 えっ、恋愛?

 ……あーっ、忘れていた!!

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