第17話 やはりコイツはいた!!の猫

オメガの塔 ??階層から10階層上


「今だ、突撃!!」

 私の号令で、一同全速で前のタイルに移動する。その瞬間、タイルに描かれた矢印通りの向きに勝手に滑り、また次のタイルの矢印の向きに……。

 これは、通称「回転床の罠」と呼ばれるもので、一定周期で向きが変わる矢印のタイルの組み合わせで、どこかへと導かれていくというものだ。十五メートルもない部屋の向こうにいくのに、もうどれほど時間を掛けたことか。

 空になった薬瓶やら何やらを流し、罠姉さんと共に回転床のパターンを解析し、たった今最適のタイミングを迎えたのである。

 そのまま床に流されること数十秒間。私たち一行は無事に部屋の対岸に辿り着いた。思わず、罠姉さんと固い握手をしてしまった。

「それじゃ、先に進むわよ」

 次の間は広大なホールのような場所だった。他になにもない……ホールの中央にいる、巨大な赤いドラゴン以外は。

「うにゃぁ!?」

 ドラゴンは私と目が合った瞬間、その巨大な顔をこちらに向け、その口に赤々と燃える炎を称えた……うげげ、いきなりブレス!!

「氷よ、壁となりて我らの身を護れ!!」

 杖姐の声が響き、私たちの周りを瞬時にして氷の壁が覆った。

 その一瞬痕、強烈な炎が叩き付けられ、氷の壁を通してさえも汗をかくほどの熱気に包まれた。これは、堪らない。

「上官殿、これも戦闘回避で?」

 長剣兄ぃがアホな事を聞いて来た。

「戦闘!! もう見つかってて、回避なんで出来るわけないでしょ!!」

 回避はあくまでも見つからない事が前提。端から見つかっているなら、回避もなにもない。戦わなければ死ぬ!!

「了解、総員戦闘態勢!!」

 長剣兄ぃの号令に従い、氷の壁が消えるのと同時に四人の近距離戦闘要員が綺麗な陣形を組んだ。

「遊撃陣形、突撃!!」

「アイス・ランス 広域モード!!」

 近距離部隊を追い越して、大きな氷柱が放物線を描いて飛んで行き、ドラゴンの上空で弾けて無数の矢となってばら巻かれる……が、効いた様子はない。

 実のところ、ドラゴンには普通の武器や魔法はまず効かない。杖姐が放った魔法程度では、せいぜい気を散らす程度でしかない。突っこんで行った連中、大丈夫か?

 しかし、私の心配は杞憂に終わった。ここからではよく見えないが、四人が連携して叩き、時折、杖姐が牽制の魔法を入れる。完璧だったのだが……。

「ヤバいわね……」

「ああ、押し負ける」

 さすがは地上最強生物といわれるドラゴンか……。一見すると拮抗しているように見える四人だが、確実に追い込まれている。このままでは……。

「杖姐。ガラス瓶をあのドラゴンまで、割らずに飛ばす事って出来る?」

 ドラゴンまでは推定百五十メートル。かなりの無茶を言ったが、杖姐はうなずいた。

「大丈夫だ。問題ない。なにを飛ばすんだ?」

「今これから作るから、ちょっと待って。罠姉さんとクソ医師も手伝って!!」

 とにかく時間がない。私は使える人材を全て使った。

「医師は薬草の選定、罠姉さんはすり潰して!!」

床に魔法陣を描きながら、私は二人に指示を出した。

「分かった」

「わー、手伝い手伝い!!」

 短く答える医師と、役目が出来て喜ぶ罠姉さんのコントラスト……とか言ってる場合じゃないわね。

「……これからやる事は、薬師の本分に反する事だし、私の信条にも反する。でも、やるしか手段がないからやる。それだけよ」

 自分に言い聞かせ、私は最初の薬草名を口にした。

「リンコテ、スルホサ、アオツリタケ、コリン!!」

 全て薬効は違う、咳止めだったり、熱冷ましだったり、胃腸薬だったり、目薬の材料だったり……。時間がないから、解説なしでいくよ!!

「はい、出来た!!」

 先ほどの四つが混ざったペースト状の物体を確認。問題なし。

「それじゃ、乳鉢を変えて、次はククレソー、オロギリ・カムハイ!!」

「ほいさ!!」

 こんな調子で、合計二十個の乳鉢が出来た。ここから先は、危ないので私しか出来ない。

 全て順番通りに一つ目の乳鉢に入れて混ぜていく。これだけなら無害で毒にも薬にもならない。しかし、全てを混ぜると……。ツーンとした、強烈な薬品臭が当たりに広がった。

「うわっ、凄いね……」

 鼻をつまみながら言う罠姉さん、無理もない。

「これからがもっと凄いのよ……」

 少々げんなりしながら、私は乳鉢を魔法陣の中央に置いた。そして、呪文を唱え始める。嫌だな、これ。

「ほぅ、変わった魔法だな」

 杖姐がつぶやくが、応えている余裕はない。

 そりゃ変わっているでしょうとも。これは、私の家にのみ伝わる秘術ですから。

「……バキシル!!」

 最後の一節を唱えた瞬間、魔法陣が赤く光り、「薬」は「魔法薬」として働くようになった。かなり強力な……。魔法薬にしなくても良かったのだが、さらなる念押しである。魔法自体は、薬効に全く作用はしていないのだが、薬品臭がさらに強烈なものに変化した。

「うぐぐ、目が痛い……」

 罠姉さんが呻いた。まあ、無理もない。これは、私でも辛い。

「さっさと封印しちゃいましょう。薬瓶に流し混んで……」

 乳鉢の中の真っ黒な液体を薬瓶に流し込み。キツく栓を締めた。

 とりあえず、片付けはあと。私は薬瓶を杖姐に渡した。

「これを、ドラゴンの口の中に正確に放り込んで欲しいの。中身は相当危険だから、絶対に割らないように」

「分かった。やってみよう」

 私から薬瓶を受け取ると、杖姐は小さく呪文を唱えて風を巻き起こした。その風の奔流の上に、魔力の光を纏った薬瓶を置いた。

 さながら、風のクロスボウに薬瓶を載せたような感じではあるか、もしここで落ちたら私たちの命はない。

「ターゲット・ロック、風なし、距離百七十二メートル……」

 おいおい、杖姐がなんか言い出したぞ。

「……発射」

 薬瓶が爆発的な勢いでドラゴンに向かって飛んで行き、違わずドラゴンの口中に飛び込んだ。

「すごっ!?」

 色々見てきたが、ここまでの狙撃をする人は見たことがない。

「大した事はない。それより、ドラゴンの様子がおかしい……」

 ああ、そうだ。まずはこっちだ。

 暴れ回っていたドラゴンの動きが、明らかに鈍くなっている。

「ストップ!! もう勝負はついたわ。血液が危ないからすぐ待避!!」

 皆事情は分からないようだったが、とりあえといった感でドラゴンから離れた。

 その間にもあっという間にドラゴンは弱り、やがてその巨体を横たえて動かなくなってしまった。

「……ドラグ・クラルソン・ヒローネ」

 皆の元に移動した私は、まず先ほどの薬品名だけを告げた。

「なんだ、それは?」

 杖姐が静かに聞いてきた。他の皆は黙って私の顔を見るだけ。

「別名『ドラゴン殺し』って言われている猛毒よ、恐らく、世界最強クラスじゃないかな。ごめん。こんなの使いたくなかったんだけどさ……」

 間近で体を張って戦っていた前衛組からしたら、大クレームものである。何を言われても甘んじて受け入れるしかない。そんな私の肩をポンと叩いたのは斧兄ぃだった。

「おいおい、MVPがなにシケた面してるんだ?」

「えっ?」

「全くだ。まだまだ俺らも未熟だ。こんなトカゲ一匹倒せないとはな。帰ったらスペシャルコース四周くらいするか」

「うげっ、私まで!?」

 罠姉さんが変な声を出した。

「嫌なら四十周くらいにするが?」

「ええー!?」

 一様に笑いが漏れる。

 ふぅ、このパーティーいいかもしれない……。

「ところで、その毒はいつまでも残るのか?」

 長剣兄ぃが聞いてきた。

「そうねぇ。私の処方にはちょっと仕掛けがあって……」

 私が呪文を唱えると、倒れたドラゴンの体が光った。

「……セトヴス!!」

 光りがパンと弾け、何事もなかったかのような光景が広がった。

「はい、解毒完了。危ないからこういう仕組みも組み込んであるの」

 こんな危険な毒を野放しにしておくはずがない。呪文一つで無力化出来る処方だ。魔法薬化したのにはこういう理由もある。

「つまり、これはもうただのドラゴンの死体ということか?」

 剣を収め、変わりに包丁セットとノコギリを取り出した長剣兄ぃ。なにをするか……なんか読めた。

「よし、みんな。携帯食の補充だ。ドラゴンの肉なんていったら、街では滅多に手に入らない高級食材だからな」

「あーあ、また団長の悪い癖が始まったよ」

 といいながらも、斧兄ぃの手にもごついノコギリがある。この光りは……。

「お、オリハルコン……」

 そりゃなんでも切れるだろう。オリハルコンのノコギリなんて……。

 見ると、セリカを含む全員が同じノコギリを持ち、粛々と準備を進めていた。

「よし、総員かかれ!!」

 六人が一斉にドラゴンの死体に取りつき、なにか手慣れた手つきで次々に捌いていく。あんたらは騎士失業しても、肉屋さんで食っていけるよ……。

「あれの燻製が酒と合うのだ。刺身もいいが、臭みの処理と鮮度がモノをいうのでな……」

 ドラゴンの刺身……話しの種に食べておきたい気もするが。

「って、なんで知ってるの!!」

「なに、解剖学の自習でな、生きたドラゴンを解剖するっていうファンキーなのがあってな。まあ、スタッフが美味しく頂きましたってやつだ」

 ……ファンキーじゃねぇ。クレイジーだ!!

「あったか?」

 薬師の学校でももちろん解剖学はやるが、そんな授業はない。

「おっ、だいぶ手慣れておるな。もう肉の下処理に入っておる」

 切り出されていく肉を長剣兄ぃが次々に包丁で処理していく。えっと……えい!!

 私は『風』の魔法で、人間の軍隊で使われているマーチを流した。なんか、そんな気分になったのだ。

「ほぅ、『第二十七砲兵隊マーチ』か。タイムセールの曲じゃな」

 ……すまぬ、人間よ。『街』ではそういう認識なのだ。

 そのくらいメジャーな曲だったりする。

「さて、待つか」

「はい」

 ドラゴンの解体ショーなんて、そうそう見られるものではない。

 私と医師はひたすら見物を決め込んだのだった。


 まあ、当然ながら大休止となったわけだが……。

「これ、どうやって持っていくんです?」

 目の前には山と積まれた燻製肉。美味しそうだが、私の馬車は大分軽くなったとはいえ、こんなに詰めない。

「なに、心配ない。この背嚢に全て入る」

 六人分の背嚢が足下にあるが、いやいやいや……。

「おい、やるぞ!!」

 六人が一斉に集まり、自分の背嚢にテキパキ肉を詰め込んでいく……ん? 魔力だ。

「この背嚢には空間魔法が掛けてありまして、一つで十五人分くらいの荷物は入る。うちの隊の特別装備です」

 長剣兄ぃが涼しい顔で言った。

 なるほど…‥。通りで包丁とかノコギリが入るわけだ。

 山とあった肉は全て六人の背嚢に消え、楽しいご飯タイムとなった。

「こ、これが……」

 目の前の皿にあるのが、噂のドラゴンの刺身‥‥。取りあえず食べてみた。

「こ、これは……」

 まるでゴム栓のような弾力、この薬包紙を束にしたかのような食感はなんだろう、そして……臭み消しにこれでもかと入れられた香辛料……美味くははない。

「だーはっは、本当に食った。美味いわけがなかろう!!」

 医師が指を指して笑い、長剣兄ぃがフッと笑みを浮かべた。

 うぉぉぉ、グルかぁ!!

「弄られている時のカレン様って、本当にいい顔しますよねぇ」

 てめぇ、久々に喋ったと思ったら、何を言いやがるセリカ!!

「て、てめぇら、明日からの食事に気を付けろ!!」

「はーい、これ。ドラゴン肉のロースト!!」

 罠姉さんが持ってきた皿の上に載ったものを反射的に食べ……」

「あれ、これ美味しい」

「猫さん仕様の味付けと材料を使っているのでご安心を~」

 医師もそれをつまみ、泣いた。いや、泣くな!!


 とまあ、大騒ぎの食事も終わり、いつも通り私と医師で夜勤して残りは寝るというスタンスで仮眠に入ったのだった。

 それにしても、この塔はどこまで続いているのだろうか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る