第8話 仕事完了の猫(第四階層→地上)

第四階層


「なるほど、『快走路』か……」

 道は一直線、正面にはデッカイ水晶柱がドーン。これが第四階層だった。

「あまりにもイージー過ぎる。罠くらいはありそうね……」

 いくらなんでもこれはない。私は罠の有無を確認し、馬車には乗らずに馬を引きながら進んでいく。セリカもそのあとに続いてきた。

 しかし、罠もない魔物もいない。まさに快走路だ。結局、何に遮られるでもなく、私たちは巨大な水晶柱の足下に到着した。

「しかし、大きいわね……」

 誰が難のために設置したかは分からないが、天井まで伸びた水晶の柱は圧巻である。

「はい……確か、これに触れると」

 セリカが水晶柱に触れた瞬間、淡い光を放ち始めた。

「ここまで一緒に来たのです。カレン様もぜひ」

 よく分からないが、私も水晶柱に触れた。すると、背中辺りが妙にむず痒くなった。

「な、なにこれ……」

 すると、セリカが左手の甲を見せた。

「これと同じ紋様が……なぜか背中に」

 複雑な形の紋様だったが、そんなもんが背中に!?

「それ、なんか恥ずかしいんですけど……」

 カリカリ背中を掻きながら、私はジト目でセリカに言った。

「いえ、まさか背中に出るとは……。なんというか、記念ということで」

「はぁ、まあいいけどさ。さて、帰るか……ん?」

 いつ現れたのか、私たちのすぐそばに魔法陣が現れていた。

 この式は……一目で分かる。「転送」か。うん、「転送」!?

 気が付いた時は遅かった。魔法陣が怪しく光り、、私たちはまるでゴミのように吸い込まれたのだった……。


 地上:テント村


 うげ、気持ち悪い……。

 ぶっ飛ばされた先は……あれ、地上のテント村だった。

「あれれ、帰ってきちゃったわね」

 すぐ側にいたセリカに声をかけた。

「そのようですね。少々気分が悪いですが……」

 彼女の顔色はあまり良くない。いわゆる「転送酔い」というやつだ。放っておけば治る。

「取りあえず、私たちのテントに行きましょうか。少し休みましょう」

「はい」

 幸いにして、ここはテント村の外れにある私たちのテント近くだ。

 テント内に転がり込むと、私たちはゴロッと横になった。

 迷宮の謎は謎のままだが、もう一回行こうとは思わない。それは人間の仕事だ。

「私もこれで最低限の冒険者です。少しは人が集まりやすくなったかと……」

 セリカが笑みを漏らす。うむ、いいことだ。

「また何かあったら来なさいって、薬師の言うセリフじゃないわね。来ない方がいいんだから」

 薬師のお世話になどならない方がいい。医者と同じだ。健やかなのが一番。私の願いでもある。

「そうですか? なにも、病気や怪我の処置だけが、薬師の仕事ではないと思います。実際、こうして助けて頂きました。私一人では、罠や魔物にやられていました」

 うーん、魔物はともかく、罠は薬師の領分ではないような……いいけど。

「まあ、助けになったのならなにより。それが、薬師でも何でも、それが私の仕事だから……」

 ふぅ、なかなかスリルが味わえて楽しかったけどね。

「さて、一寝入りしたら撤収しましょう。ちょっと疲れた……」

 ウトウトしかかった時、セリカが私の背中を撫でる感触を感じたが、なにも言わずそのままにしておいた。


 テント村ではちょっとした騒ぎになっていた。新人冒険者の女の子一人と猫が第一階層の隠し部屋を暴きまくった挙げ句、第四階層まで行って戻ってきたからだ。

 好奇の目を向ける者、称える者……様々いたが、タチが悪かったのは勝手に賭けをして勝手に大負けした挙げ句、逆恨みしやがったヤツだった。

 そして今、私たちはそんな連中に囲まれていた。全く、帰ろうと思ったのに……。

「頼むから武器を向けないでよ。こっちも退けなくなるから……」

 私は動じず馬鹿どもに声をかけた。セリカが剣に手をかけているが、今度は止めなかった。

 こんな時だけ連携がいい。馬鹿どもが武器に手をかけた瞬間、私は薬瓶を投げた。

「セリカ!!」

 声をかけるまでもなかった。セリカはその薬瓶を剣で叩き割った。瞬間、爆発的な勢いで白煙が発生した。

「行くよ!!」

「はい!!」

 その煙の中に突っ込み、邪魔な馬鹿を蹴倒して囲みを突破すると。私たちはテント村から逃げるように、一気に街道を駆け抜けた。

 程々の所で駆け足を歩みに変え、まずは「街」に向かった。

「はぁ、無駄に疲れたわ」

 まあ、言うまでもないが、あれは衝撃を与えると白煙に変わる「白煙君3(特許取得済み)」だ。取りあえず害はない。

「そうですね……。それにしても、あんな薬まであるなんて驚きました」

「まあ、薬師の暇つぶしよ。他にも痒くする薬とか、育毛剤なんてものもあっりするわ」

 なんて雑談を交わすそのうちに、ずいぶん離れていた気がする「街」が見えてきた。

 それはすなわち仕事の終わり。セリカとの別れを意味する。

「さて、そろそろ仕事も終りね。まあ、どこまで旅するか分からないけど、くれぐれも死なないようにね」

「はい。一度戻って仲間を集めて、改めて出発します」

 ようやく、冒険者としてスタートラインに立った彼女の顔は、実に晴れ晴れとしたものだった。「カレン・ラリー」という名前ともおさらばだ。まあ、寂しくはある。

 ついに、「街」の入り口に着いた。

「さて、ここでお別れね」

「あの……」

 セリカがもの凄く言いにくそうに、なにかモジモジしている。

「ん、どうした?」

「せっかくなので、記念の品をお渡ししておきたいのですが、大切な耳にイヤリングというのもなんですし、ネックレスやブレスレットは無理ですし、尻尾なんて論外ですし……」

 いや、なにも装飾品でなくても……。

「ああもう、結局どうしたいの?」

 こういうときは、ズバッと言ってもらった方が良い。

「その、首輪……名前のタグ付きで」

 ゴソゴソとセリカが取り出したのは、布製の首輪で小さな金属製のプレートが付いている。

「……ちょっと見せて」

 金属板に苦労して彫り込んだ形跡がある。「迷宮踏破記念。セリカ・ラリー&カレン・ラリー」。まったく、いつこんなもの用意したのやら。

「ありがたくもらっておくけど、着用するのは抵抗があるから、店に飾っておくわ」

 飼い猫ならともかく、「街」で暮らす「自由猫」に首輪は厳しい。

「ありがとうございます。では、これを……」

 私は渡された首輪をしっかり掴んだ。

「本当にお世話になりました。では、また機会がありましたら、よろしくお願いします」

 深く一礼してから去って行く彼女の後ろ姿を見送り、私は「街」へと入った。

 この時は予想もしていなかった。彼女が率いるパーティーが、とある大偉業を成し遂げる事など。それはまあ、別の話し。

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