おままごと

 幼稚園の年長クラスで、何人かの女子がおままごとをしていた。柚子は元々おままごとが苦手だが、クラスの子に誘われて仕方なく参加。与えられた役は「お母さん役」。どうすればいいかわからない柚子に、周りの子達は「ママの真似をすればいいんだよ」と助言する。それが残酷なことだとは夢にも思わずに。


「ママー、夕飯はまだ?」

「まだよ。大人しく待ってなさい」

「早く食べたーい」

「わがまま言わないで大人しくしてて。それが出来ないなら、今すぐ家から出ていきなさい!」


 柚子の言葉に他の子供がビックリする。柚子の顔は真剣そのもの。だがその発言は、おままごとに出てくる「お母さん役」に相応しくないものだった。柚子は子供達が動きを止めた理由に気付かないまま、さらに言葉を続ける。


「ほら、早く出て行きなさい。言う事聞かない子なんてママの子供じゃないわ」


 柚子は母親に実際に言われたことを、仕草や声音まで真似して再現しただけだった。その言動が普通でないなんて、幼い柚子にはわからない。その迫力と内容に「子供」役の子が号泣して部屋から出ていく。戻って来た時には先生を連れてきていた。


「なんでそんなひどい事を言うの?」

「お母さん役だから――」

「早く謝りなさい。言っていいことと悪いことがあるでしょう?」


 おままごとで「お母さん」役だから、自分の母親の真似をした。ただそれだけだ。柚子は何一つ悪いことはしていない。あえて言うなら、母親の言動がおかしいと気付かずに真似をした。それが柚子のしたこと。


 しかし先生は柚子の話を全く聞こうとしない。話を聞かずに謝ることだけを強要している。どうやら話を聞いて激怒しているらしい。先生を呼んできた子供は泣き止まないまま。でも柚子は、何故そうなるのかがわからなかった。


 先生が怖い顔をして「『ごめんなさい』は?」と柚子を睨む。その姿はテレビで見た般若のお面のよう。柚子はただ、他の子の助言通りに「ママの真似」をしただけ。怒られる理由もわからぬままに、柚子は泣き出してしまう。


「もう、出て行けなんて言わないから。ごめんなさい、ごめんなさい」


 何が悪いのかもわからないまま、たたただ謝罪の言葉を口にする。そうしなければ許してもらえないから。柚子にとって許されないことは、追い出されることと同義だったから。

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