7-3 太鼓の音が響いてる


 盆踊りの曲の中で、紗雪が特に目を輝かせるのは、太鼓の曲だ。

 さっすがたぬきだよな。たぬきの父ちゃんの血が入ってる。ぽんぽこぽん。


 太鼓の名がつく曲は結構あるんだ。花笠太鼓、黒潮太鼓、宇宙太鼓、などなど。

 中でも特にあいつがだいすきなのは、熊本が舞台の『火の国太鼓』*15だ。

 ま、これはほんと俺もすきだけど。歌詞も粋な感じで(粋な奴!って歌詞があるせいか)、大股に進んでいく男踊りの振りがとにかく楽しい。祭り好きの血が騒ぐってなもんだ。


 出だしの歌詞が「それで決まったそのあとは 何も言わぬが花なのさ」

 よっ、九州男児!って感じなんだろうか。

 九州では茶碗蒸しを匙じゃなく箸で食べるって聞いたことがあるんだが、大変そうで実に男前だ。つまりは茶碗傾け、かっこむってことだよね? (九州の方、違ったらオシエテ?)

 「阿蘇の御神火ごじんか背中に受けて 男一番 バチなら二本」アッアッ、ソリャソリャソリャソリャ。無茶に燃えるなー!

 

 こういう踊りは、やっぱり熊五郎ことクマ先輩がなんといっても最高のお手本。今夜も甚平をたすきでくくって、腰落として踊ってる。そのドヤ顔が楽しくって仕方ねー。


 そして櫓の上では、クマ先輩の兄貴が力強く太鼓叩いているんだな。

 ドドンガドン、カラッカッカー、ドーンガドンガ、ドンカラッカッカー。

 太鼓のヘリをカツッと鳴らしてバチを回してるのが最高クール! いや、ホット!

 俺も小さい頃は、ラップの芯を2本持って、どこでもかしこでも叩いて練習したなー。


 盆踊りには、踊ることによって先祖への鎮魂をする意味があるらしいが、太鼓の音も霊を慰めているらしい。

 踊り手にとっても、太鼓の音は大きく気持ちを左右する。鼓舞させられる響き、リズム。本当に切っても切れない関係だ。

 ためを作って大きく両手を広げて豪快な叩き方をするのは、盆太鼓の特徴かもしれない。


 おっ、今夜もラッコが貝を叩いて、リズム取ってる。コンコンチキチキ。これは、かねの替わりだな。


 太鼓の横で小さな金のお玉みたいなものを叩いてるのを見たことがあるだろうか。あれがかねというもので、銅や合金で作られたれっきとした打楽器だ。

 キンキンとした高く響く音を出し、強弱をつけて叩くことで、盆踊りのリズムをリードする役割を果たす。

 音響によっては踊りの曲が太鼓にうまく聞こえないことなどもあり、また、曲の途中でテンポが変わった時など、この鉦を叩く人が上手だと、非常にここちよい場が生まれる。


 太鼓と鉦と踊りと私。

 みんなちがって、いやいや、みんな合わせてみんないい!



 縁側に横になって、今日も一日の終わりに目を閉じて風を感じている。 


 夏の宵には、夏草の甘い匂いがする。湿った空気になつかしさを添えてくる。

 たまらなくこの季節が愛おしくなり、いつまでもどこまでも未来永劫、今が続いてほしいと願ってしまう。

 

 夏草と相まって俺がすきな匂いは、あまり賛同を得られないが、隣に置いてある蚊取り線香の匂いだ。

 白い煙の渦が俺を取り巻く。この匂いを嗅ぐと故郷を思い出す。

 新しく缶から出す時はうやうやしく、ぐるぐる巻かれた二本の線香を上手に引きはがし、金色の蚊取り線香立てにググッと刺して、マッチで火をつける。

 この時、手についたザラっとした粉から漂う古めかしい匂いがまたいい。

 しばらく見ていると、緑から白に替わった灰がぽとりと落ちて、蛇の抜け殻のように皿の上に落ちていく。ずっとそんな様を見ているのがすきだった。


 ぷぅーん。ぺちっ。

 さっきから紗雪が両手で叩こうと一生懸命追いかけてるけど、おまえに捕まるトロイ蚊はいねーだろ。

 トロイカか、ロシアは今涼しいんだろうな。どーでもいいけど、ロシアのきつねとか、目つき鋭そうだな。


 だいたい俺たちは毛玉だから、夏でも蚊に食われにくい。人間に変身してても、それほど刺されはしない。だからそんなに戦わなくてもいいのにな。

「狩猟本能!」

 たぬきがはりきって言うから思わず笑う。

 おいおい、そう言いながら、俺の頭に止まった蚊を狙ってるな。

 何だ、その嬉しそうなきらきら目は。うわ、やめろー。




<民謡ひとこと講座>

*15「火の国太鼓」くまモンも踊ったことのある熊本県民謡

   民謡歌手・鎌田英一氏の歌で1972年に発売された歌謡曲。

  「火の国」熊本がモチーフ。「火の国一代」というヒット曲にあやかって作られたとも言われている。

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