5-2 齧りたくなる都道府県


 まもなく「民謡検定」の試験があるので、放課後の部活の時間は、踊りの練習の合間に、さながらクイズ研究会のようなハッピー民踊部です。


「コホン。では問題。次の曲はどこの都道府県の曲か」

 黒縁めがねの山羊部長が急に出題してきます。部長は目が線のようなので、時々寝てるみたいに見えますが、大抵は起きています。


「第1問。斎太郎節さいたらぶし

 それがね、地名とか入ってるんなら割とわかるんだけど、「斎太郎節」みたいに人名だったり、どこでもあてはまる系だと、さっぱりわからないんですよね。


 歌は知ってます! 掛け声は「エンヤートットー」です。お魚捕る系だから海のある県だよーん。いやいや、海のない県の方が少ないじゃないですかー。

 私がぼぉーっとしてると、書記の羊田洋子先輩が、クールに「宮城県」と正解を言ってしまいました。あうっ!


「第2問。ちゃっきり節」

「はい、はぁーい! 静岡県ですです」

「おお、正解」

 ちゃっきりのちゃは、お茶の茶だからです。食べ物・飲み物絡むと得意かもしれません!

「ちなみに、これは静岡の遊園地のCMソングなんだ。歌詞は北原白秋先生が書いておる。花はたちばな 夏はたちばな 茶のかをりー」

 山羊部長が嬉しそうに講釈してくれます。

 ちゃっきり、ちゃっきり、ちゃっきりよ。軽快で楽しい茶摘みの歌なのです。


「では、第3問。磯節」

 あぁー、また海だ。いそぶし、鰹節、かつおだし。おみおつけが飲みたくなっちゃうな。お豆腐か大根か、今日の晩御飯なんだろう。ぐうぐう。

「ヒントはここから近いぞ。磯節は日本三大民謡と言われているからな」

「近いなら、えっと、千葉県!」

「惜しい! 左房も関東圏の県名くらいは覚えたのかな。感心感心。もう一声」

「わかった、いばらぎ!」

「正解と言いたいところだが、あれはいばら『き』なのだよ、紗雪君」

 おお、なぜ宮城がみやぎで、茨城がいばらき……。謎すぎまする、人間界。



「さあ、みんな。せいぜい頑張ってくれたまえ」

 余裕のよっちゃんの山羊部長は検定マニアなので、そりゃあもう各種資格を持っているらしいですよ。


 なんでも、きもの文化検定にはじまり、神社検定、江戸文化歴史検定、日本城郭検定、日本ビール検定、掃除能力検定、温泉ソムリエ……、をお持ちだそうです。色々あるもんですね。

 あれ、ビールって未成年でも取れるの? それとも年齢詐称!

「左房も一つくらい持っていると何かの役に立つぞ」

 うーん。お勉強は苦手なので、せめておいしいものならがんばれるかなぁ。


 くわえて私は地理にめっぽうヨワクテ、あの辺り!みたいな感覚しかないので、民謡検定も前途多難です。

 見かねた部長が、「都道府県パズル」という、各都道府県のカタチをしたジグソーパズルみたいな木型を持ってきて、「お前はまずこれで覚えな」って貸してくれました。

「片づけない!」

「それを言うなら『かたじけない』だな」と夏音がぼそりと言います。

 あいやっ。ぽんぽこぽん!


 でもね、単独で持ってみるとね、位置と特徴の判別が、大変に難しいです。より一層難易度が上がった気がしますです。はっきりわかるのは北海道だけ。こうして見ると、北海道って奇跡的な美しい形ですよねー。


 今も細長い形をどこに当てはめようかなーっと、岩手県のとこに置こうとしたら、夏音の片眉がピクリと動いたので、あらまちがい?って悩んでるとこなの。えー、どこ? 宮崎? 長野? みゃー。

 何なの? ほぼほぼ一緒に育ってるのに、夏音の方がめっちゃ知識があるって、どーゆーこと? いっぱい本読んでたのが役立ってるのかしら?

 ああ、もうお腹すいちゃったよー。このパズル、クッキーみたいな色してるの。かじりたくなっちゃうー。カジカジ。


 全国に数多ある民謡には、なんとはなしに地域ごとに特徴があります。一曲ごとに、その土地の謂れや言い伝えが入れ込まれているのですよね。

 新しく作られる民謡は観光用のものが多いけれど、昔のものは、先人たちの生活を支える労働歌であったり、その土地を大切にしている感じがします。

 意味を知ってから踊ると、一つ一つの振りに気持ちがこめられるのです。伝承って、その思いを伝えるものかもしれないって思うの。



 夏音の元気がない。めっちゃ悩んでいるんだよね。

 この前、自由が丘陽光高校の雪豹さんの踊りを見てから、迷いが生じてて、踊りがブレている気がするの。


 確かにね、すてきだったよ、雪豹さんは。

 でも、私は夏音の方がすきだよ。おっと、夏音の踊りの方がすきなんだ。

 君の舞は一本線が入っている。芯があると言えばいいかな。すっと通ったその線が、色んな形を見せてくれるのです。

 

 雪豹さんが円を描くなら、夏音はたくさんの線。まるで個性が違うんだ。だからね、そこは迷うところじゃない。

 でも、それを私如きが伝えても夏音はナットクしないだろうとも思う。上をめざしている人にしかわからない悩みってあるよね。


 そういう時は、一緒に基本動作に立ち返って、練習しようよ!

 両腕で三角の山を作って、ななめに合わせた手のひらを顔の前に。

 もっと顔が隠れないように腕を上げて、ここから片手を前に出せば、さしかざし。

「紗雪、腕を顔に近づけ過ぎだろ。敬礼じゃないんだよ。おまえはおまわりさんかっ?」

 何だよぉー。人(たぬきだけど)が心配してるのに、口は相変わらず達者じゃないかー!




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