ストロング・オブ・タダカツ

キートン兄貴姉貴

導入 クレイドルのなりたち


 その世界には名前があった。「クレイドル」である。いつ誰が使い出したかも最早定かではなくなっているが、その地に住む人々は自らの世界を確かにそう呼んでいる。

 同じようにいつから人々が住み着いたのかも定かでは無い。

 一つだけ確実なことがある。クレイドルには、文明が存在するということだ。火を使い、鉄を叩き、穀物を栽培し、人々は緩やかな集団を形成し少しずつ規模を拡大していき、やがていくつもの都市となり今に至る。

 国家という概念は存在するものの、その名前にあまり力はない。あくまでも都市の集合体が国家と名乗っているだけのことである。

 都市の立地にはある重要な条件があった。「恵み」が存在することだ。そしてこの一点こそが、クレイドルを人々の繁栄の地たらしめた最大の理由である。

 クレイドルに住まう人々が恵みと名付けたそれらは多種多様であり、明確な定義は未だなされていない。と言うのも、火、水、土、などと言った人間が生きるのに必要不可欠なものの殆どが恵みに含まれるからだ。

 一つだけ言えるのは、人々がクレイドルに現れた時、既にそこには恵みが存在していた、ということだ。

 現在確認できる資料の全てには、そこにあった恵みが人々に生存を可能にさせたと記されていたのである。

 かつてクレイドルは、人間に死の鎌を振りかざす死神そのものだった。定住の地に恵まれず行く宛なく彷徨うしかなかった最初の人々は、クレイドルに何度も殺された。やがて魔獣と名付けられる事となる災厄が、何度も彼らを襲ったのだ。強靭な脚力と巨大な体躯を持った魔獣が、彼らを鋭い牙の犠牲にした。或いは異常に発達した豪腕で殴り殺された。魔獣と一口に言っても、様々な種類が存在するからだ。

 この時期に人間が死に絶えることなかったのには、とある理由がある。人々が必死になって逃げある程度魔獣から距離をとると、追ってこなくなった事である。

 瞬間速度こそ大したことがないが、何時間でも歩き続けられるという点において人間は優れていたために、人々はこの死が吹き荒れた時代を生き延びたのだ。

 そしてここで重要な事実がある。この時代の人間は知る由もないが、魔獣が追ってこなくなることは後の時代における人々の繁栄につながる重大な秘密を孕んでいたのだ。

 その秘密とは、魔獣が出現する箇所には必ず恵みが存在する事である。つまり古い時代を生きた彼らの数多の犠牲は、後の時代の人々の繁栄に繋がる重要な布石だったのである。


 死の時代を生き抜いた人々は、それ相応の技能を身につけていた。長時間動き続けられるスタミナ、石を加工したナイフの製作。また野生動物を狩り肉を喰らうことにより、彼らの肉体は強靭なものへと変貌していった。そして木々を切り倒し装備を整えることに成功する。魔獣と対等に渡り合うようになるのも、もはや時間の問題となった。

 やがて、最大のブレイクスルーが起こった。弓矢だ。木材の加工が可能となった彼らが真っ先に作った武器であり、それまでは成し得なかった射撃と言う新たな戦術の構築に成功したのである。

 かくして魔獣に先手を打てるようになったばかりか、敵を確実に消耗させてから白兵戦を仕掛けることが出来るようになったのだ。

 それまで逃げることしか出来なかった魔獣相手に対等に渡り合う、クレイドルにおける人類史で最も大きな一歩を踏み出したと言っても過言ではなかった。


 魔獣の討伐に成功した人類は、遂に恵みと遭遇した。彼らの遭遇したものは、まさしく未知であった。

 黒い小石が、硬く地面に敷き詰めてあった。見たこともない灰色の建材から成る画一的な建築物からは、何者かが効率よく企画して建てたのだとはっきり感じとれた。

 そして何よりも彼らを驚愕させたのは、艶やかな光沢を放つ管である。その頭についた得体の知れないものを捻ると、あろうことか飲むことができるほど澄んだ水が流れたのだ。彼らの長い旅路において、飲み水の確保はまさしく生命線であった。命がけで務めて尚得られる成果が不安定で、彼らの生存戦略において常に影を落としていた。そんな折に常に供給される飲み水が見つかったのである。

 始まりの人々は、この謎の土地への定住を決意した。かくして「始まりの地」が生まれ、人々はそこに在るものを恵みと呼ぶようになった。確認できる最古の都市であり、後に来る熱狂の時代への長い準備期間が訪れることとなる。


 始まりの地の誕生からおよそ500年が経過した。火を使い、木を切り、鉄を叩き、水を飲む。人々はこうした恵みの恩恵を得て、また独自の発展を経て文明を花開かせた。

 穀物を安定して供給し、組織的な狩りを行い、必要な労働力を確保するため奴隷制が生まれた。ものとものとが盛んに交換されるようになり、やがて経済が生まれた。貨幣制度の成立には、著しい発達を遂げた鍛治技術の貢献するところが大きい。こうして都市を作り上げ、時間をかけて力を身につけた人々が、新たな生存圏の確保に走るのは当然の話だった。

 いつからそこにあったのかも分からない恵み。彼らの都市に必要不可欠でありクレイドルに点在するそれらは、いつだって何の前触れもなく突然発見された。発見される位置にもまるで規則性が見えないのだ。いつしか人々は、気まぐれな妖精のように突然姿を現わす恵みを求め冒険に繰り出すようになった。

 ロマンティスト達が声高々にフロンティアの発見を歓喜した。自由を享受する独立商人達が恵みの存在を商機と捉えた。そして肥大するロマンティシズムをその胸の内に抱えきれなくなった者は、いても立ってもいられず冒険者を名乗り出した。

 急増する冒険者達に対応するべく、全ての都市が協力し合い巨大な冒険者ギルドを組織した。ギルドの誕生に伴い冒険者の立場は確固たるものとなる。依頼を受け、こなす彼らの働きが、クレイドルにおける経済活動の大半を占めるようになったのだ。これにより、一部を除いて奴隷制は緩やかに縮小し続けている。

 同時に整備された冒険者システムは、恵みの発見を加速させる最大の要因となった。商機と捉えた独立商人達もこぞって資金を投じ、やがてクレイドルは熱狂に包まれた。野心と冒険の日々に突入した人々は、生のエネルギー溢れる自らの生きる時代を、大冒険時代と名付けた。


 そしてこの大冒険時代を背景に、物語は冒険者となった青年、タダカツを追うこととなる。

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