情報化時代の犯罪者たち

霜天 満

#1 クリエイター

 1


 とある大学院で、人工知能の研究をしていた男が逮捕された。


 彼が逮捕されたのは、あるプログラムを開発し、その成果をインターネット上で公開したからだ。

 彼が開発したプログラムとは、『新型のコンピューターウイルスをし続けるAI(人工知能)』である。

 そして公開した成果とは、開発したAIの『ソースコード』であった。


 『全自動ウイルス生成器』とでも呼ぶべきそのAIは、公開から数時間で世界中あちこちのコンピューターにインストールされ、まるで呼吸でもするかのように大量の新型コンピューターウイルスを吐き出しはじめた。


 インターネットに接続された世界中のパソコン、スマートフォンが次々と新型ウイルスに感染し、世界は数日で阿鼻叫喚の渦に飲み込まれた。


 各種OSやブラウザの脆弱性を自動的に探し出し、複数の脆弱性を組み合わせて新たなウイルスを生み出す。それを延々と繰り返す。

 AIが次々と繰り出す新型のウイルスに、人間側の対応は後手に回るばかりだった。


 OSを供給するベンダーが脆弱性対応のパッチを緊急配布したかと思えば、その数時間後にはパッチの脆弱性を突くウイルスがネットに放流されている。

 ウイルス対策ソフトのホームページには、『発見されたがまだ対策がない』という状態のウイルス情報が数ページに渡って並び、時間と共に項目が増え続ける。

 挙句の果てには、焦りから来る人為的なミスでウイルス対策パッチを開発するためのマシンがウイルスに感染し、パッチの開発がとどこおる始末。

 システム会社の電話は昼夜を問わずひっきりなしに鳴り続け、担当者は「とにかくインターネットにつながるケーブルを引っこ抜いてください!」と答える他に手の打ちようがない。


 コンピューターシステムに関わる者達にとって、まさに地獄のような日々が続いた。


 インターネットを利用した各種システムはウイルスに感染して次々と停止し、世界中のあらゆる経済活動が機能不全に陥った。

 もはや世界が動きを止めるのも時間の問題かと思われた。


 しかし幸い、そうはならなかった。


 公開されたAIのソースコードを解析していた警察のサイバー犯罪対策部隊が、開発者がこっそり用意していた『緊急停止コマンド』を発見したのだ。

 即座にコマンドが実行され、世界中のウイルス生成AIは停止した。


 無論、大元であるソースコードは警察の手によって即座に公開を停止された。

 加えて、全世界の警察が協力してウイルス生成AIのインストール、ソースコードの所持を厳しく禁じたため、二度目の混乱が起こることはなかった。


 その後も多少の混乱はあったが、生成されたウイルスには順に対策がなされてゆき、世界は無事に平穏を取り戻した。




 2


 そんな中で逮捕されたのが、ウイルス生成AIを開発した男である。


 世界中の注目が集まる中、裁判は驚くほど早く進められ、彼には終身刑が言い渡された。

 ウイルス騒動に関連した事故で親族、知人を失った者達からは「死刑にせよ」との声も上がったが、そうはならなかった。


 世界に与えた影響は大きくとも、彼がやったことはあくまでも、ウイルス生成AIの『ソースコードの配布』である。AIのプログラムを配布したわけではない。

 実際にAIを動かすには、ダウンロードした後でソースコードをコンパイルし、出来上がったプログラムをコンピューターにインストールし、人の手でプログラムを起動する必要があった。

 コンパイル、インストール、プログラムの起動という、実際にAIを稼働させる手順を行なったのは、開発者の彼ではない。公開されたソースコードをダウンロードした者たちだ。

 ゆえに彼は直接の実行犯ではない……と、司法は判断したらしい。


 この判決は世界中で物議をかもしたが、最終的には『生かしておいて同様のサイバー犯罪を未然に防ぐための研究に(死ぬまで)従事させる』という当事国の言い分が受け入れられた。




 3


 この開発者の男に、逮捕直前に取材を行なった記録がある。

 実は取材をしたのは私だ。

 幸か不幸か、私は彼に直接会って取材する機会を得ていたのだ。


 当時、警察は逮捕状発行の手続きに手間取っていた。いくら警察といえど、現行犯でない容疑者を逮捕状もなしに捕まえることはできない。

 さらに彼自身は観念したのか、警察の任意同行には応じないものの、逃げ出す様子もなく研究室にこもっていた。


 そんな状況下で、何の気まぐれか彼は私の取材に応じてくれたのだ。

 そのとき彼が語った言葉をここで紹介しておこう。


「僕がやったことは犯罪かって?

 僕はそうは思いませんね。だっておかしいでしょう。

 僕はウイルスを作っていないし、配布もしていないんですから。


 もし誰かが街中で爆弾を爆発させたら、そいつは紛れもなく犯罪者ですよ。それには僕も同意する。

 だけどね、僕がやったことはというと、爆弾を作ったのでもなければ、売ったのでもない。

 言うなれば、爆弾の製造装置の、その設計図を作って公開したようなもんです。


 設計図は爆発しないし、設計図から爆弾が出てくることもない。

 設計図そのものは、まったくの無害です。


 AIのソースコードも同じですよ。

 ソースコード自体は動かないし、ウイルスも生成しない。

 まったくの無害です。


 そんな僕が、なぜ逮捕されなくちゃいけないんです?

 逮捕されるべきは、設計図から製造装置を作って動かしたヤツか、製造された爆弾を街にバラまいたヤツでしょう。違いますかね?」


 確かに、純粋に彼の行為だけを見れば、彼の言葉にも一定の理があるように思われる。いかに世界に与えた影響が大きくとも。



 しかし、これはあくまでも私見だが、彼はひとつ重大な勘違いをしているように思う。


 すなわち、彼がしたことが犯罪になるか否かはだということだ。倫理的な善悪は関係ない。


 法律に『〇〇してはならない』『〇〇に該当する者は、これを罰する』と書いてあれば、それは犯罪だ。

 極端な話、法律に『リンゴを食べてはならない』と書いてあれば、リンゴを食べることは犯罪である。その国においては。


 該当するか否かの判断が微妙な場合、法解釈を担当する裁判官が『該当する』とするかどうかだ。

 彼本人が善だと言おうが、一般大衆が悪だと言おうが、関係ない。


 犯罪かどうかは、善悪とは関係ない。

 法律と、法解釈次第なのだ。


 とはいえ、たかがプログラムのソースコードを公開しただけで終身刑というのも、それだけ聞けば重すぎる刑罰のようにも思われるが……。


 読者のあなたは、どう考えるだろうか。

 彼のしたことは、犯罪だろうか?

 犯罪だとすれば、どのような刑罰が適切だったのだろうか——?




※この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。作中にIT技術を用いた犯罪に関する表現が登場しますが、決して真似しないで下さい。

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