蛮勇ジェネレーションズNEO

アッセンブル! 超ヒーロー10勇士

第1話 天宮桃乃の苦悩

 ――薄暗い闇の中。無数のコンピュータに囲まれた、科学の檻の中で。1人の男が天を仰ぎ、嗤っていた。

 その足元に跪く、怜悧な容姿の男と熊のような巨漢。そのうちの怜悧な男の方が、静かに口を開く。


「ロード。いかがされましたか」

「かぁっ……ははは! 喜べ、辻間つじま! 黒沼くろぬま! ついに見つけたのだ、我が眷属に相応しい感染者ニュータントをな!」

「ほぉお……!」

「それは……おめでとうございます。して、その者とは?」

「あぁ……この娘だ」


 辻間と呼ばれる、冷酷な眼差しを持つ男は主人に問い掛けた。その言葉に頷きながら、ロードと呼ばれた壮年の男は、無数にあるディスプレイのうちの一つを指差す。

 ――そこには、何の変哲も無い1人の少女が、友人達と語らいながら登校する姿が映されていた。


「ロード。この娘は、もしや……」

「あぁ……私が探し求めていた、力の奔流を秘めし者。エナジー・ニュータントだ」

「なんと……まさか、よりによってこの娘が計画の鍵になろうとは……」

「誰の娘だろうと、関係ない。私の研究を完成させるためとあらば、その人柱になって貰う。それだけのことだ」

「その通りですな……! ならば早速、この俺が――!」

「――まぁ待て、黒沼。せっかくあの男の忘れ形見が、『ヒーロー』などという、あこぎな商売をしておるのだ。娘の回収ついでに奴を破壊し、我が野望の礎にしようぞ」

「ぬ……」

「はっ。では、そのように」


 画面に映る彼女を、粘ついた眼差しで見つめる「ロード」。彼は昂ぶる巨漢を窘めた後、その口元を歪に歪ませて――高笑いを上げる。


 そんな彼の脳裏には、ある男の生前の姿が映されていた。


「貴様の息子の散りざま……地獄の底から見ているが良い。神頭武蔵よ」


 ◇


 ――神嶋大学付属高校かみしまだいがくふぞくこうこう。その学び舎に通う2年生の中に、1人。

 他の追随を許さない絶対的な美貌ゆえ、「学園のアイドル」の名をほしいままにしている少女がいた。


 彼女の名は天宮桃乃あまみやももの


 水晶の如く透き通った柔肌に、艶やかな漆黒のロングヘア。引き締まりつつも女性的なラインを描く肢体に、Fカップという圧倒的プロポーション。

 さらにテニス部のエースでもあり、成績も優秀という文武両道。極め付けは――豪邸に住む、官僚の令嬢というやんごとなき身分。


 まさに大和撫子という言葉に相応しい正統派美少女であり、街を歩けば誰もが振り返る存在である。


 幾度となくモデルやアイドルにスカウトされ、その度に断っているのだが――そんな控えめな姿勢もまた、彼女の人気に一役買っているのだ。

 無論、告白された回数も一度や二度ではない。クラスの男子のみならず、上級生や大学生、果てはモデルや俳優からも声を掛けられてきた彼女は――もはや、この高校を代表とする美少女と言ってもいい。


 そう。誰もが彼女をアイドルと呼び、その美しさに賞賛を送っているのだ。


 ――それがどれほど、彼女自身を苦しめているかなど、知るよしもなく。


「……はぁ」

「なーによ、ため息なんかついちゃって。また男絡み?」

「……こないだ、サッカー部の人からの告白、断ったんだけど……それからずっと、ファンクラブの人達が睨んでくるの。教室、入りづらいなぁ」

「それってさ、サッカー部の加美西かみにし先輩でしょ? 早稲田の推薦も決まってて、おまけにプロからも声が掛かってる超優良物件じゃん。そりゃあファンクラブの連中はいい顔しないよ。でもま、筋違いもいいとこよね」

「でも……私のせいで先輩を傷つけちゃったし……」

「相変わらずクソ真面目よねー、あんた。そういうとこは嫌いじゃないけど、自分の気持ちも大事にしなきゃダメよ?」

「うん……ありがとう、紗和さわ


 朝の登校時間。黒髪を靡かせ、男子生徒達の注目を浴びながら学校を目指す桃乃は、先のことを憂いてため息をついていた。そんな彼女を気遣う様に、隣を歩くサイドテールの少女はポンポンと優しく肩を叩いている。

 眼鏡を掛けたその少女の名は、彩瀬紗和あやせさわ。桃乃の親友であり、彼女の苦悩を知る数少ない理解者であった。

 「学園のアイドル」というイメージを押し付けられる上、それを裏切ってしまう怖さから、現状を受け入れざるを得なくなっている桃乃にとっては、家族を除く唯一の味方と言ってもいい。


「まぁ、あんたがスパッと彼氏の1人でも作っちゃえば即解決なんだけどね」

「か、簡単に言わないでよ」

「わかってるわかってる、言ってみただけよ。あんたは例の新人君に夢中で、それどころじゃないもんね〜」

「……!? な、なんでそれ……!」

「だって携帯の待ち受けにしてんじゃん。逆になんでバレないと思ったし」


 そんな彼女に、家族にも内緒にしてきた秘密を看破され、桃乃は頬を赤らめ声を上擦らせる。

 ――彼女の携帯には、最近デビューしたばかりの新人ヒーローが映されているのだ。


「ニュータントとは違う、機械仕掛けの戦士。超科学が生んだサイボーグヒーロー『レイボーグ-GM』! ――だっけ。男の子には最近ちょっと人気らしいけど、女子からはあんまりウケてないのよねーソイツ」

「えっ……!?」

「だってサイボーグってことはさ、要するにロボットってことでしょ? なんか故障とかしたら、こっちまで弾みで壊されそうで怖いじゃん。それにニュータントも気味悪いっちゃ気味悪いけど、1人だけニュータントですらないなんて、もっと気持ち悪くない? マスクから覗いてる口元はちょっとイケメンっぽいけど、ロボットってことはあれも作り物かも知れないわけで――」

「やっ、やめてよ! そんな酷いこと言わないでっ!」

「――冗談よ、冗談。いや、正確には冗談じゃなくて、レイボーグ君に対する世間の反応ってヤツ。確かになんだかんだ活躍はしてるし、支持者もそれなりにいる。別に、表立って嫌われてるわけでもない。でもやっぱり、ニュータントでもないサイボーグっていう異質さは、少なからず反感も買ってるみたいなのよね」

「そ、そんな……」

「あたし的には、そんなキワモノにあんたがご執心な理由が気にかかるわけだけど?」


 新進気鋭の若手ヒーロー「レイボーグ-GM」。通称、キャプテン・アーヴィング。

 最近、ニュースや新聞でしばしば取り上げられるようになってきていた、その新人ヒーローには――「サイボーグ」という、他のヒーローには滅多にない特徴があった。


 ニュートラルの力を借りず、超科学の力のみで戦う異色のヒーロー。そんな彼に対し、科学の可能性と人類の強さを求める層は高く評価していた。

 さらにメーサー光線銃「英雄極光ビームスプレーガン」は男の子からのウケもよく、全体的に言えば好意的に受け入れられたヒーローと言えるだろう。


 ――だが、誰もが諸手を上げて彼を支持しているわけではない。サイボーグという異質さゆえ、万一の「故障」に伴う危険性を指摘する声も、後を絶たないのだ。

 加えて、「ヒーロー」という危険な職業に従事することで市民権を得ているニュータント達が、自分達の生存圏アイデンティティを脅かしかねない存在であるとして、彼を否定するケースもある。


 良くも悪くもサイボーグ・ヒーローという存在は、ようやく「ニュータント・ヒーロー」という概念が浸透し始めたこの時代において、非常に際立つ「異物」なのだ。

 それを良き個性と見做して受け入れるか。危険な要素と判断して拒絶するか。全ては、市民一人ひとりの感情一つ。


 ――そんな危うい立ち位置にいる新人ヒーローに、「学園のアイドル」が熱中している。それが紗和にとっては、何より不思議に思えたのだ。

 桃乃ならもっと、確固たる社会的地位を持った男性を選べるだろうに――と。


「……」

「……ま、言いたくなきゃ無理にあたしも聞かないよ。あんたが幸せなら、それでいいんだし」

「うん……ごめんね紗和、いつも心配かけて」

「あたしも、ちょっと言いすぎたわね。別にあんたの推しヒーローを貶したかったわけじゃないのよ。……これで、機嫌直してくれる?」

「えっ……これって」


 ――だが、親友といえども当人の心が分かるわけではない。ならばせめて、その道が正しいと信じて背中を押すしかない。

 その結論に至り、紗和は1枚のチケットを桃乃に差し出した。それを手にした桃乃は、目を丸くして親友の顔を見遣る。


 紗和が渡したチケット。それは、今週の土曜日にマクタコーポレーション神嶋市支社で開催される、「ヒーロー握手会」の参加券であった。

 その握手会には、レイボーグ-GMも出席しているのである。


「……あたしの姉貴、その会社で働いててさぁ。自慢じゃないけど、美人受付嬢って言われてチヤホヤされてるから、こういうの貰いやすいんだって。で、あたしも姉貴もそんなにヒーローに興味あるわけじゃないし」

「紗和……!」

「せっかくだし、ちょっくら行ってみなよ。挨拶くらいは出来るんじゃない?」

「……ありがとう、紗和っ!」


 ――親友の不器用な心遣いに、桃乃は笑顔の花を咲かせる。その華やかな貌に、周囲の男子生徒達が一様に見惚れていた……のだが、当人は全く気づいていなかった。


(全く……自分の魅力に無頓着過ぎだよねぇ)


 同性でありながら、そんな親友の美貌と笑顔にドギマギしていた紗和は。この美少女の心を独占している新人ヒーローに、微かなジェラシーを感じつつ。苦笑とともに、ため息をつくのだった。


 ◇


 「学園のアイドル」と持て囃され、嫉妬と羨望に晒されてきた、天宮桃乃は。

 サイボーグでありながら、ヒーローの1人として戦う「レイボーグ-GM」という新人に、自分の境遇を重ねていたのである。

 「特別」になってしまったばかりに、大多数の「普通」に混ざれず、寂しさを抱えていた自分を。


 ――もしかしたら、この人もそうなのかな。私と同じ、「普通」でいられない孤独や苦しみを抱えているのかな――


 彼の存在をニュースで知った日から、ずっと。桃乃はその一心のまま、新聞やネットで彼の活躍を追い続けてきた。

 それは元々、近しい仲間を見つけたことで生まれた「興味」の範疇でしかなかったが――携帯に映る待ち受け画面を、愛おしげに見つめる彼女の貌を見た親友は、それだけだとは思わなかった。


 紗和はチケットを渡した日、すでに看破していたのである。

 桃乃は――自分と同じ境遇にありながら、なおも「ヒーロー」として戦っているレイボーグ-GMに、恋をしているのだと。

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