第2話 刻まれた宿命

 人通りがそもそも少ない林の中、ということもあり――アトリは基本的に客足は多くない。それでもデートスポットとしては最適な景観があるため、カップルが訪れる機会はそれなりにあるのだ。

 尤も、ここに来る若い男女が、全てそういう関係……というわけではない。


 このアトリの常連客であり、竜斗の数少ない友人である2人の高校生が、その一例である。


「なぁ、聞いたか竜斗。この辺に出る『ヒーロー破り』の噂」

「え……? さぁ、ここ最近は街にはあまり出ないからなぁ……」

「1人のヴィランが色んなヒーローを名指しで呼び出して、一対一の決闘を挑んでるんだって。それがすっごく強くて、もう10人以上はやられちゃってるんだってさ!」

「ヒーローが負けたって話は世間のイメージに関わるから、どこも報道はしてねぇけど……その決闘を見たって奴はいっぱいいるし、何個か動画も上がってんだ」


 街で噂になっているという、謎のヴィラン。その話題を、勤務中の竜斗に投げかけて来た彼らは――竜斗目当てで来ている女性客から、冷ややかな視線を向けられていた。


 蒼い瞳と艶やかな黒髪の、長身イケメンハーフ。……という外見で有名な竜斗の存在は、ミーハーな女性客を引っ切り無しに惹きつけているのである。

 ――だが、ウェイター服を優雅に着こなす竜斗と、親しげに話す高校生2人は、そんな周囲の嫉妬などまるで意に介していないようだった。


 ブレザーを乱雑に着崩し、ボサボサの黒髪を肩まで伸ばしている、173cm程度の中肉中背の少年――芝村慶吾しばむらけいご

 艶やかな黒髪を前下がりボブに切り揃え、146cmという小柄な体躯でありながら。豊満な臀部とくびれたウエスト、そしてHカップの巨峰を備えている美少女――乃木原佳音のぎはらかのん

 彼らは家が隣同士の幼馴染であり、近所の高校に通う3年生であった。


 1年前からアトリで働き出した竜斗と偶然知り合って以来、歳が近いということもあり、こうして友人同士となっているのである。


「そんなにたくさんのヒーローを……凄いんだなぁ、そのヴィラン」

「さすがに警察も動き出してるんだが、何しろ神出鬼没でなぁ。決闘のために指示した場所に警官隊が張り込んでたら、目当てのヒーローが来る前に全員ブチのめされたって話だぜ」

「だんだんそいつが挑むヒーローもグレードが上がっていってるんだけど、今のところ負けなしなんだって。……変わり映えしない町の不良ばっかりボコボコにしてる慶吾とは、大違いだよねー」

「うっせぇチビ」

「なによチンピラ」

「あぁもう、店の中で喧嘩はやめてったら……」

「ハンッ!」

「ふんっ!」


 そんな彼らの間で起きる、店の中での口喧嘩も、ここでは日常茶飯事であった。

 ――こうして慶吾と佳音が女性客の顰蹙を買い、竜斗が仲裁に心を砕き、その間にカオルがささっと他の客に対応する。そして、そんな彼らをマスコットのクゥが、穏やかな眼で見守り続ける。

 それが、このアトリで1年間繰り返されてきた、日常の流れであった。


 だが。


 その日常はこの日、唐突に終わりを告げることになる。


「失礼。こちらに、アーヴィング・J・竜斗君がいるとお伺いしたのですが」


 普段の客とは明らかに違う、漆黒のスーツを纏う男性。黒髪を端正に切り揃え、前髪を立ち上げた眉目秀麗な顔立ちからは、単なる美しさだけではないオーラが放たれている。


 竜斗を目当てにしていた女性客が、一瞬で虜にされてしまうほどの美貌。その美しさを備えた彼は、ウェイター服を纏う竜斗を見つけると、スゥッと目を細める。

 ――その手には、大きなトランクが握られていた。


 一方、見知らぬ男性からいきなり名指しで呼ばれた竜斗は、何事かと息を飲んでいた。


「あの……失礼ですが、ウチの従業員に何か……?」

「申し遅れました。……私はヴィラン対策室所属の神威了かむいりょうと申します。故あって、アーヴィング・J・竜斗君にお話があって参りました」

「ヴィラン対策室……!?」


 前に進み出たカオルに、身分証を提示し――神威了と名乗る青年は、竜斗の正面へと歩み寄る。

 そして、目と鼻の先という距離まで彼に迫ると……真摯な眼差しで、竜斗の蒼い瞳を射抜くのだった。


「君に――大切な話がある。君の身体のことに、関係している話だ」

「……!?」


 ◇


 その後、席を外した竜斗と了は――ログハウスのリビングに場所を移し、話の席を設けることになった。

 トランクをテーブルの側に置き、椅子に腰掛けた了に、竜斗はそっと淹れたばかりのコーヒーを差し出す。


「ありがとう。……香りだけで、日々の疲れが癒されるようだ。いい腕を持ってるな」

「……教え上手な師匠がいますから」

「師匠? ――あぁ、加倉井オーナーか。なるほど、確かに彼女はよくやってくれているようだな。君の淹れたこのコーヒーには、ほのかな甘さと……優しさを感じる」


 その風味を愉しむ了を、訝しげに見つめながら。竜斗は腑に落ちない表情で、向かいの椅子に腰掛けた。


「それで、僕の身体のこと……どこまでご存知なんですか」

「質問を返すようで済まないが、君はどこまで自分の体を把握している?」

「……それは……」


 ――カナダ人の母と日本人の父を持つアーヴィング・Jジンドウ竜斗リュウトは、1年前に事故に遭った。


 父の誕生日プレゼントを買って帰る途中。歩道に飛び出した子供を庇い、トラックに撥ねられた彼は意識を失い――気がつけば、今の機械の身体になっていたのである。

 その後すぐに、亡き母の知人である加倉井カオルに拾われ、アトリに引き取られることになったのだが――その間の記憶が、ないのだ。


 カオルから聞いた話では、事故の後に医師が首を振ったため、父が自分の研究所まで身柄を搬送し、機械の体に改造することで一命を取り留めたのだという。

 だが、その直後に研究所で爆発事故が起き、竜斗は助かったものの父の救出は間に合わず、還らぬ人になった。――そこまでが、竜斗本人が知る全てであった。


 幼き日に母を失い、最後の肉親である父までも失った竜斗は、途方に暮れていたが――その身を引き取ったカオルの献身もあり、ようやくここまで立ち直ることが出来たのである。


「……そうか。彼女も、上手く説明したものだな。いや、カバーストーリーを用意したのは間阿瀬まあせの奴だったか……」

「……?」

「竜斗君、率直に言おう。今の君の身体を構成している機械は、単なる延命の為に造られたものではない。ニュータントの力を再現するために、政府が生み出した戦闘用改造人間――『レイボーグ』の基礎ボディなんだ」

「えっ……!?」


 ――だが、1年という月日をかけて、竜斗の日常に築かれた平和は。了の口から語られる真実によって、打ち砕かれようとしていた。


 ◇


 ――超人計画ニュートラルプロジェクト


 日々増加するニュータント犯罪に抗するべく、政府が水面下で進めている計画の一つである。

 その目的は、ニュートラルやヒーローだけに頼らずヴィランを駆逐出来る戦力を整え、人間の威厳を取り戻すことにあり――幾多の研究チームの大多数が、装甲強化服パワードスーツによる実現を目指していた。


 その研究チームの中に、一つ。

 非人道的な研究により、装甲強化服に優る成果を導き出したチームがあった。


 ――それは、科学技術によってニュータントの能力を再現した改造人間サイボーグを創出するというもの。


 装甲強化服ではなく人間そのものを、ニュートラルを使わずニュータントに近付ける。そんな矛盾の極致を、倫理を犠牲にして強行した結果……他のチームを圧倒する「結果」を生み出したのである。


 その忌むべき第1号の見本モデルとして選ばれたのは――ニュートラルの感染により誕生した人造人間ロボットヒーロー「マジンダー01ゼロワン」。そして、荷電粒子砲「神極光ビームマグナム」を操るヒーロー「キャプテン・コージ」の2人であった。

 チームの指導者である神頭武蔵じんどうむさし博士の指揮のもと、研究員達は彼らの能力を解析。

 そのデータを元に、機械化した被験体の体内に指向性エネルギー「メーサー光線」を循環させ――キャプテン・コージの破壊力と、マジンダー01の体表硬度を可能な限り再現した、「模造品」を造り出すのだった。


 この第1号のテストが順調に進めば、ゆくゆくは「量産化」を視野に入れることもできる。上層部は神頭武蔵が齎したデータを目にして、そのような展望さえ企むようになっていた。


 しかも、その第1号の被験体は――偶然交通事故に遭い、死に瀕していた神頭武蔵の一人息子「アーヴィング・J・竜斗」だったのである。

 実の息子を人体実験にかけ、あまつさえ量産化を視野に入れた非人道的な研究に巻き込む。そんな彼の行いに、他のチームは畏怖していた。


 ――だが、それでも彼はやらねばならなかった。幼い竜斗を残して世を去った妻は、ニュータント犯罪で命を落とした。

 妻のような犠牲者を生まぬためには、自身が悪鬼になろうと完成させねばならなかったのである。地上からヴィランを掃討しうる、正義の断罪者を。


 だが、虫も殺せぬ息子にそれを強いることになったのは、彼にとっても想定外であった。

 ――だからこそ彼は、どこまで行こうと自らの行いは「ギルティ」でしかないと、己に言い聞かせるために。その名をコードネームとして、息子のボディに残したのである。


 正式名称「RAYレイ-BORGボーグ-GUILTYギルティ-MASERメーサー」、通称「レイボーグ-GMジム」。それが、竜斗の身に刻まれたコードネームであった。


 そうして、メーサー駆動式改造人間「レイボーグ」として生まれ変わった竜斗が、目覚めの時を迎えようとした――その日。彼の運命は、さらに大きくうねることになる。


 地下に潜伏し、超人計画を嗅ぎつけていたヴィラン組織「吸血夜会きゅうけつやかい」の工作員が、レイボーグ計画を破壊する為に研究員に成りすまし、神頭武蔵の研究所に潜伏していたのだ。

 そして、竜斗のボディを起動させる日。彼の起動スイッチを押す振りをして自壊用のレバーを引き、竜斗を抹殺しようとした彼は――「吸血夜会」の動きを察知していたキャプテン・コージに待ち伏せされ、阻止されてしまう。

 逆上した工作員は、キャプテン・コージもろとも研究員を全員抹殺すべく、研究所の自爆装置を作動させた。


 ――結果、神頭武蔵を含むレイボーグ計画の研究員全員が死亡。キャプテン・コージは僅かな資料を拾いながら竜斗を救出し、辛くも脱出したが、工作員を取り逃がしてしまった。

 こうしてレイボーグ計画は頓挫し、量産化計画も白紙となってしまう。


 さらに、竜斗も本来の予定だった「スイッチによる正常な起動」ではなく「爆発の衝撃による強制起動」で目覚めたため、記憶に障害が発生。研究所にいた間の記憶を全て失い、事故の日からの記憶が途切れてしまう事態となった。


 そんな竜斗の窮状を憂いたキャプテン・コージ――もとい間阿瀬浩司まあせこうじは、彼を亡き母の知人であるという加倉井カオルのところへ連れて行き、彼女に経緯を語る。

 彼女から「竜斗が立ち直るまでは、真相や戦いから遠ざけるべき」と提案された浩司は、真相を隠しつつ辻褄を合わせるためのカバーストーリーを用意し、それを竜斗に伝えるよう彼女に頼み込んだ。

 カオルはそれを引き受け、記憶のない竜斗の親代わりとして、彼を預かることに決める。


 それから1年が経ち――竜斗はついに、己の真実を知るのだった。


 ◇


「……レイ、ボーグ……」


 ニュータントの異能を科学で再現するために造り出された、模造品。その真実に打ちひしがれ、竜斗は目を伏せる。

 そんな彼を神妙に見遣りながら、了は目の前の青年が淹れたコーヒーを味わっていた。


「……君が争いに向かない人物である、ということはこちらも把握している。間阿瀬や加倉井オーナーが、君を戦いから遠ざけようとしていたのも、わかる。だが、君自身が戦闘用改造人間である以上、いつかは必ず戦わねばならない日が来てしまう……それもまた、変えようのない事実だ」

「……」

「俺がここに来たのも……間阿瀬に頼まれてのことでな。あいつも、君がいつまでも平和な暮らしのままではいられないと、分かっていたんだよ。だからこそ、いつかその日が来た時のために、君の力になって欲しいと頼んできた」

「……キャプテン・コージさん、が……?」

「自分を『神の代行者』と称して憚らない、プライドの塊のような男が……他人のために頭を下げたのは、これで2度目だ。どうやらあいつも、重力に負ける程度には脳味噌が重いらしい。意外なことに、な」


 やがて、了はテーブルの上にトランクを置くと――竜斗の前で、それを開けてみせる。その中に隠されていた物に、竜斗は思わず息を飲んだ。


「これ、は……」

「君の体内で循環している指向性エネルギーは、そのままの姿では活用出来ない。君の肉体というハードウェアの性能を引き出すためのソフトウェアが、この装甲強化服ということだ」


 トランクの中に折り畳まれ、敷き詰められた装甲強化服。それを目の当たりにした竜斗は、了の話を改めて実感する。


「……君は遠からず、ヴィランと戦う時が来る。例えば、君の友人や加倉井オーナーがヴィランに襲われたとして……自分の力を知った君が、背を向けて逃げられると思うか?」

「……」

「力ある者は、弱き者を守る義務があり。その義務を果たした時、弱き者に勝る栄誉を齎される。――それは、人間でもニュータントでもない君が、大手を振って『自分』を誇れる、またとない機会だ」


 その言葉に誘われるように、竜斗は震える手でトランクに手を伸ばす。

 機械の身体にコンプレックスを抱き続けていた彼にとって、その誘いは天啓に等しい。――だが。


 彼はトランクの蓋を掴み、一気にそれを閉じてしまった。甘い誘惑を、断ち切るかのように。


「……考えさせてください。僕の一存で、決められることじゃない」

「……そう言うだろうと思っていた。気が済むまで、悩んでくれて構わない。ただし、トランクはここに置いておくぞ」


 それを受け、了は優しく竜斗の肩を叩くと――そのまま、ログハウスから立ち去ってしまった。1人残された竜斗は、辺りがすっかり暗くなっていたことにようやく気付く。

 日が落ちていることにも気づかないほど、思い詰めていたようだ。


「……父さん、僕は……」


 機械仕掛けの拳を見下ろし、竜斗は物憂げな声を漏らす。その様子を――外の壁に背を預けていたカオルは、肩越しにじっと見守っていた。


「……竜斗……」

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