第四十話:徐々に明らかになる何か

 英二はすかさずその本の格納場所を確認し、その場所へと向かった。

 少し手を伸ばせば届く程の高さの棚に、その本は並べられていた。

 英二は本を手に取り閲覧スペースに向かった。

 机に座り本を開き、貪るように読み進めた。

 すると早々に衝撃的な内容が目に飛び込んできた。


『黄昏村は代々“魔女”の血塗られた歴史と戦い続けてきた。

 その村に住む民族は呪われし一族と呼ばれ、これまでの歴史の中で幾度か魔女を生み出して来た。

 魔女は自らの魔気の均衡を崩し力を暴走させる。

 その力は邪悪で強く、鋭い凶器となって周囲の人々を危機に晒す。

 魔女の邪悪な力により失われてしまった尊い命は数え切れない。

 魔女の出現を阻むこと、出現した場合に早急に息の根を止めることは人類にとって最優先の課題である』


『魔女の出現は公式な記録に残っているもので、これまでの歴史で3度ある。

 西暦1689年。

 西暦1871年。

 西暦1953年。

 いずれも多くの犠牲を払うこととなった。

 魔女の出現は神が人類に与える課題の1つなのかもしれない』


 英二はぱたりと本を閉じた。

 魔女――

 呪われし一族――

 結有がそのような一族の一員だとは到底信じられない。しかし何かが引っかかる気がしてならない。

 自分は何か大事なものを見落としているのではないか――

 英二は晴れない気持ちで図書館の通路をゆっくりと行ったり来たりした。

 その時ふと、足元の棚に納められた1冊の本が目に入った。


『選ばれし者達 厄災と救済』


 英二は本の背に記されたそのタイトルに目が釘付けになった。

 自分がこの世界に来てから幾度となく言われた言葉。

 選ばれし者。

 少し前かがみになってその本を手に取る。ずしりとした重さが手に伝わった。

 再び机に向かい、英二はその本をめくった。


『世界を危機から救った、魔人族の英雄たちがいる。

 彼らは“選ばれし者”と呼ばれた。

 この世界はこれまで何度か、大きな“厄災”に見舞われ存在を根底から揺るがされてきた。

 厄災は邪悪な力に支配され、その力のままに殺戮の限りを尽くした。

 世界の名だたるエージェント達がその厄災を止めるため勇敢にも立ち塞がったが、無残にも引き裂かれ踏みにじられて行った。

 誰もがその力の前に為す術がなく、絶望に打ちひしがれていた。

 そんな世界を救った英雄たち。

 『閻魔『の血を引く彼らは、その黒き炎で厄災を焼き尽くした』


『世界を大きな危機に陥れた厄災はこれまでの歴史で3度姿を現した。

 初めての厄災、西暦1689年。

 二度目の厄災、西暦1871年。

 そして現時点で最後、三度目の厄災、西暦1953年。

 これは同時に、世界を危機から救った選ばれし者達もこれまで3人現れたことを意味する。

 彼らが現れるまで、世界は常に厄災の恐怖に怯えなければならなかった』


 ん……これは……

 英二はハッとしてそのまま本を机に置き本棚へと走った。

 位置ははっきりと覚えている。真っ直ぐにお目当ての本へと辿り着いた。

 『黄昏村と魔女の歴史』と書かれたその本を手に取り、すぐに元いた机へと引き返す。

 本を机に広げ、隣で開かれているもう1冊と交互に見比べる。

「やっぱりだ……!」

 英二は舌唇を強く噛み締めた。


「ボス!」

 兵馬が声を上げて駆け寄って来た。

「どうした」

 慎は机から顔を上げて兵馬の顔を見据えた。

「これを見て下さい。さっきうちの全員宛に届いたメッセージなんすけど……」

 慎は兵馬が差し出した液晶画面を覗き込んだ。


『しばらく仕事はお休みさせてください。

 世の中が大変な状況で、わがままなことを言っているのは重々承知してます。

 でもどうしても確かめなくちゃならないことがあるんです』


「あいつ……」

 慎はじっと画面を睨みつけたまましばらく動かなかった。


 英二は地下鉄道の車両の中にいた。車両は地下の暗闇の中を切り裂きながら目的地に向かって進んでいる。

 この先に自分の待つ答えがあるはず――

 じっと椅子に座りながら英二はそう感じていた。

 地下鉄道は3時間ほどの旅を終え、目的の駅に到着した。

 英二は車両から降りて駅の改札を抜け、構内を出て地面に降り立った。

 着いた――

 ここが黄昏村。

 図書館での衝撃的な読書体験の後、すぐさま英二が答えを求め向かった場所。村の空は歓迎とは言えないような薄暗い色をしていた。

 英二は手元のポータルマップを頼りに村の道を進む。

 村は面積的には大きいが大自然が多くを占め、人が集中的に暮らしているような地域はあまり多くはない。

 その中でも最大の中心地と言われる集落、暮空市が英二の目的地だ。

 駅から歩いて15分ほど進んだ所にバス乗り場がある。このバスが暮空市へのメインの移動手段だ。

 英二はしばらくしてやって来たバスに乗り込み暮空市を目指した。

 バスはくねくねとした道を進み、やがて大きな木の前で停まった。

 バスの電光掲示板には“暮空市”の文字が表示されている。

 英二はバスを降り、木の向こうに張り巡らされた柵を越えて暮空市の中に足を踏み入れた。

 暮空市の中にはぽつりぽつりと民家や露店が点在しているが、不気味なくらい静かだ。全く人の気配がない。

 英二は大きめの3階建ての木製の家の前に立ち、玄関の扉をコンコンとノックした。

 中からの反応はない。

 周囲の数軒の家にも同じようにして回るが、やはり反応はない。

 おかしいな――

 英二がそう違和感を感じ始めた矢先、パン!という音がした。

 すぐさま英二は身をかわした。

 地面にバレットが当たって散った。

 パン!パン!パン!

 続けてバレットが英二を狙って続々と撃ち込まれる。

 パキン!パキン!パキン!

 英二は全てのバレットをシールドで弾き返した。

 その隙に背後の家の影から1人の男が飛び出し、英二に向かって木製の棒を振り下ろした。

 ぱしっ!

 英二は難なくその棒を右手で受け止める。

 そのままぐるっと体を回転させて男の背後に回り込み、左手で男の首を締める体勢を取った。

 一瞬で雌雄は決した。

 グッ、と言う声が男の口から漏れる。

「やめろ!」

 英二は声を張り上げて辺り一帯に呼びかけた。

「俺はあなたたちに危害を加えに来た訳じゃない! どうしても確かめたいことがあってここに来ただけです。無駄な争いはやめましょう!」

 しばらく静まり返る一帯。

 やがて、物陰から男たちがぞろぞろと現れてきた。皆独特の民族衣装のようなものを身にまとっている。

「お前は一体何をしに来た」

 先頭の男が英二に挑むような口調で話しかけた。不信感が全身から見て取れる。

「さっきも言った通り、どうしても確かめたいことがあるんです。恐らくこの村でしか確かめることは出来ない事実を」

「お前は一体何者だ」

「ただのエージェントです。だけど今は仕事は全く関係ない。個人的な思いで来ただけです」

 英二は男の目を真っ直ぐに見つめた。

「お願いです、この村の代表と話をさせてください」

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