第十九話:衝撃と焦燥

「君は……我らがファミリアのヘッド、魔王・桜井凱がいの息子だ」

 英二の体内を雷に撃たれたような衝撃が走った。

 俺の親父が、魔王……?

「ふざけたこと言うなよ……俺の親父はもう死ん」

「本当にそうと言い切れるのか? 本当に自分の父親が死んだと、証明できるか?」

 斉人が英二の言葉を制す。英二は反論することが出来なかった。頭に浮かぶのは母親の顔だ。

 あなたのお父さんはもうこの世界にいないの――

 幼い頃にそう母親から伝えられて以来、その言葉を疑うことすらなかった。

 自分の父親はもうこの世にいない。そのことを揺るぎない事実だと受け入れて生きていた。

 しかし、それは事実ではなかった……?

「結有」

 英二は、側で言葉を呑んで2人のやり取りを見つめていた結有に呼びかけた。

「なに……?」

「ファミリアのヘッドの名前、本当に桜井凱なの……?」

 結有は一瞬言葉に詰まったが、意を決したように口を開いた。

「……うん、ほんとだよ英二。英二の名字を聞いた時、もしかしたらって思ったんだ……」

 入学の日の結有の驚いた顔を思い出す。

「でも英二はお父さん死んじゃったって言ってたから……私そういう話に疎いから何が本当かわかんなくて混乱しちゃって……それで後で他の子達にも聞いてみたんだ。そしたら、あいつは魔王の息子だって言う子が何人もいてね……ごめんね、なんかこそこそと……」

「いや、全然いいよそんなのは。言い辛いことだろうし」

 どうやら、斉人の話の信憑性は高いようだ。

「はあ、まいったな。いきなりこんなこと言われたら。頭がクラクラする」

「やっと自分が置かれた立場が分かったか。これ以上恥ずかしい姿を見せるのは勘弁してくれ」

 斉人はそう言葉を吐き捨てると、踵を返してその場から立ち去った。


「さあ、みんな揃ってるかな?」

 教官の猿渡さるわたりがアリーナに集まった一同を見渡しながら口を開いた。

 昼休憩が終わり、午後の講義が始まった。英二は先程斉人に言われた言葉の衝撃を引きずっていた。

 親父が、生きてる――? 

 いつも以上に講義に入り込めない。

 そんな英二の内なる動揺はどこ吹く風で、生徒たちは猿渡の言葉に興味津々に耳を傾けていた。

「いよいよみんなのお楽しみ、魔気についての講義だ。人知を超えた目に見えざる神秘の力、それが魔気だ。その力は使い方次第では天使にもなれば悪魔にでもなる」

 猿渡の顔が幾分か真剣さを増した。

「唯一その力を自由に使うことを許された存在であるエージェントは、当然ながらこの魔気を自在に制御して使いこなせねばならない。これはエージェントにとって避けては通れない最優先の課題だ。君らはこの世界で暮らしている以上、少なからずこの魔気の力が体内に宿っている。今からその力の存在を確かめていこう」

 英二は徐々に猿渡の言葉に引き込まれていった。慎と出会って以来、さんざんこの力の理解を超えた凄さを目にしてきた。その力に自分も本格的に触れる時が来たのだ。

「魔気はその性質に応じて大きく5種類に大別され、その5つの区分を『五道ごどう』と呼ぶ。五道それぞれの中でも、個々人でその力は変わって来るがね」

 猿渡はそう言うと教壇の下から大きな麻袋を取り出して机の上に置いた。袋の中に手を伸ばし、中から手の平サイズの透明な玉を取り出した。

「じゃあ、こいつを皆に渡そうか」

 猿渡はその透明な玉を1人1人に配り始めた。

「みんな、この玉を持ってるな。こいつは虹玉と呼ばれる玉でな、魔気に触れるとその性質に応じて色が変容するんだ。その色を見れば、自分が五道の中でどのタイプに該当するかが分かる。さあ、見ててくれ」

 猿渡はふっと虹玉を宙に放り投げた。しかし虹玉は重力に従うことなく、空中に浮遊している。

 その虹玉に向けて猿渡が右手をかざした。すると次第に、透明だった虹玉が色を帯び始め、やがて鮮やかな緑色に染まった。

 おお、と一同から歓声が上がる。

「どうだい、色が変わっただろ。私の色は緑。緑色の魔気は忍道と呼ばれ、その持ち主は自らや周囲のものを隠すステルス能力に秀でている。潜入系のミッションでは重宝される能力だね。さあ、みんなもやってみよう。私みたいに浮かべたりしようとしなくていいから、手に持ったまま念じてみよう」

 早速各々が手の平に虹玉を乗せ始めた。

 その後目を閉じる者、開けたままじっと虹玉を見つめる者、それぞれタイプが別れたが、皆一様に虹玉に向かって集中して念じ始めた。

 英二も例に漏れず虹玉に意識を集中させた。

「変わった! 黄色だ!」

 少し離れた位置から興奮した声が上がった。

「俺も変わった! 赤色だ!」

「私は青!」

 続々と歓声が上がり始めた。英二はちらりと横を見やった。結有の虹玉は全く色を変えず、透明なままだった。

「あれ、まだ色変わってないのか」

「そっちこそ」

 確かに英二の手の虹玉も色を変えず透明のままだった。

「よーし、自分の色が分かった者から私に報告に来るように」

 周りの同期達はぞろぞろと猿渡の元へ向かい、色の報告を始めた。猿渡は報告内容を手元のタブレットに入力している。

 英二はあせった。

 なぜ? なんで色が変わらない?

 それは隣の結有も同じようだった。

「あれっ、何で」

 戸惑いを顔に浮かべながら必死に虹玉に念を送る。

 しかし2人の虹玉は一向に色を変える気配はなかった。

「さて、まだ報告に来てないのは……」

 猿渡が手元のタブレットに目を通し、顔を上げた。

「英二と結有、2人だけだね……あれ、どうした2人とも?」

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