第九話:魔人

 兵馬はドアノブを回し扉を開けた。英二はまだ少しふらつく体を起こしてベッドから抜け出し、部屋の出口へと向かう。兵馬に従い部屋を出て、廊下を進んだ。突き当たりにある階段を降りて下の階へ移り、また廊下を進む。しばらく歩くと兵馬が途中の部屋の扉の前で立ち止まり、英二を振り返った。

「少年、お前に見せておかなきゃなんねえものがある」

 そう言うと兵馬は英二をその部屋の中へ誘った。誘導されるままに部屋の中へ入ると、そこには病院にあるような医療用のベッドや点滴などが揃えられていた。

そのベッドには既に利用者がいた。顔一面に包帯が巻かれ、その容貌をはっきり確認することは出来ない。だが間違いない、途中から姿を現し、柱の影から銃で慎を狙ったあの男だ。ぐったりと横たわっており、意識はないようだ。その男を見て英二は、先ほどの抗争中にその男を発見してからの記憶がほとんどないことに気付いた。

 そんな英二を横目に、兵馬がその男の顔に巻かれた包帯に手を伸ばし、包帯を外し始めた。包帯を剥がされた男の顔が露になる。英二はぞっとして身の毛がよだつ思いだった。男の顔は複数個所がくぼみ、どす黒い色に変色していた。ひどい重症だ。

 ひどい――でも誰がこんなことを?

 その時ふいに背後から声がした。

「どうだ、自分がぶっ潰した相手の顔を見るのは」

 振り返ると、そこには慎の姿があった。英二は慎の言葉に当惑した。

「ど、どういうこと……? 俺がぶっ潰した……?」

 その言葉を聞いて慎は顔を少し曇らせた。

「やはり、覚えていないか」

「この男を見たのは覚えてるよ……でも、その後のことはさっぱり」

「ふむ、分かった」

 慎は顎に手をはわせ、思慮深げに俯いた。

「奥の部屋で話がある。付いて来い。兵馬、このけが人は頼むぞ」

 慎は後ろへ振り返り部屋を出て行った。英二も仕方なしにその後を追うことにした。部屋を出た慎は左に廊下を進んだ。後に付いて廊下を歩くと、突き当りに木製の大きな扉があった。慎が扉を開けて中へ入り、英二もそれに続く。部屋の中は広々としており、部屋の真ん中にはソファがいくつか配備され、奥には立派な机と椅子があった。

「ここは私の書斎だ」

 慎がソファに腰を降ろしながら言う。

「さあ、気を遣わずに座ってくれ」

 慎に促される形で英二はソファに腰を降ろした。慎と向かい合う形となり、じっとこちらを見つめられる。相変わらず、全てを見通しているかのようなその視線。

「結論から言う。英二、君はもうこれまで通り生きていくことは出来ない。何故なら君は、私たちと同じ魔人族の一人だから」

 余りに唐突な言葉だった。頭が真っ白になり、言葉を上手く受け止めることが出来ない。しかし慎はお構いなしに続けた。

「今日何度か不思議な力を目にしてきただろう? あの力は『魔気』と呼ばれている。魔人族はその魔気を身に宿している。その力を使って、アンダーエージェントとして特殊任務の遂行に当たっているわけだ。カフェで話した通り、君にもその魔気が備わっている。先ほどの、顔にひどい怪我を負った男がその証明だよ。君の中に眠る魔気の力が暴走したんだ。君は思考も身体も魔気に乗っ取られ、それゆえに何が起きたのかも覚えていないというわけだ」

 英二は呆然と目を見開いていた。

「君は魔人だ。だから私たちと一緒に魔気をコントロールする術を覚え、エージェントとして生きろ、英二。それが君の運命であり、使命だ。これは君だけの問題でもない。君が魔人族の一員として生きることを始めない限り、君の大切な人たちもその運命に巻き込まれ、危険に晒され続けてしまう」

「魔人族として生きる……? それって、どういうこと?」

「これも先ほど中途半端になってしまったが、この地上の下に、地下世界があるという話をしただろう? 君にはまずその地下世界に来てもらい、そこでプロのエージェントになるべく訓練を受けてもらう」

「ほんとに、地下世界なんてあるの?」

「ああ、そうだよ。数百年前から地下世界の構築は始まり、魔人族の人々は地下に移り住んで暮らし始めている。逆に言うと、それ以前はこの地上世界で一般人に紛れて魔人族は生活していたというわけだがね。その魔人族の先祖たちは、邪悪な存在として迫害を受けたこともあれば、常識を超えた才能を発揮して偉大な足跡を残したこともある。まあその詳しい歴史は、また地下世界でしっかり教えてもらえるよ」

「学校みたいなものがあるってこと?」

「その通り。魔人族の誰もがアンダーエージェントとして活動できるわけではないんだ。地下にあるエージェント養成組織、通称エージェントアカデミーを卒業しなければならない。君にもそのアカデミーに入ってもらうことになっている」

「エージェントアカデミー……」

「地下世界への出発は1週間後だ。私たちが責任を持って案内するから、安心してくれ」

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