第六話:待ち伏せ

「ほお」

 兵馬は慎の言葉に意表を突かれたようだった。

「まあ、ボスがそう言うんなら俺は従うしかないですね。で、これからどう動きますか」

「奴らの車は別部隊に追跡させているから動きは完全に把握出来ている。こちらに到着し次第、奴らを背後からぴったりと付けてもらいたい」

「オーソドックスに挟み撃ちにするわけですね」

「そうだ。車の中には男2人と彼女の計3人。1人は彼女の身柄を拘束しながら進むものと思われるから、実質自由に動けるのはもう1人の男のみ。数の利を活かさない手はない」

「俺たちが気付いてないなんて呑気に構えちゃいねえだろうから、相当用心しながら進んでくるんでしょうね」

「拠点から味方が援軍に来ることも考えられる。2人だけに意識を向けるだけじゃ危険だ。周囲にもしっかり気を配れ」

 兵馬は両の手のひらを空に向け、やれやれとでも言いたげな顔をしてため息をついた。

「難儀な仕事っすねえ、ボス。なおさらそこの少年を連れて動くのが難しく思えますけどね。大人しく車で待機させておいた方が良いんじゃないですか?」

「お前はいったいこの私を誰だと思っているんだ? こんな仕事、訳もない」

「これは失礼……良かったな、英二少年」

「足手まといで悪かったな」

 英二はそっけなく言い返した。

「話をこの後の動きに戻そうか」

 慎が仕切りなおす。

「ショッピングモールの建物の中に入る前にけりをつけたい。建物前の広場に入ってきたら結界を頼む。2人の処理は俺に任せて、お前は結界の中に他の敵が進入して来ないか見張ってくれ」

「分かりました。結界の中、結構動くでしょうから広めに張っておきますね」

 英二には2人の交わす言葉の意味はまるで分からなかった。

「英二、君は絶対に指示された場所を動くな。現場への同行は認めるが、争いの中に加わることは決して許さない」

 慎の言葉には有無を言わさぬ迫力があった。英二は素直に頷く他なかった。

「彼女の身柄を確保し次第撤収だ。車に乗り込み、私たちの拠点へ戻る」

 そう言い終わるのを待っていたかのようなタイミングで、慎が「おっ」と声を発して片手を右のこめかみに当てた。

「慎だ」

 例の通信が始まったようだ。慎はそのまま通信相手と何言か簡単な言葉を交わした後、2人の方へ振り向いた。

「奴らがもう少しでこちらに到着するようだ。さあ、二手に分かれて持ち場に着こうか」


 英二は慎とともに建物前の広場に足早に向かった。

 威勢よく同行を願い出たものの、実際にいざこうして動き始めると心臓が音を立てて打ち始めた。自分が明らかに緊張しているのは否定しようのない事実だった。手には汗がじっとりと滲み始めた。

 それに引き換え慎は顔色一つ変えず、様子に変化は見られない。いったいこれまでいくつの修羅場をくぐり抜けて来たのか、想像もつかなかった。

 しばらく進んだアスファルトの道の先を右折すると、人々が多く行き交う開けた場所に出た。ところどころにベンチが置いてあり、中央には噴水が設けられている。

 自分たちの待機場所であり、奪還作戦の舞台ともなるであろう広場に着いたようだ。

 2人はそのまま広場の奥の円柱の影に隠れた。円柱の脇から広場を見渡してみて、英二の頭には自然な疑問が浮かんだ。

「こんなに人が多くいる場所で、どうやって奴らと戦って藍を取り戻すの? そんなことをしたら、あっという間にパニックになる」

「それはごもっとも質問だね。もちろんそんな事態は引き起こさない。さきほど兵馬と話していた時に出てきた結界という言葉は覚えているかい?」

「確かにそんな言葉が出てきたような」

「結界と呼ばれる特殊な空間を作り出すことが出来るのが兵馬の能力だ。その中では、結界設置者の指定した人物は周囲から全く姿が見えなくなる」

「そんな馬鹿な……」

「私たちエージェントの活動がこの世界の一般人から見られることは絶対のタブーだからね。奴らもこの力を駆使して密かに彼女を拠点に連れ去ろうとするだろう。ただ、私たちからはその姿は丸見えだがね」

「向こうにもこの能力を使える奴がいるってことか」

「ああ、この能力はエージェント活動に不可欠だから決して珍しいものではない」

 この状況だ、信じるしかあるまい。英二はそう割り切って考えることにした。そうすると、様々な疑問が頭に次々に沸いてきた。

「能力って他にはどんなものが……?」

「気になるかい? 少しは信じてもらえたみたいで嬉しいよ。そうだな……」

 英二の質問に答えようとした慎の表情が、俄に険しいものへと変わった。慎は円柱の影から広場の入り口付近に厳しい視線を向けた。

「来るぞ。奴らがもうすぐこの広場に入って来る」

 英二の体は緊張感に包まれ、強張った。

 いよいよ奴らが来る。

 自分には全くその予兆は感じられないが、慎の何かしらの感覚は奴らの接近を確かに感じ取っているようだ。

 ふと、英二の体全体を不思議な感覚が包み込んだ。軽いビリビリという痺れた感覚が体を通り抜けた。

「これって、もしかして」

「気付いたみたいだな。兵馬が結界を張った。あいつの結界は広大な範囲に及ぶから、この広場を悠々と包み込んでいる」

 そう言うと慎は柱の影から広場の入り口を見やった。

「見ろ。奴らだ」

 慎が小声ながらも鋭く英二に囁いた。英二も同様に柱の影から前を覗く。

 確かにいた、奴らだ。

 慎と合流する前に自分を追い掛けてきた男が、広場の入口を抜けてこちらへ向かって歩いて来ていた。その後ろには拳銃を右手に構え、隣の少女の頭に押し当てながら歩いている男がいる。

 その異様な3人の姿は、確かに周囲の人々の目には映っていないようだった。英二は拳銃を突き付けられながら歩いているその少女にじっと目を凝らした。

 見間違えるはずもない。

 藍だ。

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