第一話 男子高校生はミスコンで優勝する

 小さい頃から小柄で痩せていた俺は、中学でも体育祭や文化祭などのイベントでも男らしい役柄を求められたことがなかった。女子の人数が足りなくなればいち早く女役をあてがわれ、クラスの女の子に混じってフォークダンスを踊らされたこともあった。

 中三の文化祭ではついに、クラスで演じる『白雪姫』の主役をやることになる。演目が決まったものの、配役の段階でクラスの女子たち全員が白雪姫の役を禁避したのだ。これでは練習もできない。あせった担任教師は事もあろうに俺を推薦し、満場一致で決まってしまった。どうしてそんなことになったのか、原因は未だにわからない。


 女の服を着ることが好きなわけではない。でも仕方がないと割り切ってきた。周りの連中もそんな俺をバカにしない。それをすれば自分に役割が回ってくると思っていたのだろう。そしていつしかイベントで女役が必要になると必ず俺に声がかかるようになった。

 あえて表現するなら特技という言葉がもっとも近い。人より少しだけ抜きん出た能力というやつ。

 初めて女の格好をして人前に出たときの観客の好意的な反応。俺が歌い、踊り、演じるたびに浴びせられる驚きと惜しみない拍手。そして俺はいつしか女装に対する抵抗感がなくなった。


 そんな俺が自分の特技で金を稼げるという好条件に飛びつかないハズはない。

 しかも、本来なら女の子の独壇場であるメイド喫茶で、ベテランのウェイトレスたちを軽く凌駕する報酬がもらえるのだ。

 女の子の土俵で女の子に勝つ。

 男としての矜恃はとりあえず置いておいて、それはつまり圧倒的な優越感。

 小さい頃から何でも俺より優れていた樹里亞じゅりあに勝つことができる。それはとても甘美な誘いだった。

 そしてもう一つ、俺にとって重要なメリットがあった。ここでバイトをすれば、樹里亞とずっと一緒にいられるのだ。


 もちろん、高額の報酬には理由がある。

 ブラックベリーフィールズにはショータイムがあり、ウェイトレスはみんな店内のステージで行われるショーに参加する契約になっている。通常はメイド服や可愛い衣装を着て、大勢で歌って踊るのだが、俺の場合は専用のメニューが用意されていた。

 『雪緒ゆきおフラッシュ』だ。

 音楽に合わせて踊りながらメイド服を脱いで行くショーなのだ。

 要はストリップショーなのだが、もちろんその手のエッチな店ではないので脱ぐのは水着まで。ただし、女装している俺がブラまで取ってしまうので、初めて観る客はみんなビックリする。

 そして客は俺のペッタンコの胸を見て『男の』だったと気づくというワケだ。


「えぇーーっ! そんなことするんですかー?」


 初めてショーの内容を聞かされた時、さすがの俺もドン引きした。俺の特技は女装……つまり、着ることであって脱ぐことではないのだ。


「大丈夫よぉ。ダンスはレクチャーしてあげるから。アナタは振り付け通り踊ってくれたらいいの」


 そう言って微笑む店長の顔が、次の瞬間に般若の面に豹変する。


「ところでアナタ、ホントに男の子よね? もしも貧乳の女とかだったらタダじゃ済まないわよ!」


 ドスの効いたオネエ言葉ほど怖いものはない。

 事務所の壁際に追い詰められた俺は、震える手で学生証を開いて見せた。


 メイド喫茶で行うストリップショーの企画には多少の懸念はあった。メイド服を愛でるのが目的のハズなのに、肝心の衣装を脱いでしまったら本末転倒なのではないかと。

 しかし、実際にショーで踊ってみると、始めた頃こそポカーンと見ていた客たちも回を増すごとに少しずつノリ始め、口コミでじわじわと人気が出て『雪緒フラッシュ』はあっという間に店の名物イベントになってしまった。

 特に女性のお客に大好評で、俺のシフトのある日はそれを目当てに開店前から常連のお嬢様の行列ができるほど。最近はどういうわけか男性の常連客も増えてきているらしいが……。


 もともと俺はモテるタイプじゃなかった。

 同世代の女の子が憧れるのは、長身で男前の運動部系と相場が決まっている。残念なことに俺はこのうちのどの条件にも当てはまっていない。

 でも、今は違う。俺のシフトには毎日たくさんの花束が届けられ、ショータイムにはファンがプレゼントを持ってステージに押し寄せ、メルアドや携帯番号が書かれたコースターや紙ナプキンが飛び交う。

 そういうわけで、俺は男子でありながらこの店の看板娘なのである。


 ところが、そんな俺のモテ期も高一の秋に早くも陰りが見え始める。

 俺が通う東陵高等学校の学園祭『東陵祭』ではずっと以前から『ミス東陵コンテスト』というイベントが行われていた。ミスコンと言えば学園祭の華だ。しかし、フェミニズム運動が一世を風靡した80年代に、伝統のミスコンは中止に追いやられてしまった。その後、女装男子のみが出場できる『新ミス東陵コンテスト』として生まれ変わり、新しい伝統となって今も受け継がれている。

 もちろん、俺も一年生の有力校補として出場する。

 出場者は学校のホームページと校内の要所に貼り出された参加者一覧の写真を元に、東陵祭の初日の予備投票によって各学年5人程度に絞られる。

 そして最終日に行われる本審査によって新ミス東陵が決定する。審査はネット投票と来場者投票、そして在校生による投票それぞれの合計得票で算出される。

 男子生徒限定コンテストのために水着審査こそないものの、メイク技術と女性らしい衣装で歌ったり躍ったりして男の女子力を存分にアピールするのだ。


 本審査のステージはまるでお化け屋敷のような様相を呈していた。その中でライバルと呼べそうな出場者は、友達の『松崎まつざき 宏海ひろみ』と三年生の『西陣にしじん 竜也たつや』先輩だけだ。

 宏海は面長の顔に切れ長の一重まぶたの純和風のイケメンだ。化粧をして和服を着せたら極道の妻たち!……って感じの目ヂカラ美人ができあがる。

 でも、身長は186センチ。158センチの俺よりも頭一つ分デカイ。おまけに細身とはいえ筋肉質のマッチョだから女物の着物が恐ろしいほど似合わない。

 それに比べて西陣先輩は完璧だ。コンパクトな顔に小さな唇。ストレートで長い黒髪。俺よりもさらに小柄な体に細っそりとした体型。

 そして、これ以上の清楚さは存在し得ないといわんばかりの、真っ白なドレスを纏っていた。

 新ミス東陵は前年度の優勝者でもエントリーできる。西陣先輩は二年連続で新ミス東陵に選ばれてきた我が校のクイーンなのだ。

 だからと言って俺だって負けていられない。

 東陵祭は毎年複数のテレビ局が取材に来る。新ミス東陵に選ばれれば『ブラックベリーフィールズ』のいい宣伝になるだろう。うまく映れば特別手当が支給される約束だ。

 モチベーションは否が応でも上がってくる。

 体育館の特設ステージに設置された業務用スピーカーからアップテンポのダンスミュージックが轟くなか、出場者はリズムに合わせて身体をくねらせ、腰を振り、スカートをひるがえして踊る。ショータイムでいつも踊っているダンスだ。お店でプロのダンサーのレッスンを定期的に受けている俺に死角はない。


 そしてダンスが評価されたのか、お店のメイド衣装が効いたのか、俺は三種類の得票形式のすべてでトップの点数を獲得した。

 体育館の特設ステージで、ライトを浴びながら俺は最高の気分を味わっていた。

 ドラムロールが鳴り響き、スポットライトがステージを目まぐるしく動く。しばらくの間、いたずらな光線がステージを舞い続け、突然俺の真上で静止する。


「第53期ミス東陵、第8期新ミス東陵は一年B組。東條とうじょう 雪緒くんです!」


 すでに準ミスに選ばれていた西陣先輩と、審査員特別賞を獲った宏海がステージの中央へ拍手で迎えてくれる。

 宏海は笑顔で近づくと、突然俺の頭を太い腕でガッチリと押さえつける。


「やったな。雪緒」


 派手な化粧を施した顔を壮絶に歪めて大笑いの宏海。

 恐いよ、お前。

 西陣先輩も笑顔だ。

 俺はゆっくりと前に歩み出る。特別手当のことなど忘れてしまえるくらい気分がいい。幸せすぎてこのまま死んでしまうんじゃないかと思うくらい。

 拍手が少しづつ盛り上がり、頭上のセットから金銀の紙吹雪が舞い出した丁度その時、客席から拡声器を使った大音量のヤジが飛んできた。


「ズルだ、チートだ、八百長だぁ! このコンテストは無効だ! そいつは女だ!」

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