錬魔と術式について、およびまとめ

 さあ、基礎中の基礎講義はこれで最後だ、疲れた顔など見せるでない、それでも術師の卵か!


 そう、それでよい。最後に教えるこの『錬魔』と『術式』は諸君が実際に術を使うさいに必要となる大事な行程だ。これを正しく知らんということは、食材の採り方は知っていても料理の仕方を知らんせいで美味い飯が食えんようなものだ。今日も自宅なり寮なりに帰って温かくて美味い飯が食べたいだろう? ならば知っておくべし。


 ……とはいったものの、錬魔については口であれこれ説明するより実践を交えながらのほうがよほど理解できるであろうから、本当に簡単な説明だけとする。

 では錬魔とはなにか。

 それはいずれかの源力を用い、術式を経て発動に至るまでの過程のことである。ちなみに気術の場合は錬気と呼ぶが、なぜか霊術にはこれに該当する語がなく便宜上錬魔と呼ばれている。おそらく古い霊術師たちにはこの概念がなかったのであろう。

 で、錬魔の説明はしばしば酒の作り方でたとえられるが、既に料理にたとえてしまったな。

 つまりはそういうことだ。食材が源力であり、料理が錬魔、そして料理のための道具が術式となって、術が完成する。どれだけ贅沢な食材を使おうと、立派な調理器具を用いようと、料理そのものが下手くそであればまともに食えるものなどできはしないのと同じように、術もまた錬魔が未熟であればまともな術になることはない。

 いいか、覚悟しておけ。術師の良し悪しは錬魔が九割を占めるといっても過言ではないのだ。それはつまり、諸君がここで学ぶことのほとんどが錬魔であるということだ。よい過程を経ずしてよい結果が生まれることなどありはしないのだからな。


 さあ、それではいよいよ最後となった、術式についてだ。料理においては道具だと説明したが、その道具にもいろいろあるのでな、どれを使うかは諸君次第だ。ただし否応なくこれを使わねばならぬという状況もあるので、術系統のように資質は言い訳にできんぞ。

 ではそれぞれの説明をしていこう。術式とは術者が術を発動させるために必要な形式のことで、大きく分けて道具などを介する媒介式と無手で行う念式があり、その中でさらに五つの形式に分けられている。

 そこのペッタンコのおまえ、いってミソラシド。


 刻印式、詠唱式、封印式、複合式……

 なんだ、それだけか? もうひとつあるだろうが。


 ……そう、無式だ。

 まあ、これについてはあってないような分類だが……せっかくだ、先に無式について説明しよう。

 無式、それ即ち、特に儀式を必要としない錬魔から即発動のお手軽形式である。以上。


 ……少々省きすぎたか。

 実際には無式といっても人それぞれに特有の儀式……というより癖があったりするものでな、たとえば必ず術の名を叫んだり、いつも同じ手の動きを見せたり、これから説明する形式以外はだいたい無式だと思っておればよい。


 そういうわけでまずは刻印式についてだ。

 いつも同じ動作で術を発動させる無式の術者もある意味ではこれに含まれるといえるが、刻印式以下四つの術式がはっきりと区別されているのにはわけがある。それは、いずれも無式に比べて複雑な手順を踏み、それゆえに効力が大きいということだ。

 刻印式は手や道具を使って特定の印を結んだり陣を描いたりして発動させる形式であり、簡単なものは一秒かそこらでできるが大がかりな術を使うためには数分、極端なものでは数時間や数日といったものまである。当然時間をかけるということはそれだけ長く魔力を注ぎ込むということであるから、発動の手間=威力という認識で間違いない。


 次は詠唱式だ。

 詠唱式は刻印式と違い自らの声によって発動手順を踏む。それゆえ必然的に媒体は使わず、念式となる。

 もちろん手間=威力という関係性は他の術式と変わらんが、長い詠唱は長時間ぶっ通しで歌い続けているようなものだから刻印式よりも術者の負担は大きいかもしれんな。

 いずれにせよ決まった手順を踏まなければ正しく発動しないため、術師にとって記憶力は最低限の素養といえよう。もちろん体が資本なのは武芸者でも術師でも同じだ。長丁場にも耐えられるようきちんと体は鍛えておけよ。


 お次は封印式。

 発動のための形式なのに封印とはこれいかにという声が聞こえてきそうだが、なにも矛盾してはいない。この術式はあらかじめ道具などに術を封じ込めておき、それを解放することで発動させるというものだ。

 そうだな、わかりやすい例を挙げるならば界術を使ったトラップだ。これはあらかじめその場所に結界を作り、その中にタネとなる術を仕込んでおき、そこに足を踏み入れた者に対して自動的に術が発動するというものになる。

 もうわかったと思うが、封印式は先の二つと違ってあらかじめ錬魔を済ませているため発動自体には一切時間がかからない。それゆえ私のような冒険を嗜む術師は緊急用に術を仕込んだ道具を必ず用意して事に臨んだものだ。そのお陰で拾った命はひとつやふたつではないぞ。諸君も冒険に出るさいには必ず切り札を用意することを強く勧めておく。


 そして最後に複合式だな。

 読んで字の如しとはまさにこのこと、先に述べた三つの術式のうち二つ以上を合わせて発動する形式のことだ。当然ながら複雑になればなるほど効果は大きく、精霊召喚などはほとんどが複合式だ。

 これ以上の説明はいらんだろう。


 で、だ。

 これにてひとまず基礎中の基礎についての解説は終了だが、最後に術師の大先輩として若い諸君に是が非でも覚えておいてほしいことがある。ぶっちゃけここまでの講義は忘れても構わんからこれだけは覚えておきなさい。


 これらの術式は、同じ術を使うのに別人では形が違うものとまったく同じ形を整えなければならぬものとがある。前者は主に比較的簡単な手順で発動させられるため術者の独自性の入り込む余地があるゆえであり、後者は既に完成している形を崩す余地がないためである。

 術というものは、特に強く魔法と認識されている術については先人たちが長い時間をかけて仕組みを紐解き、理解し、最適化したものであり、現代に生きるわれわれはその恩恵に与っているということを忘れてはならない。

 魔力とは世界であり、生命力とはそこに生きる命であり、霊力とはそれらを超越した高次の力である。そして術とは、それらを結びつけるための手段であり、それらをより深く、より正しく理解するための事象である。


 ゆえに私は思う。


 私にとって冒険とはロマンだが……


 魔法とは学術であると!


 即ち魔法とはッ!


 術者の知恵の具現なのだッ!


 諸君。


 ようこそ、魔法の世界へ!

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