4. 魔女さん、使い魔あいてでも容赦しない

森をあとにして半日ほど歩いた地点でリサとクロは地面に腰を下ろしていた。クロが魔法スキルで生成したミネラルウォーターを飲みながらリサが端末を取り出し、首を傾げる。


端末を手に持って、クロの視界に入るよう片手で振りながら尋ねる。


「これって、ええっとなんだっけ」


「『精霊の依り代』稀に持つ人間がいるという魔道具の一つだ。レベルが上がるにつれて機能が増えていく、とこないだ説明したばかりだろう。もう忘れたのか?」


「あー。聞こえない聞こえない」


クロの呆れたような説明にリサは耳を塞いで投げやりに応じる。


『精霊の依り代』 稀に生まれつきステータスと相まって持つ者がいるという魔道具で、その希少価値は極めて高い。所持者しか、この魔道具を使うことはできない。


リサに与えられたのは神様からのせめてもの情けといったということか。


「クロは持ってないの?」


「ほとんどの人間が持っていない。部下に見せてもらったことはあるが、それほど小さなものは初めて見た」


「私の場合は、スマホを意識したら形が縮小されたんだよね」


「すまほ?」


「端末機械のこと。私たちの世界では必需品。これないと生きてけない」


リサの言葉を鵜呑みにしたクロが戦慄してごくりと息を呑む。

リサにとっては半ば本当の話だ。


「で、なぜ今それを出すんだ」


「いや〜、そういえばショッピング機能があったなって思って」


朝食はいつも通りラビルの焼き串を食べてきたが、昼食はまだだ。


昼食に食べれるようなものもない。

ラビルの肉はさすがに持ってこれなかったし、森にあった木の実や果物も毒のある可能性を考慮して、持ってくるのはやめておいた。


無知なクロにじと目を向けるも、魔王であったころのクロには毒が効かなかったらしいから知らないのも仕方のないことかもしれない。


リサは『精霊の依り代』の『ショッピング』を開く。

魔道具をはじめとして、日用品や本などの項目がずらりと並んでいる。


アイテムボックスの小袋を手元に置き、商品をチェックしていくと、白米から麺類まで食品も勢ぞろいで、この世界の料理が口に合わなくても最悪大丈夫そうだ、とリサは安心した。


「見たことのないものばかり並んでいるな......。これは、食い物か?」


怪訝そうにリサの手元を覗き込むクロに、リサはにっと笑う。


「そうだよ。私のいた世界の普通食。そしてこれがまいふぇいばりっと!」


言いながら勢いよくボタンを押す。

値段は銅貨二枚とお手頃だ。

いや、むしろ安い。


アイテムボックスに手を突っ込みながら『銅貨二枚出せ』と念じて、手を出すと、しっかり二枚の銅貨が握られていた。便利すぎる。


普通の財布より遥かに便利だ。

小銭探しに困らない。


銅貨を『精霊の依り代』の画面に置くと、いままでタップしていた画面がずぶずぶと銅貨を吸い込んでいった。


チャリーンというお金の落ちた音。

直後にチーンという音が鳴り、足元に魔法陣らしきものが出現した。


クロが警戒するように毛を逆立てるが、無用の心配だった。

魔法陣に二人前のラーメンが浮かぶ。

ほかほかと湯気をたてている。

できたてのようだった。


「冷めないうちに食べよ」


「あ、ああ。うまそうだな」


クロがつっこみたそうな顔をして頬を引きつらせながら頷いた。


「そりゃ美味しいもん」


リサは自慢げに言い、元気よく手を合わせる。


「いっただきまーす」


「毎度毎度思っていたんだが、それはなんなのだ?」


「私の世界でのご飯の前の挨拶。食べる前にいただきますで、食べ終わったらごちそうさまを言うの」


「ああ、邪神教会アンデットチャーチの奴らもやっていたな。言葉は違ったが、内容は大体同じだった」


それはおそらく悪どいやつだ、と内心で突っ込むリサ。


醤油味のラーメンを一緒に召喚された割り箸でいただく。

クロは箸を持てるほど器用ではないので、顔を突っ込んで食べていた。

熱々で火傷してたけど。


「......この個体は不便だ」


「個体とか言っちゃうんだ。自分の体なのに」


クロの他人のような言い方に思わずさすがのリサも苦笑。

クロは不満そうな顔のまま続ける。


「こっちは本体じゃないからな。元の体を具現化するだけの魔力がない」


「元の姿に戻れるの!?」


「使い魔は前世の体の劣化版の身体になっているだけで『魔法』を使えば、前世の姿を再現することも可能だ」


さすがは、魔法スキルの特化版。

基本的になんでもできる気がする。

クロが改めてチートだと思う。


クロの本当の姿を見てみたいと思う反面、このままの可愛いもふもふボディでいて欲しい気持ちもある。二つの気持ちの間で葛藤するリサをさておき、クロはラーメンをすすっている。


ラーメン好きなんだ、キツネなのに。

どちらかというと、キツネならうどんのイメージが強い。

ラーメンが好きなら、多分うどんも好きだろう。

こうして、夜食が決定する。


「この歯応えのある硬いのはなんだ」


「メンマのこと?」


この世界にはないものらしい。

クロは少し躊躇ってから口に含み満足げな顔をして、次の見慣れない具材に目を細め、リサに問いかけた。


「このピンクと白のはんぺんは?」


「はんぺんはこっちにもあるんだ......。それはナルトだよ」


はんぺん自体はあるらしいがナルトはないようだ。

クロが自分と同じ黒い紙のような表面のテカテカしたものを凝視する。


「この黒いひらひらはなんだ?」


「海苔はないんだ。天ぷらにすると美味しいのに。もったいない」


「てんぷら? それはうまいのか?」


「もち。野菜とかを揚げたやつだよ。作り方は知らんけど」


ときどきスーパーの惣菜で買って食べていたぐらいで、リサ自身が作ったことはない。


「これは、なんの卵だ」


「鳥じゃない? ニワトリ」


「コケコドリのことか?」


「ニワトリじゃなくってこっちではコケコドリって呼ぶんだ」


コケコドリとか由来が単純すぎる。

やっぱりこの世界のニワトリもちゃんとそういう風に鳴くのか。


「この肉はうまいな」


クロは柔らかい味付けばっちりのチャーシューが一番気に入ったらしい。

魔王さまは肉食系のようだ。


草原でラーメンのピクニック......という一風変わった昼食を繰り広げたあと、リサとクロは再び歩き出した。


リサは歩きながら『精霊の依り代』をいじっている。

ながらスマホならぬながら『精霊の依り代』にクロが首を傾げた。


「何をしている?」


「『ショッピング』で地図はないかなーって思って探してるんだけど......」


地図はいくつか種類があったが、どれを買えばいいのかよく分からない。

つーか、ここはどこだ。まず。


「地図か。確かにそろそろ必要かもしれないな」


「でも、いろいろ種類あってなに買えばいいのか分かんないんだけど」


「おそらく、ここは西の大陸だ。西大陸の南方。『魔女の国』あたり」


クロの的確な物言いにリサは目を丸くして驚く。


「なんで分かるの?」


「......この世界は大陸によって住んでいる生物の特徴が違う」


クロは器用に木の棒を右手で持ち大陸図の絵を描き始める。

地面に四つの大陸が現れた。


「ラビルで例えるなら、北のラビルは寒さに耐えるために毛むくじゃらでモコモコしている。南は真逆で暑さのために毛が少なく全身が赤い。東のラビルは角が生えている」


北はアンゴラで、南はハダカネズミで、東はイッカクと兎が合体した種類......という認識でいいだろうか。


できればハダカネズミみたいなラビルは見たくないのが本音だ。

アンゴラは野生で本当に生きていけているのかが疑わしい。

イッカクラビルはなんとなく想像がつくが、突撃されたら即死にしそうで可愛げがない。


「加えて、西の大陸の北側は常に『死の雪』が降り注ぎ近づけない。東、もしくは西なら山脈地帯と海岸沿いだろうし、南にいるとしたら一番近い小国は『魔女の国』だ」


西大陸は住みにくい土地らしい。

『死の雪』とか、当たっただけで死にそうで怖い。召喚されたのが北側でなくてよかったと本当に思う。


「その『魔女の国』っていうのは?」


「世界で最も魔女が多く住む国だ。まあ、国とも言えるかどうか分からない形だけの無法地帯だがな」


「それ、もう国じゃないでしょ」


思わずリサがつっこむ。

クロはどこか遠い目をして、


「あんなところ行きたくもないが、今は仕方ない。行くしかないだろう」


昔なにかがあったかのような言い草だ。気になる。ものすごく気になる。

疑問を目で訴えるリサを無視して、クロは説明を再開。


「『魔女の国』は、無法地帯だが強力な魔女たちによって守られている。彼女らの縄張りで問題を起こさなければ安全だ。魔物も簡単には入ってこれない。......魔女の機嫌を損ねたら死ぬからな。覚悟しとけよ」


「私がそんなことするわけないじゃーん。やだな、クロちゃん」


リサを疑う目は逸れない。

普段の行いが原因だろう。


「気をつけろよ?」


「分かってるって」


「お前の分かってるって言葉が一番信用ならないんだが......」


呆れるクロに素知らぬふりを装ってリサは端末を指で操作する。

『魔女の国』の地図を探し当て、カラーの方を指差す。


「あったよー」


地図の価格は金貨一枚と少しお高めだったが迷わずに購入。

またも魔法陣が浮かび上がり、羊皮紙のような触り心地の紙が出てきた。


『ひよっこ魔女』と書かれたポイントマークが地図の中で光っている。

なるほど、ハンドルネームはこういうときに使われるのか。


地図に書かれている文字が分からないため、リサにはどこを指しているのかがよく分からないが。


「当たったな。『魔女の国』の西か。さっきまでいたのはクレオメの森だな。ここから一番近い村は......あった。キャペッツ村か」


クロが地図を目で追っていく。

キツネになっても文字は読めるらしい。異世界人にも、もう少し配慮してもらいたいものである。


地図に書かれた文字はリサが書庫で見つけた読めない本の文字と同じだった。あそこにあった本はこの世界の標準語と同じらしく、まだ読めない。


神様は不親切だ。言葉の方しか翻訳機能がなく、文字の方は翻訳機能がない。まあ、リサは適応力には優れているので、それほど勉強には困らないだろうし、上手く適応していくだろう。


「その村って今日中につきそう?」


「いままでのスピードじゃ、少し厳しいかもな」


リサの問いかけにクロが唸る。

今夜いっぱいは野宿になるか、とリサは落ち込む。

ベットで寝れるかも、と期待していた分ショックが大きい。


「あ......!」


クロの瞳が光ったような気がした。

リサはその輝きにぎくりと怯む。

クロの口が緩むと同時に嫌な予感。


「リサ。お前、乗り物酔いする?」


「く、クロちゃん? なにをしようとして......えっと」


クロがリサの前に立ち塞がる。

頬を引きつらせるリサにクロは可愛らしい顔に悪魔の微笑みをたたえて、


「乗れ」






そして目的の村に辿り着いたころ、


「お前は、おか、しい」


全力疾走し、息切れするクロの横で介抱しながらニコニコ悪魔の微笑みを浮かべているリサがいた。


「いやあ。私ってば、乗り物酔いだけは全然しないんだよねー。ごめんね? 期待させちゃって」


「くっそったれ魔女がああああああ」





(クロ逆転ならず。私に逆らおうだなんて100年早いのだよ、フッ)

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