第20話 繰り返し
「外に人が集まりはじめてる」
カーテンから窓を覗き込んだ
「なんの話だ」と辻霧。
「この街の人たちじゃない」
「ククク」と辻霧が笑う。「いよいよこの街にまで来たか。噂を思い出した
環凪は呆れて溜息を吐いた。「笑うところ?」
「大笑いもいいところさ。お前たちはこれから先の日本を想像することができるか?」
「これから先?」
「もし仮に暴徒の行動が功を奏しレインすべてを殺すことができたとしよう。そしたらその社会は平和になると思うか?」
環凪が即答する。「なるんじゃないの? みんなでよかったねってホッとするんでしょどうせ」
「これだから教養がない奴は」
辻霧は汚いものを見るかのような目で環凪を見た。
「そうはならないよ環凪ちゃん。もしレインが消えたとして、そしたら今度は暴動を起こした人たちの存在が問題視されるようになる。そしてそれは筋が通る批判なんだ。単純に、暴力は犯罪だからね。その行為を集団でおこなったとなればなおさらだ」
「……同じことの繰り返し」
「そう。人はいつまで経っても愚かなのさ。人の心から怖いものはなくならない。だけども怖いものは消してしまいたいと多くの人が願っている。怖いものをかき消す行動は、その個人にとっては勇気に他ならない。勇気は力だ。人の心のどこかから生じる得体のしれない力だ。しかし恐怖とは得体のしれない力にこそ向けられる。人の心に向けられる。つまり勇気とは、他者からみたら恐怖そのものなんだ。なにをしても迫害は繰り返される――サイコゲームを続けている限りはね。そんな僕の主張がここに来て正しさを帯びてきたんだ、“そら言った通りだ”と思わずにはいられない。ククク、気分がいいよ」
「おう、戻ったぞ」と部屋に入ってきたのは瀧也とちさだ。
外の暴動はサイコゲームが免除されているこの二人にとっては関係のないもののはずなのだが、瀧也の髪の毛は汗が混じり身体の姿勢も若干疲れているようだ。
「お疲れ様でした」と由宇。「面倒事とかなかったですか?」
「特になかったな。強いて言えば、無駄な高級中華料理を死ぬほど食わせられた。麻婆豆腐とか辛過ぎて汗だくになっちまったよ」
ちさは瀧也を見上げた。確かに麻婆豆腐はあった。しかし瀧也は手を付けていない。あの汗は自分を守り戦った時にかいたものだ――それをさらっと“特になかった”と言ってのける瀧也の強さに、ちさは感動していた。……もっとも、高級そうな北京ダックとかフカヒレだとかアワビ、エビなど目に見えて高級そうな類の料理については、とにかく優先して頬張っていたが。
「あの……。ちゃんと偽装端末は――」
環凪が言いかけた所で、瀧也は手に入れてきた四つのメダルをシャドーに投げ、場の全員と視覚情報を共有する。
「手に入れてきたさ」
「念のため
メダルを掴んだ辻霧はそれを自分のパソコンのディスプレイに投げ込んだ。液晶の中に捕獲されたメダルたちと向かい合い、辻霧はカタカタとキーボードを打ちはじめる。
「さて、ちさ。ようやくこれでおれたちはお役御免だ。街も荒れてきてるし、そろそろ帰るぞ」
「え」とちさ。
これからようやく、この六人で冒険がはじまる――そんな高揚感を密かに感じていたちさだった。それだけに、瀧也のその言葉は自分だけ仲間外れにされるかのような切なく無情なものに感じた。
「私も……一緒に行きたいです」
「ここまでだ。お前はよく働いた。危険な街をよく案内してくれた。おかげでこいつらは、まったく手掛かりのなかった偽装端末とやらを手に入れる事ができたんだ」
そしてちさの頭にポンと手を置く瀧也。
「お前の功績だ」
そんなわけがなかった。結局戦ってくれたのは瀧也だし、これからこの社会をどうにかしようと戦いに向かうのは自分ではない。自分は何もしていない。それでも、手を動かしなでなでとしてくれる瀧也の優しさにちさは涙が出そうだった。確かに危険な目に合った。瀧也が守ってくれなかったら――自分一人ではなにもできなかった。
そしてこの先、冒険を続けたところで、きっと守られてしまう場面が訪れるのだろう。瀧也はそれをよくわかっている。危険な目に合わせたくないと、手の温かさが言っている。ちさはそれを“自分は足手まといだ”と解釈した。それでもちさが迷ってしまうのは、その手が“絶対守ってやる”と言ってくれているからだ。
「ちさちゃん、ありがとう」と白色も近寄って来た。「本当は怖い目にあったんじゃない? 私なら逃げちゃいそうな場面でも、ちさちゃんってしっかり立ち向かえそうだよね。ちさちゃんって、きっと強い子なんだなって思うよ」
「全然そんなことないです……」
「どうかな。私、レインだけど、逆に人を見る目はあるから! ずっと判定Ⅰだったからね。だから、自信持っていいよ。今回は、お疲れ様」
瀧也を突き飛ばしてギュッとちさを抱きしめる白色。
そんな風にされては、身を引かざるを得なかった。俯いてコクリと頷くちさ。
「感謝するよ」辻霧が言う。「君のおかげで、僕たちはこれから動き出すことができる」
由宇も環凪も白色も、ちさにお礼を言って撫でてやった。
まるで、お別れに似ていた。またいつでも会えるんだよっていうバイバイではない。それよりももう少し遠くに行ってしまうような――なにか覚悟を持っているかのような四人だった。
「じゃあな、由宇」
そう言いながら、瀧也は由宇と軽く拳をぶつける。
「瀧也さんも、本当にありがとうございました」
「お前のためになにかした覚えなんておれはねーよ」
由宇は笑って頷いた。
312号室から、ちさと瀧也が去っていった。
「スキャン終了だ、問題ない」
辻霧はパソコンのディスプレイから先ほどの龍のメダルを取り出して、まず由宇と白色へそれを投げつけた。
「それを紋白端末に吸収させれば、インストールがはじまる」
言われた通りにした由宇と白色。
白色は、自分の視界の中で浮かんでいたキネコが消えたのを確認した。地味にサイコゲームのタイマーが進んでいて、自分の命もあと十時間ちょっとかぁ……と思っていたのだが、ちさのおかげで無効になった。まだ中学生なのに、本当に責任感が強くて勇気がある子だ。感謝しても感謝しきれない――だからこそ、彼女と関りが深いこのサイコゲームの真相には、これから自分も深く関わっていかなければならないのだと感じた。
残り二枚のメダルを空中に浮かせたまま、辻霧は一枚の薄いシールを環凪に渡す。
「僕らには紋白端末
「……はじめて紋白端末を皮下移植した時に見たモノと同じ」
「一応、本物の紋白端末だ。ただし最初期に死体から回収したものではあるが」
「ギャッ」と環凪はシールを投げ捨てる。
「心配しなくてもちゃんと消毒してあるよ」
「そういうアレじゃない!」
「いまさら女子みたいにかわい子ぶってなんになる。端末を埋め込むから右手をだせ」
「いーーやーーだーーきーーもーーいーー」
そんな押し問答を数分繰り返した後、辻霧が手に持つ半田コテのような怪しい機械によって環凪の右手の甲に新たな紋白端末が埋め込まれる。起動してからはじめはOSエラーを吐いたが、メダルを取り込むとすぐに正常起動した。辻霧も同じように偽装端末を右手の甲に持つ。
「じゃあ行こうか。悲惨な街を眺めながら、みなとみらいまで散歩と洒落こもう」
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